第12話 迷走

「はぁ?帝城内に『不浄なる者アンデット』共が現れただと?

確かに今は夜半であるが、寝言とは寝ている時に言うものだぞ?」

「寝言ではございません閣下!

これは事実でございます!」


 自宅で休んでいたところに突然帝城よりの急使、という事で急ぎ身支度を整えた近衛騎士団長アーノルド・ライトバインであったが、その『報せ』の余りにも信じがたい内容に困惑せざるを得なかった。


「神聖不可侵なる帝城に、どうやったら『不浄なる者アンデット』が沸くというのだ。

そもそも、湧いたなら始末すればよいだけであろうが。

まさか『死せる狂魔導士リッチ』や『吸血鬼ヴァンパイア』でも襲来したとでもいうのかね?」

「場合によってはその可能性も考えられるとの事でございますっ」

「何だとっ!?」


 『死せる狂魔導士リッチ』や『吸血鬼ヴァンパイア』と言ったら、それこそ古い英雄譚の中で語られる様な伝説級の存在だ。冒険者を名乗るならず者たちが好んで探索する『地下迷宮』の奥底に、そういった存在が今も闊歩しているという噂は耳にした事があるが、アーノルドは信じていない。

 そのような化け物共が本当に存在するなら、この世界はもっと滅茶苦茶になっている筈だ。力ある存在が、その力を振るい他者を蹂躙する事に何の躊躇いを持つというのか?

 弱いものは淘汰され、強い者が生き残り栄華を謳歌する、それは『節理』だ。


 故に、伝説にうたわれる様な『不浄なる者アンデット』が出現したなど、あってはならない。

 ましてやそれが帝城に?

 論外だっ!


「そのような報せ、自分の目で確認せねば信じられんわ!

そもそもなんだ、その『糞尿まみれの不浄なる者アンデット』というのはっ!

肥溜めの中から湧いて出た、とでも言いたいのかっ」

「それは分かりませんが……お急ぎくださいっ」

「分かっておる!」


 急ぎ身支度を整えたアーノルドが帝城入りしたのは、最初の騒ぎが起きてから約3時間ほど。


 既に指揮は上級士官達から近衛騎士団に移譲され、現在は先着していた近衛第3大隊長ミハエル・レンブランの指揮で討伐部隊の編成と城内探索が行われていた。軍司令部に到着したアーノルドは、早速ミハエルに状況を確認する。


「ミハエル、一体どうなっている!」

「これは団長っ、報告いたします!

現在『不浄なる者アンデット』共は居住区を中心に城内に浸透。

居住区以外では行政区内でも相当数の個体が確認されております。

また、森林区に立ち入ったと思しき形跡も見受けられました為、緊急措置として捜索隊を5小隊編成し向かわせております。

浸透速度から考えますに宮殿区へはまだ浸透されていないと思われますが、可能な限り早急に陛下ならびに皇室の皆様には避難いただけるよう上奏いたします!」

「なんだとっ!?

まだ陛下にご連絡が行っていないというのかっ!」

「それが、急使は送ったのですが……宰相閣下が『陛下はお休み中である』と……」

「何という……!」


 怒りのあまりアーノルドは拳を振り上げかけたが、ぶつける先がない事に思い至り、固く握りしめた拳を震えながら無理矢理解く。


 森林区は皇室から許可を受けた一部の者だけが立ち入りを許されるいわゆる『禁足区』なのだ。

 近衛騎士団とはいえ、本来は無許可で立ち入る事が許されない場所に『不浄なる者アンデット』が浸透したとなれば、皇族たちが住まう宮殿区まで奴等を阻止できる者は誰もいない。

 『禁足地』が穢されたというだけでどれだけの人間の首が飛ぶかすら分からないのに、宮殿区にまで被害が及んだとなれば……近衛騎士団団長の首ひとつで済む問題ではなくなる。

 宰相の阿呆は、そんな事すら分からないのか!と直接怒鳴りつけてやりたい気分であったが、そんな無為な事をしている暇があるならさっさとこの騒ぎを鎮めた方が良い。


「ミハエル、足の速い者達を中心に捜索隊をもう3小隊編成し追加で送れ。

施設内に浸透したものの駆除は済んでいるか?」

「行政区内で発見された個体ならびに接近中のモノは全て。

居住区に関しては封じ込めを優先しておりました為、包囲は完了しておりますが発生原因の特定ならびに討伐は済んでおりません」

「十分だ。

この短時間でよくやった」

「はっ!」


 まだだ、まだ手遅れにはなっていない__指揮権の引継ぎを受けながら、アーノルドは己が最優先で為すべき事を考える。


(陛下の避難に関しては宰相に全責任を押し付ければ済む。

そもそも陛下の元にはあの男がいるのだから、安全に関しては全く問題あるまい。

それよりも、何故帝城内で『不浄なる者アンデット』が湧いたのか、の方が問題だ。

居住区でそんなものが湧きそうな場所と言えば……まさか、な)


 アーノルドの脳裏に数日前に耳にした「とある噂」が思い浮かんだが、流石に考え過ぎだろうと特に重くは捉えずにいた。


 『妹を殺され、それを恨んで陛下を呪った愚かな騎士が居る』____アーノルドがその噂と今回の件を多少なりとも深く結びつけていれば、『不浄なる者アンデット』達の発生源が『地下監獄』であるのではないかと即座に気付けていたかもしれない。気付けたところで件の騎士であるノアとその仲間達は既にその場には居なかっただろう。だが、それでも事態の『全貌』を把握するのがもう2時間は早まっただろう事は間違いない。





 ……そう、場内が『不浄なる者アンデット』の出現で大騒ぎになり、この絵や衛兵達がその対応に躍起になっていた頃。


 ノア達は既に城外に脱出していたのだ。



 ノア達が城から抜け出した方法は、特に奇をてらったものではない。

 彼等はあろうことか、使用人用の通用門から堂々と出ていったのだ。

 もちろん通り抜けるにあたり、それなりの策は弄してはいる。


「……主様、疑うわけではないのですが本当にこんな方法で平気なのですかね?」

「まぁ、問題ないと思うよ。

私も帝都の事情に詳しいわけではないが、貴族というものは大なり小なり厄介ごとを抱え込んでいるものなのだよ。

特に騎士というのは、そういう厄介ごとに無理矢理関与させられる機会も多くてね。

だから、この方法は帝城でも通用する筈さ」

「はぁ……そういうものですか」


 憲兵隊の鎧兜とフードマントに身を固めたノアが、同じ装備を身に纏うレイオットの肩を朗らかに叩く。被っている兜は口元以外を隠すタイプの憲兵仕様のもの。漏れ出る鬼火もフードによって絶妙に隠されている為、ぱっと見で怪しいとは感じてもおかしいとは思うまい。レイオットも衛兵に同僚がいては気付かれてしまう可能性を考え、しっかり顔を隠している。

 二人は囚人服から大き目の貫頭衣に着替えたルシアとカトリ、相変わらずメイド服を着ているソフィアを連れ、堂々と城内を通用門に向け進む。

 女性陣は大きめのケープを被り顔を隠しているが、怪しいと言えばその程度だ。

 特に身を隠すでもなく、ランタンに火を灯して進む彼等を誰何する者は居ない。

 完全武装した憲兵が守る様に引き連れている女性、しかも妊婦、なのだ。

 間違いなく訳あり案件だろうと城内で働いている者なら見ただけで察する。

 それは衛兵や、憲兵隊に属する者達も同じ事。

 一瞥しただけで誰何もせず、彼等はノア達を素通しした。


 そんな彼等も、一応通用門で門番に止められるには止められた。


 だが、


「別に調べるのは構わんが、この女は宰相閣下の……おっと、流石にこれ以上はまずいな」

「宰相閣下のっ!?

お、俺は何も聞いてねぇですからね!?」

「あぁ、もちろんだとも。

私は何も言っていないし、君も何も聞いていない。

そもそも、私達はここを通ってもいない……そうだね?」

「も、もちろんでさぁ!」


 こうしてノア達は堂々と通用門を通り抜けたのだ。

 この件を宰相の女関係絡みの厄介ごとだと勝手に勘違いした門兵達は、当然の様にノア達の通過記録を「無かった」事にした、してしまった。その為、「各門において怪しい者の通過があったか?」という近衛騎士団からの問い合わせに対し、門兵達はこの件を秘匿。


 一連の騒ぎの原因は不明のまま騒ぎは収束。


 翌日、死体まみれ、糞まみれ、悪臭まみれとなった帝城の悲惨な姿は、すぐさま皇帝ガイウスの知るところとなる。それに加え城内に『不浄なる者アンデット』まで出現したとの報を知らされたガイウスは、ノアの予想通り激高し、報せに来た文官を殴り飛ばしたという。


「ふざけるなっ!

糞、クソだと?

帝国の象徴たるこの城を、クソまみれの『不浄なる者アンデット』なんぞが穢したと!?

舐めおって……余の座すこの城を穢すという事は、余の顔にクソを塗り付けたも同じ事ッ!

その様な不敬、赦されるわけが無かろうがっ!

こんなふざけた真似をしでかした輩は草の根分けても探し出し、余の前に連れて来いっ!」


 その面子を穢されたと激怒するも犯人が城内で見つかる筈も無く。


 怒りに任せ幾人かの首を物理的に跳ね飛ばす事で、その鬱憤を晴らさざるを得なかった……。


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