第13話 問題

「うん、実にすがすがしい夜だね」

「うぁぁ……あぅぁ……(はい!今日も一日頑張りましょう!)」


 可愛い妹と共に迎える優雅な夜……うん、実に良い響きだね。


 帝城を脱出してから既に一週間。

 城内での『不浄なる者アンデット』騒ぎは即日帝都内に広がりはしなかったが、じわじわと広まりつつあるようだ。被害者のほとんどは城内で働く貴族子弟であり、城外での生活者も多い。箝口令を引いていたとしても、家族や恋人、友人につい漏らしてしまう事はあるだろうし、酒場で酔った際につい、という事もある。


 人の口には戸が立てられない。


 情報が秘匿されるほどに、人はその内容に興味を持つものだ。

 そして、そういった情報にはもれなく容赦の欠片もない『尾ひれ、背ひれ』が付いてくる。


「なんでも、伝説の魔王が復活して皇帝を挑発する為に死者たちの群れを送り込んだ、なんて噂も出ているようだよ?

帝都の人々は随分と想像力が豊かなようだね」

「うぁぅ……(兄様が為された事ですのにねぇ)」

「ご主人様の偉業が魔王のものとされてしまうのは不快です。

……いえ、むしろご主人様が魔王と考えればあるいは……?」

「おいおいカトリ、私は魔王なんて器ではないよ。

妹ひとり守れない、情けない兄さ」

「うぁぉ……!あぅぁ……!(そんな事ございませんわ兄様っ!兄様は、兄様は……!)」

「ソフィア様の仰る通りです。

何を言っているのかは分かりませんが!」


 言葉は分からずとも思いは通ず、と言ったところかな?

 妹の理解者が増えてくれるのは実に喜ばしい事だ。


「まぁ、私が魔王云々はどうでもいいので脇に置いておくとしよう。

これからの予定に関してだが、差し当たって幾つかの問題が浮上している。

それについて考えねばならないね」

「あぅぁ……(日中の活動、に関してと)」

「……私とルシア、ですね……」


 そう、問題というのは私とソフィアの『日中の活動』に関する事と、カトリやルシアの件。


 まず『日中の活動』に関してだが、『死人』は思わぬ問題を抱えていることが発覚した。

 太陽の光が眩しくて、周囲が見えないのだ。

 簡単に言えば日光が『白い闇』のように感じる、と言えばいいか。

 『闇』と『光』の関係性が我々『死人』は微妙に変化していて、例えば炎の光などは「ちょっと周囲に影がかかった」程度の認識なのだが、日光が差している空間は「白くて何も見えない」のだ。日陰になっているところは辛うじて分かるし、人や物の影も同様に何とか見える。影が濃くなる程にはっきり見えるようになる、という意味では『闇』と『光』が逆転していると言えなくもない。

 『白い闇』の中でも『生命』の放つ光は判別がつく為、『生き物』のいる場所でなら周囲の様子をある程度予測も出来るが……それだけだ。危なっかしくて迂闊に外も歩けない。


 おかげで、日中の野外での行動には著しい制限がかかってしまった。


 伝説に聞く『吸血鬼ヴァンパイア』の様に、陽光を浴びたら灰になる、と言った弱点が無かっただけホッとしてはいるけれど、迷惑な事には変わりない。


「やはり『生者』の協力者を求めて正解だったよ。

カトリ、君には期待しているよ」

「もったいないお言葉です。

いっそ、腹の子を」

「おっと、それ以上はいけない」

「……ですがっ!」


 私はカトリが何を口にしようとしたかを理解した上で、止めた。

 気持ちは、分からなくはない。

 が、生まれてくる『子ども』に罪はない。

 この身が『死人』となっても、侵してはいけない一線というものはある。


 そう、カトリとルシアの件というのは、『子ども』に関する事だ。


 二人は囚人として収監されている間に、看守達から手酷い性的虐待を受けている。

 その結果として誰の子か分からぬ子供を孕まされてしまった。

 その事実は、二人にとってかなり重いストレスとなっている。

 カトリは私達への『忠誠』を精神のよりどころにしてなんとかおのれを保っているが、ルシアの方はあいにくとそこまで割り切りの良い性格をしていなかった。彼女を支えたいとレイオットが傍についてはいるが、「男に傷つけられた」という記憶がレイオットの行動に対し大きな縛りを掛けてしまっている。

 愛する者からの「直接的な接触による安心感」を得られないというのは中々に酷な事だろう、と思う。

 看守に対する憎悪を行動で示した事で多少の発散にはなったかもしれないが、それでこの先もずっと前を向き続けていられる保証など、誰にも出来はしない。

 何とか自分で乗り越えてもらう他ないのだ。

 そして、子供が生まれた後に……その子達にどう向き合っていくのか、改めて考えてみて欲しいと、私はそう思っている。


「私達は『死人』だからね。

君達『生者』というものは、私達からすれば食料程度の価値しかないのだ。

そういう認識はガイウスに対する『復讐』に差しつかえるから、あくまでも『対等』であると見做す様にしているのだけどね。

だからこそ、正直な事を言えば君達の子供には大した関心を持てずにいる。

どうでもいい事に悩まされて哀れだな、とすら感じている。

そういう感覚に、なってしまった」

「ご主人様……」

「人間を止める、というのはそういう事なのだよ。

感覚が変わる、考えが変わる、世界が変わる。

人が当たり前に悩む事を悩めなくなるし、逆に人が悩まない事に悩みを感じる事もある。

カトリが淹れてくれた紅茶を今、楽しんでいるわけだが……実は、んだ。

だから『美味い』とも『不味い』とも言ってやれずにいる」

「!?」

「『生者』の様に考え、行動している私達だけど、やはり『人外』なんだよ。

だからこそ、人が抱えるべき悩みは人らしく、解決して欲しい。

私達の感覚に合わせる必要は、ない。

生者は生者らしく、己に宿った命と向き合ってくれ。

それが君達に対する……『主人』としての願いだ」

「うぁぅ……あぁぅぁ!(そうですよ、二人が心から望んだ事なら、私達はどんな選択も肯定します)」

「ご主人様、ソフィア様……ありがとうございます。

ルシアともよく話し合い、悔いの残らぬ選択をしようと思います」

「あぁ、そうしてくれ」


 私達の時間はいくらでもある。

 金も城から(正確には憲兵詰め所から)大量に回収させてもらった。

 カトリとルシアが悩み結論を出す時間程度、待つのは造作もないのだよ。


(日中行動の対策以外にも考える事、やらねばならない事は沢山あるからね。

子供が生まれるのは後一月程度と聞いているし、その間にたっぷりと『仕込み』をさせてもらおう)


 糞まみれの『不浄なる者アンデット』は、『彷徨う死体リビング・デッド』や『甦りし屍ゾンビ』だけだった筈だ。


 ガイウス、お前の部下達は気付いているかな?

 監獄から消え去った『骨』の存在に。

 衛兵や憲兵たちの装備が大量に消えているという事に……その行方に、気付いているかな?


 気付いているなら必死に探せばいいさ。


 気付いていないなら……どうなるか、楽しみだねぇ?



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