第35話 搾取

「はい、兄様を後続の『石造りの巨人ゴーレム』が打ち倒した個体の頭ごと吹き飛ばしまして。

おもいきり、こう、、ばーん!と」

「で、迷宮の壁に埋まるほどの勢いで叩きつけられた、と」


 目の前の相手の巨大な頭部が死角になり、後続の動きが見えなかった私はそのまま平手打ちの大振りで迷宮の壁目がけ叩きつけられ、ぐしゃぐしゃの肉塊になって壁に埋まっていたのだとか。

 あまりのショックに立っていられず、へたり込んでしまったソフィアが次に見たのは、壁にめり込んだ私から伸びた黒い腕が、『石造りの巨人ゴーレム』から根こそぎ『魔力』を引きはがし、貪り喰らって再生する姿だったと。

 どんなホラーだねそれは。


「……私はその、潰れていたのだよね?

壁に投げつけられたトゥメルトの実の様に」

「は、はい。

それはもう見事に潰れて、埋まっておりました……」

「お、おぅ……そうかね。

その潰れたトゥメルトの実から、黒い腕が伸びたと」

「はい、こう、にょろろっと伸びて、グァシッ!っと何かを鷲掴みにして引き抜いておりましたわ。

あれは間違いなく、『石造りの巨人ゴーレム』の『魔力』だったかと」

「という事は、私は『魔力』を喰らったという事になるのかね……?」

「そう言う事ではないかと?」

「むぅ……」


 何と言うか、実感がない。


 私が『石造りの巨人ゴーレム』からその『何か』を引き抜いた瞬間に、『石造りの巨人ゴーレム』は崩れ去ったというから恐らくは『魔力』を引き抜いたのだと思う。

 だが、私が喰らったのは『魔力』というより『紛い物の生命』とでも言った感覚で……?


「ん~、もしかすると……いや、しかし……」

「兄様、何か分かったのですか?」

「いや、何、もしかしたら、私達は考え違いしていたのではないかとね」

「考え違い、ですか?」

「あぁ」


 そう、私達は考え違いをしていた可能性がある。


 これまで私達は、『魔法生物』というものを『生者』とは違い『魔力』で動く人形のように捉えていた。だが、人形であれば何故『魔法生物』と呼ばれるのだろうか?生物でなく人形だというのなら『魔導人形』と呼べばいいではないか。

 だがそうではないというのなら……『生命』はのだ。


 『魔力』という『生命』が。


「では、捉え方が違っているが故に、喰らえなかったと?」

「あぁ、考えてみて欲しいのだがね、上層に居た迷宮産の『不浄なる者アンデット』達は、『無念喰らいリグレッティア』では食えなかっただろう?」

「はい」

「あれは、この迷宮で生まれた『不浄なる者アンデット』達が、雑霊や悪霊達に憑かれて生まれたモノではなく、迷宮の魔力によって『不浄なる者アンデット』として生み出されたものだったからだ。

それでも『不浄なる者アンデット』である事には変わりが無かったし、迷宮は『不浄なる者アンデット』以外にも『生命』を持つ存在を生み出している。

その『生命』は穢れていて、彼等に殺された『生者』もまたきちんと『不浄なる者アンデット』と化す。

それが示唆する事は何だろうね?

つまるところ迷宮は、『生命』を生み出せるのだという事さ。

『魔力』を『疑似生命』として動いているというのなら、『魔法生物』の『生命』というのは迷宮産の『不浄なる者アンデット』達と何ら変わらない。

生命吸収ドレイン・ライフ』では『生者』の『生命』しか喰らえない。

『偽りの命』を喰らうなら、偽りの命と認識して喰らわなければ……掴める『疑似生命いのち』も、掴めない」

「な、なるほどっ!」


 これは、この時点ではあくまで仮説でしかなかった。


 だが……この仮説は、すぐに正しかったと証明される事となる。


 そしてそれは同時に、この階層における『脅威』が消失した事を意味した。


「ふふふふふ……ははははははははっ!

見給えソフィアっ!

あれだけ苦戦した『石造りの巨人ゴーレム』が木偶の坊だっ!」

「凄いですわ兄様っ!

わたくしも早く『疑似生命』を捕えられる様に頑張りますっ」

「これは『生命奪取ライフ・テイカー』とでも名付けようかね。

多少距離があっても『生命』を剥ぎ取れるというのは便利で良い。

ほら、また一つ捕えたから、これを喰らいながら捕獲する練習をすると良い」

「ありがとう、兄様大好きっ!」


 魔法陣から現れる巨大な『石造りの巨人ゴーレム』を、見つけ次第『生命奪取ライフ・テイカー』で捕獲し、その『偽りの生命』を石造りの肉体から引きはがす。

 呻き声を上げ崩れ去る『石造りの巨人ゴーレム』の味気ない『疑似生命』ではあるが、ソフィアの糧として、『生命奪取ライフ・テイカー』の練習台として、使い道はいくらでもある。いっその事配下の『不浄なる者アンデット』達に喰わせるのもいいかもしれない。『生命』を啜る事で私達も力を付けているのだから、『不浄なる者アンデット』達に食わせても何かしらの変化があるかもしれないからね。

 まぁ、まずは私達の強化が先決だが。


 第五階層に現れる魔物は『石造りの巨人ゴーレム』や『人食い悪鬼オーガ』だけではない。

 他にも『悪戯悪魔グレムリン』や『小悪魔インプ』といった悪魔族、再生力の高い『妖魔巨人トロール』、大量の『妖精悪鬼ゴブリン』種を引き連れた『妖精悪鬼の王ゴブリン・キング』や凶暴かつ素早い動きの狼型の猛獣である『邪狼ワーグ』、人間の上半身を持ちながら下半身は大蛇の『蛇身人ナーガ』『蛇身女ラミア』といった亜人種等、多種多様に現れる。

 はっきり言って雑多だね!?


 彼等は上層の魔物達と違い、現れ、『私達』を視界に入れた瞬間に敵と認識して襲ってくる。

 配下の『不浄なる者アンデット』達もしっかりと『敵』と認識している辺り、かなり知能が高いのだろうね。とはいえ、『石造りの巨人ゴーレム』に対する対策を手にした私達の前に多少強い程度の魔物達など敵でも何でもない。突入時に約7割叩き潰された『不浄なる者アンデット』の軍勢も、瞬く間に元の数以上に膨らんでいるのだ。魔物が出現した瞬間に数で押し潰し、『不浄なる者アンデット』達に対応が出来ない相手を私達が引き受ける形で損耗を防いでいる。

 おかげで危なげなく第五階層を進む事が出来てソフィアもニッコニコだ。


 ふふふ、ソフィアが喜んでくれるのが何よりも嬉しいね。

 潰れたトゥメルトの実になった甲斐があったというものだ。


 まぁ、若干問題が無い事も無い。


「あ、兄様、また宝箱が見つかったそうですわ」

「またかね……これで4つ目か」

「流石にこれだけ見つけてしまうと、放置というのももったいなく思うのですが」

「そうは言っても罠がなぁ……」


 『霊体』達からの連絡で、既にこの階層で4つも宝箱が見つかったという。


 第四階層での悲劇を踏まえ、開けたり触れたりはしていない。

 むしろ見なかった事にしたいくらいだったりする。

 あの体験は、それくらいのトラウマだったのだ。

 中身が気になるので、開けたい気持ちはある。

 それでも開けるのが怖い。


「何かいい方法はないものかな?」

「全ての宝箱に罠が仕掛けられているのでしょうか?」

「全てではないと思うが、無事に開けられたとしてその中身が安全かも分からないのだよ?

あれだけ悪辣な罠が仕掛けられている迷宮なのだ。

私が迷宮の主なら、罠のかかっていない宝箱は中身が全部呪いの品、くらいはやる」

「……確かに、そう考えるのが自然な気がしてきましたわ」


 『大爆発』の罠を仕掛けた宝箱に、触れただけで『悪魔召喚』の罠まで仕込んであったのだからね。

 罠が仕掛けられていなかったからと安心して蓋を開ければ、一目見ただけで仲間と殺し合いが始まる『呪いの宝石』が入っていたりする可能性だってあるとおもうのだよ。この迷宮から初代皇帝が持ち帰った宝物は、その品ひとつで戦局を大きく動かせるだけの力を秘めた強力な『宝物具アーティファクト』だったというからね。浅い階層の宝箱からでも相当危険な品が出てくると予測できるし、だとすればあれだけ性格の悪い罠が仕掛けられているのは頷ける。


「いっそこのままの勢いでこの迷宮を制覇して、支配下に収めてから配下にした知性ある魔物に開封させるなりした方が安全だと思うのだよ」

「確かにっ!

わたくし達では出物の良し悪しすら判別付かない事も考えられますものね」

「あぁ、『神』の奇跡の中には『鑑定』と呼ばれる神聖術もあるというが、それこそ『使徒』と呼ばれる様な力ある聖職者にしか扱えない御業だというからね。

同じような事が出来る魔物がいるかもしれないし、今は我慢しようではないか」

「はいっ」


 ……というようなやり取りをしつつも、やっぱり物欲というものは死んでもどうにもならない類のもののようでね。せっかく幾つも見つけたのだし、物は試しでひとつだけ……と『不浄なる者アンデット』達に指示を出して開封させたところ、案の定宝箱には罠が仕掛けてあったわけだ。それも『邪眼の呪い』というかなり質の悪い罠で、開けた『不浄なる者アンデット』はもちろん観察の為に配置していた『霊体』型まで、一部屋丸ごと揃って『石』にされてしまったよ。

 中身?

 罠の『呪い』で全部石化して、砕けてしまっていたね!


 はぁ、やっぱり宝箱は『罠』でしかないと思うよ、うん。



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