第36話 行進

 当初あれほど苦戦していた第五階層も、一度対策が出来てしまえば障害ですらない。


 気が付けば『不浄なる者アンデット』の群れに埋め尽くされ、すっかり攻略されていた。

 もちろん次の階層への階段は発見済みである。


 魔物達が湧くと即座に大型の『不浄なる者アンデット』達が物量で押し潰すのだから、『石造りの巨人ゴーレム』の大群でも現れない限りこの状況を打破するのは難しいだろう。

 この階層から現れる『人食い悪鬼オーガ』や『妖魔巨人トロール』といった大型の個体は、手駒としては最高の素体だと言える。『不浄なる者アンデット』にしてしまうと『妖魔巨人トロール』の持つ異常な再生力は失われてしまうが、コイツは力が強い上にサイズが『石造りの巨人ゴーレム』並なので、『石造りの巨人ゴーレム』が出現した際の壁役として最高なのだ。

 彼等を最優先で『不浄なる者アンデット』化した事で、第五階層の探索は一気に安定。

 結果、階層を埋め尽くすほどの軍勢を生み出せた。


「そろそろ第六階層を目指しても良さそうだね」

「次の階層は何が現れるのでしょうか?」

「そろそろ『魔神デーモン』共が現れそうな気はするね。

小悪魔インプ』や『悪戯悪魔グレムリン』がこの階層に出てきていただろう?」

「あぁ、居ましたわね。

見た目は気持ち悪いし、空を飛んで魔法を使うだなんてズルいです!」

「確かに、魔法を使いだす者もちらほら現れ始めたねぇ」


 先程ソフィアが口にしていた悪魔族たちは『魔法』を使う。

 我々が使う『魔術』や『神聖術』とは違い、『魔物』独自の『法則』を用いて扱われる術式である為、『魔法』と呼ばれている。


 ちなみに世間一般では、『神』からの啓示を受け構築された術理を元に行われる奇跡の業を『神聖術』と呼び、『魔物』の『魔法』を解析し、『神聖術』の術理を参考に構築式を照らし合わせて人間に再現可能な術理へと改編したものを『魔術』と呼んでいる。

 『魔術』を「異端の外法である」と聖職者たちが忌み嫌うのは、元が『魔法』であり、かつその解析の為に「神の御業を穢した」と解釈する者が多数存在する為だ。『魔術』は戦いの技術として研究されてきたという事情もあるが故に、忌み嫌われ、恐れる者が多いのも事実。実際問題、優れた『魔術師』は単身で戦況を大きく動かし得るポテンシャルを有している。

 伝説に謳われる『灰色髪の魔女』カーニャは、空から無数の流星を大地に降らし一夜にしてひとつの城塞都市を灰燼にしたというし、『偉大なる』ガルガルフはモールグ廃坑の奥底で『煉獄の悪魔王』と一対一の死闘を演じ、これに勝利したと言われる。


 とりあえず、『魔法』というものは魔物が扱う危険な『外法の業』で、戦局を大きく揺るがすだけのポテンシャルを持つ厄介なもの、と理解してもらえたならこの場は十分だろう。


 第四階層で現れた『下級魔神レッサー・デーモン』達が扱う炎の魔法は、かすっただけで私の肉体が炭化する程の威力があった。直撃すれば私達の肉体が一発で丸焦げにされだろう事は間違いない。『小悪魔インプ』達の扱う魔法はそこまでの威力は無かったが、それでも亡者達に火を付けられ、延焼すると厄介だった。何より頭上から撃ってくる、というのが面倒で仕方なかったのだよね。


「まぁ、奴等への対処は燃やされた『不浄なる者アンデット』を『人食い悪鬼オーガ』や『妖魔巨人トロール』達に投げつけさせて叩き落す、というのが結局一番有効だったね」

「あのけたたましい笑い声が一瞬で引きつる様は、見ていて楽しかったですわ」


 調子に乗っている連中が一瞬で分からされる様は、確かに見ていて非常に愉快だからね。

 『小悪魔インプ』達といった小型の悪魔族の連中の厄介さは、「飛んでいる」というその一点に尽きる。小さい上に中々すばしっこいので、鈍重な『不浄なる者アンデット』達がいくら石を投げたところでなかなか当たらないのだよね。

 なのでまずはこれを撃墜する為に、『人食い悪鬼オーガ』や『妖魔巨人トロール』の亡者達に『小悪魔インプ』達が魔法で燃やした亡者達を投げさせるようにしたのだけれど、これが連中の意表を突いたようでね。火達磨の『不浄なる者アンデット』達が飛んでくるのをあっけにとられた顔で見ている内に地面に叩き落され、蹂躙されていったのだよ。流石に味方を砲弾代わりに投げてくるとは予想していなかったんだろうねぇ、愚かな。

 連中は『不浄なる者アンデット』達の中でも比較的倒しやすいものから狙う癖があった。

 確かに数を減らすというのは戦術上大切な事ではあるが、そう言った『不浄なる者アンデット』達はこちらも補充しやすい『駒』である、という事を忘れてはならない。使い潰せる『駒』だからこそ、『小悪魔インプ』達に容赦なく投げつけられる。


 戦いは盤上遊戯では無い。


 使えるなら味方の死体だろうが火達磨の亡者だろうが、使うべきだ。


「取り敢えず第五階層侵入時の反省を踏まえて、五階層側で兵力を拡張しつつ下の階層に『小悪魔インプ』達を容赦なく送り込んでいこう。

ソフィアは霊達を使って偵察と観察をして欲しいのだが、どうかね?」

「お任せください兄様、わたくしが兄様の『目』となって戦況をお伝えいたしますわ」

「うん、頼りにしているよ」


 こうして私達は第六階層の攻略に乗り出す事にした。


 第五階層では侵攻早々に『石造りの巨人ゴーレム』相手に酷い目にあわされたからね。

 今回はまず『不浄なる者アンデット』達を群れで送り込み、物量でまず安全地帯を確保してから私達が下りる、という戦術に切り替える事にした。

 私達『死人』の特性を考えれば、はじめからそうすべきだったと思う。

 数の暴力というのは強力だ。

 如何なる英雄も数の暴力の前には無力とは言わないが、限界をさらけ出すことになる。

 千の兵を打ち倒す英傑も、千と十の敵を前にすれば討たれる。

 万のゴブリンを打ち倒す勇者も、万の軍勢から百のゴブリン部隊百組として散らばり様々な村や町を襲ったなら、その全てを守り切る事は難しかろう。


 『石造りの巨人ゴーレム』も百の『妖精悪鬼ゴブリン』ゾンビ達では歯が立たなかったが、15体の『人食い悪鬼オーガ』ゾンビ、3体の『妖魔巨人トロール』ゾンビであれば対処は可能だった。

 第六階層に何が潜んでいるかは分からない。

 分からないから数で押し潰し、対処できるか確かめる。

 量でどうにもならないなら質を上げればいい。

 幸いな事に、この第五階層の魔物達は『不浄なる者アンデット』化した際に実に使いやすい大きさと強さをバランスよく兼ね備えた個体が多い。

 第一~第三階層の通路の大きさを鑑みるに、ここから下の階層の魔物は大きすぎて地上に送りだせない個体が多かろう。


 だから「ここ」だ。


 この階層を押さえ、『復讐』の駒を潤沢なものとすればいい。

 ……『生命』を喰らい過ぎて胸焼けしそうなのは内緒だがね!



「それでは侵攻を始めようか」

「はいっ、状況報告はお任せください」

「よろしく頼むよ。

……亡者達よっ、蹂躙せよ!」


オォォォォォォォ……

     オォォォォォォォ……

         オォォォォォォォ……



 亡者たちの行進が始まった。


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