第23話 迷宮

「まぁ、そんな事もあってだね、無事に『地下迷宮ダンジョン』の情報を知る事が出来たわけさ」

「うぉぁ……あぇぉ……(流石兄様ですね!)」


 ははは、褒めてくれるのは嬉しいけれど、聞き込みくらいで褒められても困るよ?


 ボアレス到着から3日目。

 街で済ませるべき用件を全て終わらせた私達は、現在『厄災の坩堝』の中に居る。

 3日間何をしていたのか具体的に知りたい?

 後から追ってくるだろうカトリを迎える手配や、『地下迷宮ダンジョン』上層部の情報収集、立ち入る際のルール確認や帝国軍や衛兵達の入り口周りの配置、そう言った事をちょこちょこ調べたりしていただけだから、ものすごく退屈な話になるが構わないかね?


 それでも聞きたいかね?……聞きたくない?結構。


「えぁぉ……(兄様?)」

「ふふっ、なんでもないとも。

それにしても……話に聞いた通り、本当に『地下迷宮ダンジョン』だねぇ」


 『地下迷宮ダンジョン』____『厄災の坩堝』


 遥か昔、禁忌の実験を繰り返した大魔導士が『神』の怒りを買い、『神』から逃れる為にこの世界から逃げ出そうと更なる禁忌『次元渡り』に手を出した。

 世界の境界線に穴を開け、別の世界への扉を開くこの行為が成功したのかは定かではない。

 はっきりしているのは、その大魔導士の研究所、実験所とされていたこの地を中心に大規模な魔物災害が発生したという事。

 その日を境に世界各地に『地下迷宮ダンジョン』が生まれるようになったという事。

 未だこの『地下迷宮ダンジョン』が踏破されていないという事。

 それのみである。


 その為、ここ『厄災の坩堝』は別名『始まりの地下迷宮ダンジョン』とも呼ばれている。


「この『地下迷宮ダンジョン』の最下層に何があるのかは、行ってみればわかるだろう。

それよりも、やはりと言うか何と言うか……」

「あぇぉ……うぇぁ……(魔物さん達、襲ってきませんねぇ?)」


 そうなのだよ!


 『地下迷宮ダンジョン』に入ったのは良いものの、出てくる魔物が全くと言っていい程私達に反応してくれない上に、こちらを襲おうとしないのだよ。

 この『地下迷宮ダンジョン』の魔物の出現の仕方は、宙に突然『魔法陣』が描かれそこから何らかの魔物が湧いてくるといった、いわゆる『召喚型』と言われるもの。『召喚型』以外にも壁や地面から湧きだす『地形湧出型』、瘴気や魔素といったモノが形を成して魔物を生み出す『生成型』、魔物を生み出す装置が延々と魔物を生み続ける『生誕型』など多岐にわたるとの話だった。『召喚型』の特徴は、どのタイミングで、どれだけの数湧いて出るかが全く分からない、という事だろうか。深い階層になればなるほど多種多様かつ強力な魔物が現れるそうで、初代皇帝が到達した地下8階には地上では滅多に見られない恐ろしい怪物達……竜種や伝説伝承の魔物達が群れで湧いて出た、と聞くね。

 まぁ、明らかに眉唾物な話だがね。


「竜種の群れが現れて、それをたった数人でばったばったと薙ぎ倒す?

そんな話が現実に可能なわけが無いだろうに。

そもそも、この狭い場所に竜種が群れで現れるとすれば、地下階層はどれだけの広さだというんです?

竜種だけではない、悪魔種や巨人種、果ては巨大魔導人形などの類もいたというではないですか。

話を盛りすぎだと誰も思わないのかねぇ?」

「えぁぉ……うぇぁ……(ふふふっ、本当ですね)」


 子供心には胸躍る話なのは確かだ。

 『迷宮冒険譚ダンジョンオラトリオ』__浪漫しかないからねっ。

 そうはいっても大人になり、騎士になり、様々な事を知る過程で「これ、食料はどうするんだ?」「流石にこの深度に達するまで日数が足りないだろう」「武器の損耗を考えると……」といった『現実的思考』が邪魔をするようになると、子供の頃のように素直に楽しめなくなってしまうのが残念だ。


「まさか、人間やめる事で『迷宮冒険譚ダンジョンオラトリオ』の真実を確認しに行けるようになるとは思いもよらなかったね」

「あぅぁ……おぇぁ……(本当です!兄様が『復讐』に縛られるなと言われる理由が分かりますわ)」

「ははっ、そう言ってもらえると嬉しいね……っと、おや?これは戦闘音だね。

どうやらこの通路の先で誰かが戦闘しているようだ、手間だけれど迂回しようか」


 『地下迷宮ダンジョン』に挑んでいるのは私達だけではないから、当然他の冒険者たちと遭遇する事もあるわけですよ。ですが私達は見に纏う気配から、魔物と勘違いされかねない危険がある。階層が浅いと冒険者たちの質も当然低いので、勘違いした挙句に襲ってくる者も多いだろうという懸念があった。

 もちろんそうした者に容赦する気は無いですが、無駄な争いは避けたい、というのも事実。

 一応松明やランタンには火を入れて、『冒険者だよ』アピールはしているんですがね。


 通路の広さは基本的に高さ5mx幅5mの正方形の石造り。

 どういう訳かこの第1階層から第3階層内においてこの規格は絶対のもの、なんだとか。加えて言うなら奥行きも5m単位で区切られているとかで、出現する魔物もその企画にあった大きさのモノが湧く。それなら地図も作りやすいだろうにと思うんですけど、でそうもいかないようで。


「うぉぁ……おぇぅ……(あ、兄様、また出現しますよ)」

「おや、本当だね。

また無視されるのかな……っと、犬頭亜人コボルドが5匹か。

……こちらを見向きもしないねぇ、ちょっと寂しいな」


 魔法陣から湧いた犬頭亜人コボルドはこちらに一瞥もくれる事はない。

 まるで最初から私達が居なかった、とでも言う様にフンフンと鼻を鳴らしながらガウガウ唸っている。

 ちなみに、触ると流石に反応されるのだけど……触った個体だけしか反応してこない。

 こんな風に、だ。


「ソフィア、これらも食べても構わないよ」

「うぁぁ……(は~い、兄様!)」


 ふらふらとソフィアが犬頭亜人コボルドの一匹に近づき、触れる。

 ビクリ、と身を震わせた犬頭亜人コボルドがソフィアの存在にようやく気付き、慌てて動き出そうとしたその瞬間「あぅぅ……えぁぉ……(逃がしませんわっ!捧げなさいっ『生命吸収ドレイン・ライフ』!)」その『生命』を根こそぎ啜り喰らわれ、倒れ伏す。

 どさり、と倒れた同族を訝しげに見る犬頭亜人コボルド達。

 そんな彼等をソフィアは容赦なく喰らっていく。


「あぅ……うぁぇ、おぁ(あぁ、美味しかったですわぁ♪)」

「どうだい?怨念や瘴気を啜るよりはずっと力が付くだろう?」

「あぃ……あぁぇ……いぇ……(はいっ、身体の底から力が漲る気がします)」

「それは良かった」


 『地下迷宮ダンジョン』内にも瘴気や怨霊悪霊の類は沢山蠢いているし、今も私達の傍にふらふらと漂っている。それらを啜っているだけでもいいのだろうが、やはりせっかく『魔物』という餌が沢山湧く場所にやってきたのだから、そちら優先だ。不意打ちで魔物達の『生命』を啜り、力をつけるという試みは今のところ上手くいっているようだね、うん、実に良い事だね。

 倒れ伏した犬頭亜人コボルド達の亡骸には、早速雑霊たちが群がり、入り込んでいる。そう時を待たずに『甦りし犬頭亜人の屍コボルド・ゾンビ』と化して起き上がる事だろう。ちなみにだが、犬頭亜人コボルド達以外にも妖精悪鬼ゴブリンなどを喰らったりもしているので、道中には『甦りし妖精悪鬼の屍ゴブリン・ゾンビ』なども生まれていると思われる。

 あまりやり過ぎると「急に『不浄なる者アンデット』が増えた」と噂になってしまうかもしれないので、ある程度深く潜るまでは『不浄なる者アンデット』を増やすのは控えめにしようと思ってはいるよ。特に1~3階層の間は冒険者達も多いので、『生命』を啜っているところや魔物達のすり抜け、亡骸の『起き上がり』等を見られると厄介だ。もちろん方針の変更はあり得るがね。


 それに加えて攻略面でも注意しないといけない事がある。


 『厄災の坩堝』の第1階層から第3階層は、厄介な事に3階層合わせてひと区画というべき構造になっている。無数に存在する道をただ上り下りしていても、決して第4階層に辿り着けない様な『立体型迷路』になっている、という事だね。しかも『正解』の道は、誰かが通過するとそれからたった1日で別のルートへといつの間にか『組み変わってしまう』のだとか……生き物かね?この迷宮。法則性も判明しておらず、地図が作れないのはそれが理由なんだそうだよ、面妖な。


 3階層を行き来して、たった一つの正しい道を探し出す____『三次元迷宮コズミックキューブ


 数多の冒険者たちを阻む『地下迷宮ダンジョン』の悪意が……


「まぁ、魔物達に襲われない上に四六時中動き回れる『死人』な私達を阻止するには、千年早い仕掛けだと言えるのだがね、ははは」

「うぁぅ……あぅ……(うふふ、本当ですねぇ)」


 私達に牙を剥く事は全く無さそうだね!



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