第14話 異変
「なぁ、最近の帝都、なんかおかしくないか?」
「そうだな、この間は帝城内に大量の『
しかもその原因、まだ分かってないんだろう?」
「あぁ、アレな、何処まで本当なのかねぇ?
皇帝陛下のお住まいに、普通『
「なんでも魔王の仕業らしいぞ。
帝国は強いからな、陛下の暗殺を狙ったって話だぜ」
「暗殺?
俺は城中にクソまみれの『
「クソまみれの『
うわぁ……想像しただけで吐き気がするわ」
大地を煌々と照らしていた太陽もすでに沈み、帝都を照らすのは街灯と月明りのみとなった頃。
仕事上がりの職人たちがのんびりと語り合いながら帰路についていた。
話題に上がるのは、ここ最近帝都で噂される不穏な『事件』についてだ。
「城の騒ぎも気になるけどよぉ、最近人さらいが出てるんだろ?
夜中に一人で出歩くと行方不明になるって言うじゃないか。
ちょっと出かけてくる、って表に出たらそのまま帰ってこなかった……って話。
なんか、ロブソンとこの親父さんも消えちまったらしいぞ」
「あぁ、それ、俺も聞いた。
それに、カインとこの店の丁稚も数日前から顔出さねぇから、親の所に文句に言ったら『帰ってこない』って泣かれちまったって言ってたよ。
人が消えるって言えば、水路沿いを歩いているといきなり同行者が消えるって噂もあったな……。
丁度ここも水路沿いだな、ハハハ」
帝都は近郊を流れる、大陸有数の大河『コルネー』から引かれた大小の運河を縦横無尽に張り巡らして交通、運搬に活用している『水運都市』でもある。人口増加に伴って増え続ける生活排水由来の水の汚染が昔からの課題ではあるが、帝都の住民達にとって『運河』の存在は切っても切れない類のものだ。
その『運河』に関わる怪現象が起きている……などと言われれば、流石に落ち着いては居られない。
「おい、やめてくれよ縁起でもない……。
これで俺かお前のどっちかが消えた、なんて事にでもなったら洒落にならんだろ」
「ははは、いくらなんでもそんな事……ん?……がっ!?」
パシャリ
何か小さく水が跳ねる様な音がした。
「どうした?」
ドボン!
今度は大きな水音が。
問いかけに対する、返事はない。
背筋がゾッとする、ぞわぞわとした悪寒が全身を襲い、冷や汗が一気に噴き出てくる。
「お、おい、冗談だろ?」
振り返った先には、誰も居なかった。
つい先程まで会話していた筈の同僚の姿は、煙の様に消えていた。
足が震える、立っているのが辛い、思わずよろけて水路の側に身体が傾きかけ……ハッとした。
水路? 人が消える? 次は……自分か!?
「冗談じゃねえっ!
水路に隠れてるだけだろっ!?出てこいよっ!」
水面に怒鳴りつけても、濁った水の中から同僚は姿を見せない。
ぷくぷくと立ち上る泡と、広がる波紋だけが『何かが水路に落ちたのだ』と訴えかける。
「本当に消えてんじゃねぇよっ!
うわああああああああああああ!!」
自分でも何を言っているのか分からない。
とにかくここに居るのだけは良くない、そう判断して職人は駆けだした。
何処に?
家に決まってる!
さっさと帰って酒でも飲んで寝るのだ!
きっとこれは夢だ、同僚が仕掛けた悪ふざけだ!
明日になればきっと職場で「昨日は揶揄って悪かったな」とニヤニヤ笑いながら現れるに決まってる!
職人は必死に走り続け、家に飛び込むと家族の声も心配も一切合切振り切って布団に潜り込み、一睡も出来ぬまま次の日の朝を迎える。
そして、知るのだ。
同僚が『昨晩から帰っていない』という事を。
◆ ◇ ◆
真っ暗な帝都の水路の奥深く、隠れ家としているスペースで私達はのんびりとした時間を過ごしている。廃材を積み上げソファー代わりにした物に腰掛け、甘えるソフィアの頭を撫でながら私は現在遂行中の『悪だくみ』について彼女に語っていた。
「帝都は建国時に先々の事まで考えて造られた、いわゆる『計画都市』だ」
「うぁぉ……あぅ?(計画都市……ですか?)」
モースティン帝国の初代皇帝は、元々『冒険者』だったという。
帝都近郊に古くから存在している『
その成り立ちのせいか、恐らくは自分と同じような『成りあがり』が生まれる事を恐れたのだろうね、帝国は他国に比べ『冒険者』に対する扱いがあまりよろしくない。
狭量な事だ。
話を戻そう。
元々冒険者だった初代皇帝は、とにかく「自分は凄い!」というアピールをしたがった。
王国ではなく『帝国』と称しているのもその一環であるし、無駄に強力な『軍』を編成し、豪華な『城』を作り、誰もが驚く様な巨大な『都』を造ろうとした。
当時の帝都は、現在は帝国東部に位置するヘインスバッハ。
現在は帝室直轄領になっているこの街は、主要街道からは外れているし、周囲に丘も多く水場も少ない上に『帝都』とするには明らかに貧相だったのだ。
それ故に『帝都』に相応しい場所として現在の場所を選定して、有名な建築士をたくさん招集して都市計画を練り、莫大な費用を投入してわざわざ大陸有数の大河『コルネー』から運河まで引いて、『帝城』と『帝都』を造り上げたんだね。
どれだけ見栄を張りたかったんだ、と聞けるものなら直接聞いてみたいものだよ。
「うぁぁ……あぅぇ……(これだけの規模の街を築くのに、どれだけの時間がかかったのでしょう?)」
「歴史講師の話では、計画に3年、着工して主要部の完成まで10年、その翌年に遷都して、現在の規模にまで拡大するのには400年かかってるそうだよ」
「えぁぅ……えぅ……(400年!すごいのですねぇ)」
「その言葉を初代皇帝が聞いたらきっと喜ぶんだろうね。
『凄い』と言われたくて、こんな都を造り上げたわけだから。
そしてその『遺志』を初代の後継達もきっちり継いでいるからこそ、周辺国への侵略戦争を止めないし、皇帝の臣下に対する暴虐無尽がまかり通ってしまうのだよ。
となれば……私達がやる事はひとつだ」
「うぇぁ……おぇ……(皇帝が誇る『帝都』の価値を、貶める……と?)」
ソフィアは理解が早くて素晴らしいね。
「そう、私達は『帝都』の価値を貶めるのだ。
こんな場所には住んでいられない!と誰もが逃げ出したくなるような『最悪』の街にリメイクするのだ。
どうせならご自慢の都を火の海にでも変えてやろう!とか最初は思ったんだけどね。
それだと『復讐』としてはありきたりすぎるし、一瞬で終わってしまうだろう?
だから、じっくり攻める。
じわじわと帝都の人々の心に不安感を宿らせ、自分達からこの街を放棄したくなるように仕向ける。
誰も気づかないうちに病巣の様に帝都を侵食し、事が発覚した時にはもう手遅れ!
街も水路も死体で溢れ、取り返しがつかない程に都市機能が『死んだ』状態になっている……是非そういう状況にまで持って行きたいねぇ」
「あぅぁ……あぅ!(流石は兄様ですわっ!)」
その為の手駒は、今日も元気に活動中だ。
私達は出迎える。
水路から次々に上がってくる、憲兵や衛兵達から奪った装備で身を固めた重武装の__『
そして、
「さてさて、時間は私達の味方だ。
いつまでものんびりしていると、君の祖先の造り上げた『自慢の都』が『死者の都』になるよ?
ふふふふふ……あはははははははっ!」
高笑いをすると何となく『悪役』になったような気分を楽しめるのは、何故だろうねぇ?
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