第20話 脱出

<時は使徒フラウス達が帝都に到着する数日前に遡る>


「……とまぁ、ガイウスの権威を貶める為ここまで色々と試してみたわけだけどね。

結論から言って、奴はだろうと思うのだよ」

「ヴぁぅぁ……えぁぉぇ……!?(そんな!あれだけの事をして、忘れたと!?)」


 月の美しい夜、私はソフィアを横抱きにしながら無人の街道を東に駆ける。

 ただ走っているだけというのも暇なので、私の憶測をソフィアに語っているわけだけど、その内容に彼女はお怒り気味だ……プンスコ怒る姿も愛らしいね!

 だが、それもある意味それも仕方のない事だと思っている。

 あれだけの騒ぎを起こして私達が『敵』として奴に認知されていないなどと、普通は考えたくないし、思いもしないと思うからね。


 しかし、私達などガイウスにとっては、所詮辺境の無名騎士爵とその令嬢に過ぎないのだよ。


 男爵位ですらない貴族とは名ばかりの存在を、権威に任せてプチッと踏み潰した程度にしか考えていなかっただろうからね、記憶にとどめておくのも難しかろう。

 言うなれば、貴族が平民を無礼討ちしたくらいの感覚なのだ。

 奴にとって私達の価値とはその程度。

 周囲の者達が仮に私達の存在を知ったとして、調査の末ガイウスとの因縁に行き着いたとして、それを「陛下が殺した下賤な者が恨みのあまり『不浄なる者アンデット』となって復讐しに来ました」等と素直に報告するわけがない。

 物は試しと水路の騒ぎを通じ、近衛相手に私達が裏にいると分かる情報を撒いては見たが、ガイウスの元まで情報が届く事はまずあるまいね。


 となれば我々が為すべきは一つ。


 「私達の事などきれいさっぱり忘れている」であろうクソ皇帝に、まずは自分がっ!誰にっ!何をして恨みを買ったか!懇切丁寧に思い出させてやる事だっ!


 ……ふはははははははっ!

 余りにも虚しすぎる。

 奴の頭の毛を一本一本毟り取ってゾンビの餌にでもしてやりたい気分だね!(怒


「奴にとっては、私達などまだ名前を覚える程の相手ですらないって事さ。

ま、そうと分かれば次になるべき事も見えてくる。

『教会』も厄介な手勢を送って来たみたいだし、帝都を離れるには良い頃合いだ。

我々の『復讐』は次の段階へ移行しよう」


 ……まだ始まってすらいないんじゃ?的な悲しい事は考えてはいけない。


 それはそれとして、だ。

 事が大きくなれば帝都教会だけで対応するのは無理だろうと予測していた。

 そうなると彼等『双神教会』の総本山から、対『不浄なる者アンデット』の専門家である『祓魔師エクソシスト』の部隊が派遣されて来るだろう事は予測済みだ。帝都という規模を考えるともしかしたら噂の『使徒』とやらが現れる可能性もある。戦略級神聖術の使い手と言われる『使徒』がやってきたら、帝都ごとまるっと『浄化』されかねないからね、さっさと拠点を変えるのが正解だろう。


 そんな理由で帝都を脱し、私達は月下の街道を走っているのだ。


 カトリも出来れば連れてきたかったが、まだ出産して日も浅い。報せると体調の良し悪しにかかわらず「お供します!」とごねるだろうから、帝都でやっておいて欲しい事をレイオット経由で頼んでおいた。彼女とレイオットなら恐らく問題無い筈だ。

 それに次の目的地は帝都から馬車で二日と、そう離れていない場所だからね。

 そのくらいの距離であれば、『死人』の足ならソフィアを抱いたままでも夜通し走れば走破可能。

 ん?どうやって帝都を脱したのか、かい?

 人一人二人が出入りするくらいなら、素直に門を通らずとも経路はいくらでもあるのだよ。

 詳細は秘密だ、今後の事もあるからね。


「うぁぇ……あぉぁ……(次の拠点になさるのは『地下迷宮ダンジョン』、でしたわね?)」

「そう!

神の怒りをかった古の大魔導士が別の世界に逃げだそうと開いた次元の穴が歪み、生じたと言われるこの大陸最大級の『地下迷宮ダンジョン』、その名も『厄災の坩堝』!

未だ踏破者が出ておらず、最高踏破階数は初代皇帝の到達した地下8階だそうだ。

レイオットが調べてくれた話だと、最近の冒険者の最大到達階層は4階が限度だというよ」

「うぇぁ……おぇぁ……(兄様は初代皇帝の記録を塗り替えると?)」

「それが出来れば最高かな。

後は、私達ももっと強くならなければならないと思ってね」

「あぉぁ……えぁ……(わたくし達も、ですか?)」

「そういうことだ」


 帝都での水路を活用した帝国の威信を汚す『嫌がらせ』は中々に効果的ではあったけれど、私たち自身が『生命』を喰らう機会があまりに少なかった。

 悪霊怨霊や怨念、瘴気等は時間が経てば湧いてくるし寄ってくるのでそれなりに啜れたが、『生命』を啜るのに比べると沸き上がる力が大きく落ちる。時間をかけてじっくり力をつけるのが一番で、その為には『生命』を喰らい続けるのが最も効果的だろうと現状では考えている。けれどあまり帝都民を亡者に堕とし過ぎると、連中が教会の総本山から『祓魔師エクソシスト』を呼び寄せると予想していたし、実際に手配されたらしいとも聞いている。

 彼等『祓魔師エクソシスト』は対『不浄なる者アンデット』の専門家だ。真っ向からぶつかれば下位『不浄なる者アンデット』は全く歯が立たない。大地を埋め尽くす規模で『不浄なる者アンデット』を展開すれば物量で押し潰せると思うが、彼等の上位者たる『使徒』が出てきた場合、それだけの数を投入しても歯が立たない可能性がある。


「北部戦線でも『不浄なる者アンデット』の群れが何度か出た事があってね、その際に彼ら数名と共闘した事があるんだが……対『不浄なる者アンデット』の専門家というだけの事はあって、その活躍ぶりはすさまじかったんだ。

祓魔師エクソシスト』ひとりでも全力を出せば100体程度の群れなら『浄化』しきってしまうだろうよ。

そんな連中の集団と後先考えずに戦えば、私達とて彼等に祓われてしまうかもしれない。

そんなのは困るだろう?」

「うぉぁ……あぉぁ……(はい、困りますわ)」

「だから、我々も戦力の増強と合わせて自分達自身も強くならねばならない。

その為に最適な場こそ『地下迷宮ダンジョン』だろうと考えたのさ。

おあつらえ向きに帝都近郊には大迷宮『厄災の坩堝』がある。

あそこは立ち入る冒険者も少なめだと聞いているから、私達が荒らしても文句は言われまい」


 帝国は、初代皇帝の偉業を万が一にも他の冒険者が越えてしまうのを防ぐため、国家として『地下迷宮ダンジョン』、特に『厄災の坩堝』を探索する冒険者に対し不遇な政策を取っている。

 たとえば「防衛費」などと称して他の『地下迷宮ダンジョン』には無い入場料を取ったり、『地下迷宮ダンジョン』産の素材や財宝その他に高い税金を掛けたり、探索期間を申請制かつ期間上限付にしたり、だ。

 その為、最大級『地下迷宮ダンジョン』のひとつでありながら『厄災の坩堝』は冒険者人気が極めて低い。基本的にここに潜ろう、という者達は「帝都からほど近いここ以外知らない」「他の『地下迷宮ダンジョン』まで遠征するのが面倒だから」という者達が殆どだ。また他に比べて不遇とは言っても、実力がない者から毟り取ってやる気を削ぐほど行政も馬鹿ではない。行政としても、冒険者を絞めつけ過ぎて他所に逃げ去られてばかりになってしまうと、とある理由から軍を定期的に動かさざるを得なくなってしまう。

 だからこそ冒険者に「不評」で済む程度の締め付けに止めている。


 理由は簡単だ。


 『地下迷宮ダンジョン』を放置し過ぎると、中から大量の魔物が溢れ出す『迷宮暴走スタンピード』という現象が発生するのだ。小さな『地下迷宮ダンジョン』の『迷宮暴走スタンピード』ですら、小さな街ひとつ容易く壊滅させるので、『厄災の坩堝』規模の『地下迷宮ダンジョン』が『迷宮暴走スタンピード』を起こしたならどれほどの被害が発生するか分かったものでは無い。


「『迷宮暴走スタンピード』の事があまり認知されていなかった時代、もちろん帝国も誕生していない時代の話になるのだがね、この辺は街も何もないただの荒野だった。

『厄災の坩堝』に挑戦するにも拠点すら置けない為に、ずっと放置されていた時代があったそうでね。

そのせいで『厄災の坩堝』を起源とする大規模な『迷宮暴走スタンピード』が何度も発生したらしい。

それが所以で、かの『地下迷宮ダンジョン』は『厄災の坩堝』と名付けられたんだそうだよ」

「あぅぅ……うぁぉ……(では、今度は兄様が『地下迷宮ダンジョン』の主として座すことで『厄災の坩堝』と呼ばれる事になりそうですわね!)」

「ははは、それも面白いね」


 実際そんな話になったら笑うしかないね。


 『地下迷宮ダンジョン』攻略、か。


 戦力拡充と私たち自身の強化に利用する程度にしか考えていなかったけれど、場合によっては拠点化してしまうのもかも知れないね!

 

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