第22話 調査

 『遠き故郷亭』は結構お高いだけの事はあり、中々快適な宿だった。


 室内は落ち着いた雰囲気で掃除も行き届いているし、驚いたことに室内には頑丈な金庫に温水シャワーや最新式の水洗式厠まで用意されていた。見張りに食事1食付き程度で15マルダは高めかと思ったが、かなり良心的な値段設定と言える。

 ちなみにだが、私達が住んでいた帝国北方のフェルステマン辺境伯領の宿代は、高いところでも8マルダ程度だが、ここまで設備は整っていない。


「うぁぁ……あぉぁ……(人の身であったならさぞ快適に過ごせたのでしょうねぇ)」

「そうだね、だが1日15マルダ稼ぐのは中々に骨だよ。

一般人の平均日当は5~8マルダだからね。

ここの『地下迷宮ダンジョン』はただでさえ他のところに比べて実入りが悪いというから、どの程度潜れるようになればこういった宿を定宿に出来るやら。

さて、私は早速情報収集して回るとしよう。

日が昇る頃には戻るから、戻ったら二人でのんびりしようね」

「あぉぁ……うぁ……(はい、お気を付けていってらっしゃいませ)」




「おや、お客さん、こんな時間なのに外出かい?」

「こら、ミギー!

お客様、失礼いたしました。

お気をつけて行ってらっしゃいませ」

「あぁ、ありがとう」


 階段のところで守衛の二人に声を掛けられる。

 ミギーと呼ばれた男性は笑顔を浮かべてはいるが、若干私を警戒しているようだ。

 女性の方も丁寧な言葉づかいで誤魔化しているが、どこかこちらを警戒している様子が見て取れる。


 ……ふむ。


「あ~、仕事に差し支えるようなら答えないでくれて構わないのだが、少々いいだろうか?」

「……なんでしょう?」

「私はそんなに怪しい人物に見えるのだろうか?

どうもその、周囲を警戒させてしまっているように感じていてだね。

店主にも悲鳴を上げられてしまったし、君達にも警戒されているし、そんなに怪しい人物に見えるのだろうかと気になってしまってね」

「「あ~……」」


 思い切って『私』がどう見られているのかを問うてみたのだが、二人とも困った様子になったところを見るに、相当不審な人物に見えているから答えにくいといったところだろうか。

 むぅ、これから外に出るにあたり初見で警戒されるようでは困る。

 この恰好が不審者に見えるなら着替えた方が良いだろうしね。

 そう考えて、ならばどんな質問をすればいいかと考えていたのだが。


「お客さん……えっと、ノルドハイムさんだったな。

何て言うか、お客さん、明らかに只者じゃないだろう?」

「……それはどういう意味で、かね?」

「ミギー!言い方っ!

失礼いたしました、お客さ、いえ、ノルドハイム様。

その、ノルドハイム様とお連れ様が纏ってらっしゃる雰囲気が、何と言いますか常人のそれとは違い、かなり強烈な威圧感と言いますか存在感あるものに感じられまして。

どこかの名のある冒険者の方でいらっしゃるのかと、反射的に身構えてしまいました。

ご不快にさせてしまいましたら深くお詫び申し上げます」

「い、威圧感に存在感……?

そんなに感じるのかい?

まったく意識はしていなかったのだが……」

「俺からすると強者感、って感じ」

「ミギーっ!もうっ!」

「強者感……見た目が怪しい、とかではなく、雰囲気、か……う~む」


 『生者』から私達はそのように見られている、と?


「見た目云々は、冒険者ならどいつもこいつもある程度胡散臭く見えるのが普通だぜ。

ノルドハイムさん達のお揃いの仮面、それ、なんかの魔道具だろ?

ちょっと怪しげだけどそういうのイイな!男心を鷲掴みにするわ」

「お客様に失礼でしょ……。

ですがミギーの言う事も事実ですわ。

冒険者の多くは見た目と実力が乖離している者ばかりですので、初見の方は纏う雰囲気に注意を払う様にしないと相手の力量を見誤ります。

ですので、お客様の纏う独特の空気に気圧されてしまったのでございます」

「いえいえ、非常に参考になるお話でしたよ、雰囲気か……むぅ。

成程、雰囲気……そっちの方は完全に意識していなかったね」


 雰囲気……完全に盲点だった。

 見た目に関しては気にしていたが、雰囲気、身に纏う空気というものに関しては完全に意識していなかった。という事はカトリ達が震えていたのも、私達のその『纏う雰囲気』とやらに反応していたのかね。


「う~ん、私達は今後『地下迷宮ダンジョン』に挑むつもりなのだが。

初対面の方達にここまで警戒されてしまうとなると、『地下迷宮ダンジョン』内で他の方々に敵と間違えられる事も想定しておいた方が良いだろうか?」

「「あ~……」」


 お二人が「あり得る」といった顔で唸り声を上げましたので、どうやら勘違いされるだろう事は間違いなさそうですね、面倒な。


「『地下迷宮ダンジョン』内での揉め事は国は関与しませんからね。

冒険者組合も基本的には登録者に対する依頼斡旋組織ですから、帝国では当てになりませんし」

「一応、松明とランタンを掲げていれば勘違いはされないと思うぜ?

魔物はそんなもん使わねぇから、それでも襲ってくるなら同業者狙いの野盗もどきさ。

ま、ノルドハイムさんに襲いかかるような連中は余程の馬鹿だと思うが。

俺だったら勘違いして襲う以前に、全力で逃げますよ……ハハハ!」

「そうしてくださると私達も助かるんですがね、ははは」

「すみませんうちの馬鹿が失礼な事をっ!

お客様を襲う会話とか、馬鹿なの!?死ぬの!?」

「うおっ、いたっ!な、殴る事ないだろっ!」

「殴る事よお馬鹿っ!」

「痛い痛い痛いっ!」

「ははは、それくらいで許してあげてください……」


 言いにくい事をズバッと言ってくれる人材は貴重だよ。

 空気を読んでくれるなら尚良いが、このミギーさんとやらは私達が『死人』と知らないわけだからねぇ、まさか本当に『化け物』だと知ったらどうするんだろうね?

 それにしても、外に出る前に実に良い話が聞けた。

 雰囲気、雰囲気か……。

 無意識に『生者』に対して『食べたい』という欲求が出ていたのですかね?

 それとも別の何かだろうか?

 意識する事で多少抑えられればいいのだが……むぅ。

 守衛の二人に軽く礼を言って別れると、私は『朝』までの短い時間、情報収集に励んだ。


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