第34話 暴食
第五階層に入って早々現れた『
デカい、固い、そしてタフ。
弱点と思しき額の魔法文字は高すぎて何者の手も届かず、石を投げて削れるような強度でもない。
第四階層までの魔物が『
たった3体、たったそれだけの『
「ふざけるなよ……なんだ、これはっ!
相性が悪いとは分かっていたが、ここまで蹂躙されるというのか!?
魔力で動く木偶人形如きに、私達は何も出来ないというのかっ!」
「兄様、ここは一度撤退しましょう。
きっと何か良い方法がありますわっ」
ソフィアが私の袖を引き、撤退を進言してくる。
それがきっと正しい判断だ。
先程自分でも言っていたではないか、行けるところまで行って、無理そうならば引くと。
まさに今がその瞬間ではないか。
引くべきだ、それが正しい選択だ____理性はそう、訴える。
だが……だがっ!
「……引けない」
「兄様!?」
「ソフィア、確かに引くのが正しい判断だと私も思うよ。
だが、心が叫ぶのだ、魂が吠えるのだ!
私は、私に出来る事をやり切ったのか?と!
ただ亡者達を駒として送り出しただけで、私は何もしていないではないか、と!
魂が吠えるのだ……臆するな、戦え、と。
障害を切り開くのは、手駒の数では無い、いつだって己の不屈の意思である筈だと!」
今の私には、目の前で荒ぶる『
ご自慢の筋肉を見せびらかしつつ、高笑いしながら私達を嘲笑う姿が、はっきりと見えたのだ。
許せるか?____許せるわけがない。
引き下がれるか?____引き下がれるわけがないっ!
「あれは『ガイウス』だ。
私達を嘲笑い、この程度で逃げるのかと虚仮にしている『ガイウス』なのだっ!
ならばどうすべきか、お前ならばわかるだろう?」
「……兄様、そのように言われたらわたくしも引けませんわよ?」
「あぁ、すまない」
「何時だってお傍にいると、お約束しましたもの」
苦笑いしながら拾い物の短剣を抜くソフィアの頭を撫で、私は『
「総員、奴等の足止めに徹しろっ!」
オォォォォォォォ……
オォォォォォォォ……
オォォォォォォォ……
残っている『
それを好機と駆ける私とソフィア。
お互いに狙いを先頭の一体に定め、左右から全速力で接近し『
「「うおおおおおおおおおおおっ!」」
身軽なソフィアが先手を取り、『
そうはさせじと腕を振って叩き落そうとする『
GWOOOOOOOOOO!!
伝承の通り、その仮初の命の意味を変えられた『
まずは一体!
すぐに次の『
グシャリ!
やろうとしたところで……眼前に迫る巨大な塊に視界が埋め尽くされる。
同時に全身にすさまじい衝撃が襲い掛かり、迷宮の壁に身体が叩きつけられたように感じた。
暗転した視界、身体はピクリとも動かない。
痛みも感じないから自分の身体がどうなっているのかも分からない。
何だ、何が起きたというのだ?
(何が起きた?
なんだ、何故身体が動かない?
ちょっと待て、これはどういうことだ?)
ズン、ズンと響く足音に混じって、ソフィアの狂ったような悲鳴が聞こえる。
周囲で何が起きているのか分からない。
振動は感じる、音は朧気だが聞こえる、だが何も見えないし、声も出せない?
これは、どうなっている?
私に何が起きた?
(まさか、やられた……のか?)
先程の衝撃はまさか『
それを喰らって、私は……このような状況に置かれていると?
では、この振動は、ソフィアのあの叫びは……
「兄様っ!兄様っ!いやあああああああああああああ!!」
(あぁ、またあの子を泣かせてしまったのか……。
もう泣かせまいと誓ったのに、また。
ははっ、何が『心が叫ぶ』だ!
何が『魂が吠える』だ!
私にとって一番大事なのはソフィアだろう!?
愛しいソフィアを泣かせて、何をどうするというのだ!)
私は、失敗したのか?
引き時を誤り、ソフィアを泣かせるような醜態をまた、晒したと?
(あの子には絶対に寂しい思いはさせない、家族を失う様な悲しい想いなど二度とさせない……そう両親の墓前で誓ったのは嘘だったのか?
ソフィアを失って、奇跡的に取り戻して、それで満足せずに『復讐』を誓ったのは、こんな無様な姿を、再び家族を目の前で失う未来をあの子に見せる為だったのか?
違うだろうがっ!
……立て、動けよノア、ノア・ノルドハイムっ!
今動かずに何時動く!
未練がましく生にしがみついた『死人』の分際で、今更楽に死ねるだなんて思うな。
動け、死んでも動け、動け、動け動け動けっ!
無理も道理も蹴っ飛ばせ……身体が動かないなら____『魂』で動けっ!)
おおおおおおおおオォォォォォォォ……アアアアアアアアアッ!
霞んでいた視界が一気にクリアになる。
じりじりとこちらに迫る『
あぁ、すまないねソフィア、君を泣かせてしまった、心配させてしまった。
もう心配はいらないよ……だから、泣き止んでくれると嬉しいな。
『私のソフィアに手を出そうとする愚か者を、見過ごすわけにはいかないね』
沸き上がるのは底知れぬ『怒り』だった。
目の前で行われようとしている暴挙に対する、言い様の無い憤りだった。
漏れ出した声はかすれていて、自分が出したとは思えないほどおどろおどろしいものだ。
ソフィアが驚いて顔を上げた。
その目が大きく見開かれ、凍り付いたようにじっと私の事を見つめている。
そんな彼女の上に今にも振り落とされんとする、巨大な『偽りの生命』の魔力塊。
愚か者が。
私の愛しい妹に手を出そうなど____赦されざる愚行だ。
罪には罰を、愚かさには報いを。
私はそれらの『偽りの生命』、妹に頭上に振り落とされんとする『魔力の塊』に届かぬはずの手を伸ばし、あらん限りの力で私の眼前に引き寄せた。何か悲鳴じみた音と共に引き寄せられたそれらが私の前で暴れるが、容赦なく締め上げ、黙らせる。それと同時にガラガラと『
私の手の中でじたばたと藻掻く巨大な二つの『偽りの生命』は、あまり美味そうではなかったが放置するのももったいなかったので、とりあえず喰らってみる。ボリュームだけはあるので食べ甲斐だけはあったが、やはり淡白すぎる味で美味くはないね。だがそれなりに力は内包していたようだ。ボロボロだった全身に力が漲っていくような感覚があるね。
「……おや、何故か身体が動く?
そう言えば私は、連中に叩き潰されたのではなかったか?」
「に、にい、さま?」
己の漏らした呟きに改めて己を省みれば、迷宮の壁に身をめり込ませたままの自身の姿に気付く。
そして、そんな私を座り込んだまま呆然と見つめるソフィアの姿。
あ~、うん、これはちょっと状況の整理が必要だね?
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