第37話 挑発
「おいっ!まだ原因が分からんのかっ!」
「最新の情報が上がったのは昨日だぞっ!
これ以上の情報を求めるなら自分で迷宮に潜ればいいだろうがっ!」
「それが出来んから聞いとるのだろうっ」
「だったら大人しく報告を待てっ!」
ノア達が『地下迷宮』に挑み始めてから早ひと月。
ボアレスの街は、とある事件の発生で大騒ぎになっていた。
その事件とは、『冒険者達の未帰還』である。
約一か月前を境に、ボアレスの街の『
その数、パーティ28組、約150名。
はじめは帰還予定の数パーティーが戻ってこない、何かトラブルでも発生したか?という程度のものだった。だが数日が経ち、戻らぬパーティーが10を越えた辺りで状況が変わる。
未帰還者の中に第四階層へ向かった実力者達が2パーティー含まれていたのだ。
これだけの数が未帰還となると、迷宮内で何らかの重大な『
街の衛兵達の指揮官であるオルストイ子爵は失踪した数が数である為、『
冒険者が回収し、売りに出す『魔石』の収入がこの街最大の収入源なのだ。彼等が宿に泊まったり飲み食いする額から回収できる税金などたかが知れている。数日ならまだしも、10日以上迷宮を閉鎖されては街の税収が、ひいてはバルトロメオ子爵の評価が下がってしまう。
「冒険者共が未帰還だった、というだけで他に異常は見当たらんのだろう?
ならばさっさと冒険者共を送り込んで、調査なりなんなりさせればよいだろうがっ!
陛下からお預かりしている貴重な兵達を、連中の為に使ってやる義理などあるまい」
「むぅ」
バルトロメオ子爵の言葉はどう見ても己の評価しか考えない利己的なモノであったが、ある意味事実でもあった。オルストイ子爵は迅速に迷宮内の調査隊を送りはしたが、結果は空振りだったからだ。第一から第三階層までに特にこれといった以上は見られず、特異個体が暴れまわった形跡もない。
実際、閉鎖前に迷宮に入った幾つかの冒険者パーティーは、なんのトラブルにも遭遇しておらず、それどころか迷宮内に帝国兵達が現れた事に酷く驚いていたという。
この事から考えられるのは、トラブルが起きたのは第四階層以降であり、消えた冒険者達はその『一過性のトラブル』に巻き込まれたのだ、という事なのではなかろうか。
冒険者達の『厄災の坩堝』の現状の最大探索階層は第四階層である。
第五階層への階段まで到達した者も居ないでもないが、補給や帰還支援なしに突破は難しいとして手前で引き返しているというのが実情である。
初代皇帝が第八階層まで突破出来たのは、彼が秘宝『
迷宮探索とは、そうした強力な宝物を所有していなければ攻略が難しい魔境なのである。
そしてこの『厄災の坩堝』には、大規模な軍事行動を阻む最悪の仕掛けが存在している。
「『
問題が第四階層以降で発生した可能性があるなら、我々がそれを排除するにはリスクが大きすぎる、か」
「そう言う事だ。
冒険者など規制を少し緩めれば羽虫の様にやって来るだろう?
帝都や他の都市にも依頼を出させて、中層の問題は連中に片づけさせれば良いのだ。
『
「あぁ、特に異常は発生していないと聞いている」
報告では「若干『
こうした経緯で『未帰還者問題』は棚上げされてしまう事となる。
行政側は「第三階層までに異常は見られず」とし、迷宮を解放した。
第四階層に挑む事の出来る極一部の実力者たちは、行政側の対応に危惧を抱きその多くがボアレスの街を離れ、危機感を抱けなかった多くの冒険者達は閉鎖期間の憂さを晴らさんと積極的に迷宮に潜る。
「グギャギャギャギャッ!」
「ギイイイイイイ!」
「うりゃっ!カイルッ、そっち行ったぞ!」
「おぅっ、任せろっ!」
「ミリー、今ッ!」
「うんっ!行くよっ!
『Φωτιά, μετατράπηκε σε χαλίκι και νίκησε τον εχθρό!』」
「皆退避っ!」
「「おうっ!」」
薄暗い迷宮の通路の中、群れで襲い来るゴブリン達を大盾を持った若者が抑え、脇を抜けようとする個体を槍持ちの若者が牽制する。後方から弓を放つ
「「「ギャアアアアアアアアア!!」」」
「「「よしっ!」」」
ローブの少女の放った魔法でゴブリン達が一掃される。
倒れ伏したゴブリン達は、魔石や幾つかのドロップアイテムを残し、塵と化した。
「流石はミリーの『魔法』だなぁ」
「『魔法』じゃなくて『魔術』だってば!
魔物の使う邪法と一緒にしないでよぉ」
「わりぃわりぃ」
「っても俺らには区別つかねぇからなぁ?」
「はぁ、人間って勉強不足の馬鹿ばっかりなのねぇ」
「うっせ、ロイジーだってよく間違えるだろ」
「猿頭と一緒にしないでっ!
それに私はロイジーじゃなくてロィジェーラだって言ってるでしょ!」
「呼びづらいんだから良いじゃねぇかよ!」
群れのゴブリンを始末してはしゃぐ若い冒険者達。
仲間達のじゃれ合いを呆れた様子で眺めていた槍戦士のカイルは、周囲の雰囲気が妙に張り詰めた事に気付き、仲間達に警告を発した。
「おいお前ら、じゃれあってないで警戒しろっ!
……何か、おかしいぞ」
「おかしいって……な、なんだ、この感じ……」
「何か来るわっ!
この音……足音!?
やばいっ!とんでもない数の足音が響いてるっ!」
「おいおいまさか、『
「知るかっ、逃げるぞっ!」
「あ……あぁ……」
「ミリーッ!ぼさっとするなっ、走れっ!」
四人はとにかく走った。
足を止めたら終わりだと、本能の訴えに従い必死に走った。
彼等が幸運だったとすれば、彼等がまだパーティーを組んで日が浅く探索していたのが第一階層であり、入り口からも比較的近く、かつ仲間に勘が良い者と耳が良い
その為、彼等は『それ』から逃げ切る事が出来た。
血相を変えて迷宮から飛び出してきた彼等を、当然迷宮の守備兵達は見咎めた。
「おいおい、そんな慌ててどうした?」
「お前ら最近組んだ奴等だよなぁ?
「ちが……そ、じゃね……ェ」
「あ?」
「そう、じゃねぇっ!
下から、なんか上がってきてるっ!!」
オオオオオオオオオオオオオオオ!
オオオオオオオオオオオオオオオオ!
「「「「「!?」」」」」
カイルの叫びと『それ』の上げた咆哮は、ほぼ同時だった。
ズン、ズンと地響きを立て、『それ』は地上へと姿を現した。
『マッスーーーーーーーーーール!』『ガイウーーーーーーーーーース!』
『マッスーーーーーーーーーール!』『ガイウーーーーーーーーーース!』
『マッスーーーーーーーーーール!』『ガイウーーーーーーーーーース!』
『マッスーーーーーーーーーール!』『ガイウーーーーーーーーーース!』
『マッスーーーーーーーーーール!』『ガイウーーーーーーーーーース!』
『それ』はすさまじく腐り切った『筋肉』であった。
一歩進む度に見事なサイドチェスト、ダブルバイセップス、アブドミナル&サイを繰り返しながら迷宮より現れ出でた腐れた『筋肉』の群れだった。
一糸まとわぬ姿で腐った筋肉を見せつける、『
ゾンビと化した『
意味不明な『
「『
「総員、戦闘開始ッ!街へ通すなあああああああああああっ!!」
溢れ出す『
だが、見張りに立った者達は延々と防壁内に響く喋る『
「『厄災の坩堝』にて『
それは、事に対応する関係者達に、嫌が応にもこの『
『ノア・ノルドハイム』__『死屍の王』と巷で噂される人物が、今度は迷宮を暴走させたのだと彼等は察し、どう対策を打てばいいのかと頭を抱えた。
人々は恐怖する。
帝都にあれだけの恐怖を撒き散らしたかの狂人が、この程度の『嫌がらせ』で済ませる筈がないと。
帝都民の心を病ませた惨劇の内情は既に、帝国内外へと拡散されていたのだから……。
『
【死屍の王】しかばねの王 葵・悠陽 @aoi-youhi
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