第33話 誤算

「はぁ、ショックですわ……」

「確かにねぇ、あれはちょっと心にクる出来事だったね……」


 第四階層で隠し通路を見つけ、その先で発見した大部屋と『宝箱』。


 露骨に『罠』の気配がするものの、今の自分達なら問題無かろうと開けようと試みれば……。

 お伽噺の化け物レッサー・デーモンが大量に襲いかかってきて死にそうになるし、必死で排除し終わって宝箱を開けてみたら大爆発起こして中身は消し飛び、せっかく増やした亡者達も半分近く消し飛ばされたのだ。

 『死人』とはいえ『心』はあるからね?

 無感情ではない以上、嫌な事や悲しい事で心にダメージは喰らうのだよ。


 既に第五階層への階段は見つけ出した。


 失った『不浄なる者アンデット』達も補充は済んでいるし、今も現在進行形で増え続けている。

 むしろ『生命』の喰らい過ぎで胸やけ気味なくらいだ。


「うぅ~ん、このまま漫然と進むのも、『生命』を喰らい続けるのも、今後の事を考えるとあまり良くない事の様な気がしてきたよ。

何より、この状況が面白くない」


 第五階層への階段を前に足を止めぼやく私に、背中に擦りつくように甘えていたソフィアも同じように思っていたと答えを返してくる。


「兄様もそう思いますか?」

「あぁ、私達はただ単に第八階層を越えればいいというわけじゃない。

ただ単に初代皇帝の功績を塗り替えればいいというものじゃない。

先駆者の功績は何時までも残り、讃えられるものだ……この場所がある限り。

だから、一度ここを無くしてしまおうじゃないか」

「……兄様、今何と?」

「この『地下迷宮ダンジョン』、無くしてしまおうじゃないか!」

「えええええええええっ!?」


 私の提案にソフィアが盛大に顔を引きつらせたようだが、いやいや、別に大した事じゃないからね?


「驚く事でもないだろう?

現状、この国の冒険者達は第4階層に到達できるかどうかという戦力しか持ち合わせていない。

それに伴って持ち合わせている情報も第四階層までのものしかないと言える。

単純に第四階層の魔物を上層に追い立て続けて『地下迷宮ダンジョン』から溢れさせるだけでも、外の連中はパニックを起こすだろう事は間違いない。

仮に帝国が軍を派遣したとしても、大軍を以て攻略するにはこの『地下迷宮ダンジョン』は不向きだ。

何せ、『三次元迷宮コズミックキューブ』があるからね。

下手に兵を送り込めば24時間で分断され、投入した戦力は全てこちらが吸収する事になるのだよ?

防衛戦をするのにこんなにも適した場所はない。

対して私達は、『地下迷宮ダンジョン』内で幾らでも『不浄なる者アンデット』を補充できる。」

「た、確かに言われてみればそうですが……それでこの『地下迷宮ダンジョン』を無くした事になりますの?」


 この『地下迷宮ダンジョン』を占拠したところで、物理的にここが消えてなくなるわけではないからね、そういう疑問を抱くのは当然だろう。

 それで『無くした』事になるのかと言えば、なるのだよこれが。


「物理的に無くなるわけではないさ。

だが、

『厄災の坩堝』という『地下迷宮ダンジョン』は、初代皇帝がその名を上げた『地下迷宮ダンジョン』から、帝国に反抗する『死人』が拠点とする『地下迷宮ダンジョン』へと認識が変わる。

そしてそれは、時が経てば経つほどその効果を増していく。

数年も経てば、『魔王が住み着いた迷宮』って呼ばれるかもしれない。

そうなれば……初代皇帝の功績なんて誰も思い出したりしないさ。

既に占拠されているんだから、攻略されたものだと勘違いする者も出てくる。

噂が流布する過程で尾ひれが付いて、数百年前から私達が住み着いていた事になるかもしれない。

それは、この『地下迷宮ダンジョン』を無くした事になるとは思わないかい?」

「た、確かに……」


 一旦『地下迷宮ダンジョン』の攻略を中断する、というのはあまりいい気持ではない。

 初代皇帝達よりも私達の方が凄いのだと示す意味でも、一度の攻略で制覇したいという『欲』が、いや違うね、『見栄』が湧いてしまうのだ。

 だがその『見栄』で再びソフィアを失う事になったらどうする?どうせ食事も睡眠もいらない身体なのだから、一息に第八階層まで突き進みたい、という想いはあるが、気分だけ攻略できるほどこの『地下迷宮ダンジョン』は甘くない事が分かった。


 第四階層で、アレなのだ。


 この先どんな悪辣な仕掛けや魔物が待ち構えているか、分かったものではない。

 なら十分に警戒し、新たな目標を定め、確実に、安全に進む。

 それが最善だと、そう思わないかね?


「では、このまま一度地上に戻って街を占拠しますの?」

「いや、潜れるところまでは潜るよ。

そろそろ厳しいかな、ってところで切り上げて、地上の入り口周辺を制圧する」

「入り口周辺だけでよろしいんですの?」

「その辺だけで十分さ。

都合がいい事に帝国が『迷宮暴走スタンピード』を恐れて砦まで作ってくれてるからね。

あそこを制圧して、入り口付近を魔物の見本市にしてしまおう」

「み、見本市?」

「あぁ、第4階層以降の珍しそうな魔物を甦りし屍ゾンビ化して、入り口付近で晒しものにしたり、街中を闊歩させたりしたら面白いと思わないかい?」

「…………それはすごく楽しそうですわね!」


 首を傾げながらその光景を想像していたであろうソフィアが、ようやくイメージが追いついたのか嬉しそうに微笑み、手を叩く。


 ただ漫然と階層を進むのではなく、長期的な目的と短期的な目的をきっちりと持って進む方が、断然楽しいものだ。『攻略』も進めつつ、『復讐』の準備も怠らないようにしなければ、ただでさえ私達を『敵』としてすら認識していないだろうガイウスに、『嫌がらせ』が届かないからね。


「落ち込む事もあるけれど、『復讐』で元気です、って言えるように楽しくやろう」

「ふふっ、度し難いですわ……」


 『死人』も『生者』も、業が深いってことさ。




 こうして私達は心機一転、『地下迷宮ダンジョン』攻略に挑む事にした。






 第五階層も第四階層と同じく自然の洞窟風な内部構造になっていた。


 だが、決定的に違う点が一つ。


「通路が広くなったね。

……ざっくりだけど、倍の広さ、か」

「その広さに相応しい魔物が出てくる、という事ですかしら?」

「恐らくはそうだろうね。

警戒しながら……おっと、早速ご登場だよ。

何が出てくる、って、あれは『人食い悪鬼オーガ』かっ!」

「奥にも何か大きなものが出ましたわっ!

アレは一体なんですのっ!?」

「おいおいおい、冗談だろう!

石造りの巨人ゴーレム』なんて、実在したのかっ!」


 第五階層に入るなり私達の前に現れたのは、3m近い巨体を誇る人食い鬼『人食い悪鬼オーガ』が18体、その奥から迫るのは3体の『石造りの巨人ゴーレム』、こちらは『甦りし下級魔神の屍レッサーデーモンゾンビ』よりも遥かにデカい!一歩歩く度に甦りし屍ゾンビ達が数体まとめて踏み潰されているんだがっ!?『生命』を感じないモノには手を出すな、と指示を出していたのに、奴があまりに大きすぎて触れてしまったのか!?


「『下級魔神レッサーデーモン』達は『石造りの巨人ゴーレム』を優先して叩けっ!

他の『不浄なる者アンデット』達は『人食い悪鬼オーガ』共を制圧、手駒に変えるぞっ!

ソフィアも頼むっ!」

「もちろんですわっ!」


 よりにもよって、私達が最も苦手とする『生命』を持たない『魔法生物』が第五階層で出迎えてくれるだなんて思わなかったよっ!


「せっかく気を取り直してやる気を出したところだったのに、この『地下迷宮ダンジョン』の製作者はどれだけ性根が歪んでいるというのだねっ!

あんな石造りのデカブツ、どうやって倒せと!」

「確か伝承では疑似生命を与えた魔術文字の頭の一文字を削れば、意味が逆転して自壊すると」

「流石はソフィア、博識だねっ!」


 『人食い悪鬼オーガ』共を喰らったら、早速探してみるとしようか!


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