第16話 出産
<帝城内謁見の間>
「……それほど危険な状態か」
「恐れながら。
『敵』は『
この騒動が収まりました後に責は小官が負いまする。
今は陛下ならびに皇室の皆様の安全を最優先としていただきたく」
「『
まぁ、今回はアーノルド、貴様の顔を立てよう。
妃達には適当に余が誤魔化しておく故、早急に事態を収めよ」
「はっ!」
アーノルドは『
だが……
「フンッ、先日の『
精鋭と謳われた近衛騎士団も、随分と質が落ちたものだな。
何より筋肉が足りん。
余に避難せよと?……皇帝が敵に怯えて玉座を離れるなど、それこそあり得ん話ぞ」
「……では、陛下は」
「当然、城から動くつもりはない」
ガイウスはアーノルドが去った後、己が信頼する『剣』である護衛のダグラスへと愚痴る。
アーノルドの上奏をガイウスは端から聞き入れる気など無かった。
彼は、内心激怒していたのだ。
皇帝の権威を穢す『何者か』に、その『何者か』をいつまでも捕えられずガイウスの眼前に跪かせる事が出来ない無能な者達に、激怒していたのだ。
「余にはお前という『剣』が居る。
たかが『
「御意」
「妃も子供達も『
玉座は与えられるものでは無い、相応しい者が座るべくしてその席に座す、そういうものなのだから」
故にガイウスは玉座から動かない。
『皇帝』の誇りにかけて、動く事はあり得ない。
帝都が灰燼に帰そうとも、帝城の玉座にガイウスが座す限り……帝国は不滅なのだ。
◆ ◇ ◆
『
「う~ん、他人事とはいえ緊張するものだねぇ」
「あぅぁ……あぅ(本当ですわね)」
「まさか、カトリとルシアが同時に産気づくだなんて。
私達が手伝うわけにもいかないからレイオットに任せたけど、大丈夫かねぇ?」
「うぁぉ……あぅあぉ……(お金はたくさん預けてありますし、産婆に任せるしかないのでは?)」
「新しい命、か。
『死人』になった身としては、複雑な気分だよ。
『親』になるとは、どういうものなのだろうね。
私達にはもはや想像する事すら難しい事だから、少々羨ましくあるね」
ノアとソフィアの二人は、根城にしている地下水路の奥でそわそわしていた。
スラム街に身を潜めているルシアが先だって産気づき、それに引きずられる様にカトリまで産気づいてしまったからだ。ルシアの世話をしていたレイオットは当然の様にパニックに陥り、破水して痛みに呻くカトリにどやされる形で産婆を呼びに走った。
ノア達も出産を手伝いたかったが、彼等が下手に手伝うと生まれる子が『死人』の影響を受けて死んでしまうかもしれず、何より……母体を通してもはっきりと、炎の様に眩く輝く胎児の『生命』を前に、自分達の『食欲』が抑えきれそうになかったのだ。
「あれだけ眩く輝く『生命』だ、死産という事はないだろう。
二人が出産後、どんな選択をするかは気になるがね」
「あぃぁ……うぁぇ……(そうですねぇ……)」
二人は完全にカトリ達の出産の事に夢中で、帝都への攻撃の事など頭から完全に吹き飛んでいた。
そもそも二人は『復讐』を『最終目的』として考えていない。
『復讐』は新しい人生、いや死人生の『目的』のひとつでしかなく、今仕込んでいる計画が潰されたところでまた別の方法を考え、実行すればいいと割り切っている。『失敗』は元より織り込み済みなのだ。むしろ『失敗』の積み重ねが最終的な『成功』に至る手段だとすら考えている。
彼等は『死人』。
有限の時間をやりくりせねばならない『生者』と違い、眠る時間も全て活動時間に回せる存在。その魂が擦り切れ形を失うまで、彼等は自然死する事はない、と予想している。
だから、今はカトリ達の事に夢中で良いのだ。
もちろん、ガイウスへの恨み憎しみが目減りしている等という事は一切ない。むしろ、日に日に増していると言ってもいいくらいには憎んで恨んで憤っている。だが、『復讐』は数日程度待たせても全く問題ないが、『出産』は一秒たりとも待ってくれないし無視するには大きい案件。
『人外』の価値観において、新たな『生命』の誕生イベントともいえる『出産』への
『
人の命をなんだと思っているのだ、貴様らは遊びで民を苦しめるのか、と。
自分達が貴様らへの対応に走り回っているのに、なんだその適当さは、真面目にやれ、と。
ノア達が真面目にやっているからこそ帝都側はここまで追い込まれ、大事になっているのだが……仮に「私達、真面目にやっているが」と答えたところで、帝都民達は納得すまい。
人は自分が見たい『現実』しか見ない生き物であるが故に。
それはそれとして。
「カトリとルシアが無事に出産した」という知らせがアーノルドからもたらされたのは、破水したとの知らせから実に3日後の事だった。
「そうか、無事に生まれたか」
「うぁぁ……おぁぇ……(よかったですわ、二人とも無事でしたの?)」
「子供も二人も、無事です。
産後の肥立ちに関してはまだ何とも言えない、との事ですが……」
「ん?……その様子だと、何かあったのかい?」
「……はい、出産そのものは無事に済んだんですが、その」
カトリとルシアの出産は、二人が近いタイミングで産気づいたため、当人達が想定したよりも遥かに壮絶な有様になってしまった。
産婆は妊婦がスラムに隠れ潜んでいるという事情から、請け負ってくれる者を事前に探し依頼も済んでいた。しかし、請け負ってくれた産婆はかなり年配の婦人で更には足を痛めており、移動に難があった。そのため、レイオットが産婆を背負い必死で走って二人の元に戻った時には、手遅れ一歩前のギリギリなタイミングとなってしまう。
カトリが激痛を堪えながら用意していたお湯や清潔な布その他と事前の準備、そのどちらかが欠けていたなら、確実に死産であったろう。
産気づいてから無理に動いていたカトリは、その無理が祟ったのか、後から産気づいたにもかかわらずルシアとほぼ同時に出産する事となり、人手が足りないという理由で彼女の子をレイオットが取り上げる事になった。本人としてはルシアの世話をしたかったそうだが、好きな女の苦しむ様を見て平静でいられず、産婆にどやされてカトリの担当にさせられたのだ、と苦笑いしていた。
「なるほど、中々大変だったのだね」
「はい、で、問題はここで起きちまいまして……」
子供が生まれた事でようやく一息ついたカトリとルシアは、産着にくるまれた「我が子」と対面した。
……ここで、二人の反応が「分かれた」のだ。
「ルシアは生まれた子を見て、言ったんです。
『私達が愛してあげなかったら、この子は誰にも愛されないのね……そんなのは可哀想だわ』と。
だから自分が愛してあげたい、生まれてきても良かったんだとそう思えるように……自分が母になる、と彼女はそう言って、泣きながら笑っていました」
「それでは、カトリは……」
「……はい、無理、だったようです」
子供を見せられた時、暫くの間カトリは無言だった。
抱いてみるか、と産婆が問うと、彼女は震える声で「無理、『それ』を捨ててきて」と、そう言った。
自分で産んだ子に対し余りにも酷い言葉に産婆が怒ると、昏い目でカトリは淡々と語った。
「誰が親か分からなくても腹を痛めて生まれる子供なら、生まれればきっと愛情が湧くって聞いてたから、我慢した、耐えた、頑張って産んだっ!
でも、ごめんなさい、無理だわ……。
『それ』の顔に、私を犯した男達の顔がちらつくの。
『それ』の泣き声を聞くと、私を傷つけた連中の笑い声が聞こえる気がするの。
『それ』を見ていると、奴等の顔が、声が、消えない、消せないの、だからごめんなさい、『それ』を私に近づけないで、『それ』をさっさと始末してっ!
『それ』を、『それ』を、今すぐ殺してっ!」
顔を掻き毟りながら悪鬼のような形相で泣き叫ぶカトリに、流石に産婆は何も言えなかった。
事情を知るレイオットが急ぎカトリの腕を押さえなければ、彼女の顔には消えない傷が残される事になったろう。
「それで、子供は?」
「カトリの子はルシアが引き取るそうです。
これも何かの縁だから双子として育てる、と」
「カトリはそれで構わないと?」
「はい、自分にその子は愛せないと思うから、代わりに親になってあげて欲しい、と。
親として名乗り出る気も無いから、教えないで欲しい、とも」
「それが一番いいのかもしれないね。
では彼女達の具合が落ち着くまでの事は、君に任せるよ?」
「かしこまりました。
それでは、例の計画は予定通りに?」
「そうだね、元々彼女達の出産と、産後の様子を見てから動くつもりだったからね。
細かい日時はまた後日詰めよう。
今は二人の体調を慮ってあげておくれ」
「はっ!」
報告を終え、レイオットが去っていくとノアの傍にソフィアが甘える様にすり寄った。
「あぅ……おぅぁぇ?(兄様、そろそろ始めますの?)」
「あぁ、そろそろ始めるよ。
この身体についても、多少なりと理解も進んだからね。
準備はもう出来ているし、そろそろ愚かなガイウスに『誰が』相手なのかを教えてやらねば。
性欲と筋肉しか取り柄のない男だからね、きっと私達にした仕打ちなど欠片も覚えてはいないだろうさ。
脳まで筋肉で出来ているあの男に思い出させてあげようではないかね、己の愚かさを。
人の大切なものを奪うと、どんな目に合わされるのかを、懇切丁寧に、ね」
ノアは笑う。
玉座にふんぞり返っているだけでは何も守れないぞ、と。
「砂上の楼閣に己が座している自覚が無いのなら、容赦なくその玉座を塵芥に変えてやる。
お前には見えないだろう?
帝都に渦巻く怨嗟と不安のうねりが。
お前には聞こえないだろう?
気の遠くなるような年月をかけて熟成された憎悪と憤怒の慟哭が。
『皆』が望んでいるよ、お前の失墜を、絶望を、懺悔の声を!」
ノアは笑う、笑い続ける。
『死人』の哄笑は、闇の中にいつまでもいつまでも響き渡っていた……。
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