第15話 失踪
『水辺を歩くと行方不明になる』____その噂は、はじめこそただの噂として酒のつまみ程度の扱いであったが、帝都全域で行方不明者が100人を越えた辺りから「単なる噂ではない」と認識されるようになった。
被害者は子供から年寄りまで、男女の区別も身分も全く統一性がない。
完全に無差別に、誰彼構わずただ『水路の傍』で行方不明になる。
職人、夜遊びしていた若者、客引きの娼婦、浮浪者、貴族家の使用人、行商、水夫……等々。
ターゲットがある程度絞られていれば、『狙われていない』者達は安堵できる。
が、『無差別』となれば話は別だ。
帝都民の多くが、日が暮れてからの外出を控えるようになった。
外出しなければならない者達も、なるべく水路の傍を通るのを避けるようになった。
運送業で水運を担う者達以外は、日中でも水辺に近づく事を怖がった。
多くの酒場や食堂が客足が遠のいた事で一気に売り上げを落とし、教会や衛兵詰所には多くの民たちが不安を訴えに訪れる様になった。
こうなってくると行政も騒ぎを無視できなくなる。
水運は帝都の流通の要だ。
水路運河に民が不安感を抱き、このまま帝都の流通・経済に支障が出れば行政側__すなわち貴族達が私腹を肥やす事が出来なくなってしまう。
事態を重く見た国務尚書ドルトス・ベッケンマウアーは「早急に原因の究明を行う」ように内務省に依頼。これを受けて内務尚書ユーヴァ・ライデンリッヒは帝都守備隊ならびに衛兵隊に、「騒ぎの元が発覚し次第それを排除するように」との命令を下した。
帝都近郊を流れる大河コルネーには、昔から多種多様な水棲の魔物が生息している。
その為、行政は大河コルネーから水中に人を引きずり込み喰らう魔物__有名なところでは
帝都守備隊や衛兵達が、完全装備で帝都内を巡回する。
その雄姿に人々は強い安心感を覚え、隊列を組んだ兵士達が4m超の長槍を一斉に構え、集団で水路内を突いて回る姿に子供達は歓声を上げた。帝都内は広いが、区画ごとに水路内に魔物が入り込めない様に水門や柵が設置されている為、そこに向けて追い込む様に兵達は水路内を効率的に突いて回った。
行政側も無計画に兵達を運用したわけではない為、相応の成果はあった。
危険な水棲生物が数多く仕留められ、中でも体長5mにもなる『
だが、討ち取られた『
5日が経ち、10日が経ち。
元凶がはっきりしないまでも行方不明者が出る事はなくなり、民衆も兵達も「巡回の成果が出てきたのだろう」と安心し始めた頃に「それ」は起きた。
「お、おい!また行方不明者が出たぞ!」
「それも今度は一日で3人だってよ!?」
「なんでも、衛兵隊の連中が見回り終わったところで起きたらしい」
「3人じゃねぇ、5人だ!」
「ここ10日ばかり被害がないって思ってたのによぉ……」
「それが、ここ数日はスラムの方で人が消えてたらしいぞ」
「貧民街で被害が出てたのかよ、それじゃあ……」
「あぁ、このままじゃ……」
このままでは、また行方不明者が出る____人々は忘れかけていた恐怖を、再び思い出させられた。一度は忘れかけていた、安心できると思っていたところに再び襲いかかった恐怖は、帝都の民の心に『事態を収拾してくれなかった者達』への理不尽な怒りを刻み込んだ。
「どうなってんだよ!早く何とかしろっ!」
「この役立たず!」
「お前らのせいで仕事が出来ねぇじゃねぇか!」
先日まで応援していた兵達に、今度は罵声を浴びせる帝都民達。兵達も好き好んで被害の発生を容認しているわけではないので、当然言われっぱなしでなど居られない。彼等とてお偉いお貴族様達から「早く何とかしろ」「所詮は庶民か、無能な奴等だ」と理不尽な嫌味を言われ続けているのだ。
「こっちも休日返上して連日連夜見回っている!」
「危険だと分かってるのに出歩くな!」
「命より金が大事なのか、守銭奴どもめ」
「文句があるなら代わりに貴様らが槍を持て、何時でも代わってやるわ!」
と怒鳴り返す。
何の成果も上がらないままただ時間だけが無為に過ぎていく。
日に日に悪化していく帝都民と兵達の関係性。
それを嘲笑う様に消えていく人々。
せめて行方不明者の痕跡だけでも見つかれば、何かが変わったかも知れなかった。
だが、残されていた痕跡は、良くて着衣や荷物の一部が水路に浮いているのが見つかった、程度のもの。行方不明者の肉体の一部が見つかったり、原因となったであろう魔物が見つかる事もない。
『一体帝都に何が起こっている?』
関係者達が等しく抱えたその疑問に答えをもたらしたのは、一人の少年孤児だった。
彼は震えながら衛兵達に、こう言った。
「たまたま、人が攫われる瞬間を見てしまった、次はきっと自分だ、助けて欲しい」と。
「水の中からたくさんの武装した骨の化け物が現れて、水の中に人を連れて行く」、と。
「武装した骨、だと!?
まさか『
「『
だが、そいつらは武装していたんだろう?
何処でそんな装備を手に入れたって言うんだよ」
「そんなこと知るかよ。
だが、貴重な情報だって事には変わりない。
すぐに上に報告を上げるぞっ!
もし本当に相手が武装『
俺達衛兵の装備じゃ、まともな戦闘にすらならんぞ」
「件の事件には『
それに加え、相手が「武装した『
彼等はここにきてようやく気付いたのだ。
『
そして、今回の事件の裏に居るのが城内で騒ぎを起こしたのと『同一存在』である可能性に。
その事に気付いた内の一人、近衛第3大隊の隊長を務めるミハエル・レンブランはこれらの報告を精査していくうちに、自分達が更に致命的な見落としをしている事に気付いてしまう。
「マズい、これはマズいぞ……!」
「マズい事くらい分かっているっ!
だからこそ対策を……」
「違う、
団長っ、今すぐ教会に
このままだと、間に合わなくなりますっ!」
「ミハエル、貴様何を言って」
「今回の件の
彼等は、彼等は
「「「「「!?」」」」」」
「それがどういう意味か、皆様も分るでしょう!?
武装した『
悪夢のようなその光景を思い浮かべ、騎士長達は一斉に顔色が悪くなる。
『
だが、こちらが相手の狙いに気付いたことを悟らせるわけにもいかない!
慎重に、隠密に、迅速に、事を進めなければ何も知らない多くの民達が犠牲になるのだ。
「……事は急を要する。
ミハエルは私と来い、陛下と皇族の皆さまに避難を上奏する。
副長は教会へ、軍務尚書は国務尚書、内務尚書に連絡を取り業務関連の指揮にあたっていただきたい。
他に意見は?……よろしい、では解散!」
『最悪』を想定し、人々は動く。
神経を削り、精神をすり減らし、必死に、決死の覚悟で現場に走る。
皆、必死だったのだ。
己の『大切な何か』を守る為に。
必死だったのだ。
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