第21話 宿屋
『厄災の坩堝』は帝都から東に馬車で二日ほど離れた場所にある『
入り口は何の変哲もない洞窟に見えるが、一歩中に入るとまるで整備された地下通路のような空間になっているのだという。
現在は8階層まで確認されており、多種多様な魔物が生息する危険地帯だそうだが……
日が暮れてから帝都を出て、走りに走って……何時間経ったかな?
そろそろ目的地に到着だ。
「中がどんな様子なのかは入ってからのお楽しみだね」
「うぁぁ……あぉぁ……(楽しみです!それで、これからどうなさるのですか?)」
「まずは観光、と言いたいところだけれど、そうもいかないだろうな。
日中は眩しくて動けないから、日が昇るまでに何処か良い場所を探して休もうか」
『厄災の坩堝』の入り口には、現在小規模の街が存在する。
街の名はボレアス。
冒険者と『
街の中心はもちろん『
それを囲う様に張り巡らされた石造りの高い防壁と頑丈な門。
その防壁を囲むように街が広がっている、というわけだね。
この街は街道からも外れた位置にある為、道は全く計画性を持った整備がされていない。適当なところに適当に建物が建っていて、道の広さもそれに合わせて適当だ。一応主要な道は、馬車がすれ違って通れる程度の広さを保ってはいるが、それにしても混沌とし過ぎている。田舎の開拓村だってこの街よりはましな区画整理がされていると思うよ。
まぁ、これだけ区画管理が乱雑ならは隠れ潜むところにはあまり苦労し無さそうだがね。
街の周囲に柵や防壁の類はない。
その代わりにたくさんのテントやぼろ屋の類が見受けられる為スラムのような様相を呈しているが、あれらはきっと『冒険者』が野営をする場所として利用しているんだろうね。で、柵など無くても魔物の類が外からやってくれば彼等が勝手になんとかする、とそう言う仕組みなのだろう。
なかなか良く出来ている。
『
実際、数こそ少ないがこんな時間でも結構な数の人が動いているのが見て取れる。
……まぁ、目を引く程強い『生命』の輝きを放っている者は居ないから、実力は大した事ないのだろうけどね。
私達の見た目は、一応は冒険者らしく見える様に整えてはある。
私は皮鎧を装備し、目元を隠す仮面を付けた剣士風。
ソフィアは折れたままの首がきちんと座っていないので、私お手製の矯正具で首を裏から支えたり手足の関節部が変な方向へ曲がらない様にしつつ、ゆったりとした女性用のローブに私とおそろいの仮面を付け、小杖を持った魔法師風。もちろん魔法なんて使えないぞ?フリだけだ。
二人ともフード付きマントで顔を隠しているから傍から見れば怪しげに見えるだろうね。
だが、ここまでしないと私達の瞳に宿る蒼い鬼火が人目を引いてしまうのだ。鬼火は仮面を付けていても当然漏れ出る。その為、「暗いところでも明かり無しで物が見える魔道具」という言い訳用の小道具として、この仮面を装備しているというわけだ。
ちなみにソフィアは「兄様とお揃いです!」と喜んでいたので、私も嬉しい。
こんな怪しげななりで、しかも妹を横抱き(お姫様抱っこ)しているのだ。
人目の多い場所では嫌でも目立ってしまうだろう。
さっさと宿をとる事にしようか。
「う~ん、宿と言っても私達は睡眠を必要としないし、食事も『生命』を啜りはするが人間が食べるものは味が分からないので気分で味わう程度しか楽しめない。
それに、地上に拠点を置くわけでもないからねぇ、どうしたものか」
「うぁ……うぅぁぉ……(わたくしは安宿でも構いませんが……)」
「ソフィア、こういう街の『安宿』は、馬小屋と大差ないのだよ?
屋根があって、寝藁があって、それで『宿』と言い張るのだから始末に負えない。
遠征の時散々そう言った宿を見てきたからね、甘く見たらいけないよ」
「ヴぁっ……うぇぁ……(そ、そうなのですかっ!?それではあの監獄と大差ないではありませんか)」
「貴族子弟からすればあそこは地獄だけど、貧民からすると四方に壁があって屋根もある牢獄の方が外よりマシだ、なんて言う兵もいたからね。
世の中上も下も覗き込んだらきりがない、という事さ……お、あそこなんて良さそうだね。
出入りしている冒険者も随分ときっちりした装備をしている。
それなりの上宿のようだ……あそこにしようか」
私達は「遠き故郷亭」と看板の掲げられた木造三階建ての宿に目星をつけ、入っていった。
宿に入るとすぐのところに受付があり、右手に上階への階段、左手は食堂になっていた。
食堂はこんな時間にもかかわらず、数組の冒険者らしき者達がラフな格好でたむろしている。
……中々に強い『生命』の光を放っているね、手強そうな人たちだ。
「いらっしゃいま……ひっ!?」
「ん、あぁ、ここを利用したいんだが……何か怖がらせる様な真似をしてしまったかな?」
「い、いえ、その、申し訳ありません……」
受付にいた女性が、私達を見るなり怯えて後退った。
別に何かしたわけではないのだが、やはり『生者』は私達に対して何かしら感じるものがあるのかもしれないね。カトリやレイオットも、はじめの内は声をかけた時などに妙にビクついた反応をしていたように思う。カトリなどはそうした反応をする度に「申し訳ありませんっ!」と土下座する勢いで謝ってきたが……瞳の鬼火を隠した程度では、『生者』からの警戒は解消しきれないのかもしれない。
「問題が無いのならば、私と妹の2人で3泊ほどしたいのだが。
部屋はひとつで構わない」
「は、はい、今お調べします……。
え~、今ですと3階の5号室と8号室、2階の9号室が空いています。
料金は宿泊日毎に先払いで、3階の部屋は一人1日15マルダ(日本円換算で1万5千円)、2階は10マルダになっております」
「ふむ、階によって値段がわかるのかい?」
「3階には専門の警備が付いてますので。
それと、食事も1食お付けしております」
「なるほど、付加価値がある分高いという事ですか。
承知した、3階の……端の方の部屋はどちらになるかな?」
「それでしたら8号室ですね、ご案内します」
「よろしく頼むよ」
私達は宿帳にサインをすると、受付の女性に案内され階段を上がっていった。
3階の階段を上った先には、身綺麗な身なりの冒険者らしき男女が門番のように立ち塞がっている。
「ミギー、サリー、308号室にお客様よ」
「お、カップルかい?
お姫様抱っこだなんて随分お熱い様子だが、冒険者……か?」
「……ミギー、お客様の詮索はしないのがルールだよ。
『遠き故郷亭』にようこそ、お客様の安全は我々がお守りしますのでごゆっくりお過ごしください」
「あぁ、ありがとう。
3泊ほどの付き合いになるがよろしく頼むよ」
二人は深々と礼をすると、道を開けた。
う~ん、食堂の冒険者たちも中々だったけれど、彼等はそれ以上に見える。
実に、
こうして私達は宿を確保し、『
◆ ◇ ◆
「…………ッはぁっ!
な、なんだあれっ!?本当に人間かっ」
「……確かに、そこに居る、ってだけで命の危険を感じたわ……。
あの人達、一体何者なの?」
「……ミギー、サリー、お客様への詮索は厳禁よ。
でもまぁ、気持ちはわかるわ。
私も受付で悲鳴上げかけちゃったし。
一瞬『
「ロージィもかよ……」
彼等は元々この街で『
地下4階層を越えようと挑み、破れ、仲間を失った事で引退した彼ら彼女らは、引退後この街で高級宿を経営し、成功を収めていた。冒険者時代に自分達が『こんな宿に住みたいな』と思い描いた理想を形に変えたもの故に、同業者には大変ウケたのだ。
そんな彼等をして、ノア達の醸し出す存在感は『異質』の一言だった。
普通ならチンピラ冒険者たちが喜んでカモにするような組み合わせの彼等が、ここまで誰にも絡まれずに来られたのも冒険者たちの『勘』が彼等を危険と訴えたからである。
「ノア・ノルドハイムさんかぁ……。
本当に、何者なんだろうね?」
すれ違い程度のこの縁が、彼等の運命にどのように作用するか。
それを知る者はこの時点では誰も居ない。
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