第17話 遅参
<帝都某所>
「ふむ、その話が事実であれば由々しき事態ですね」
「確証はこの場で提示する事は出来ません。
ですが先日の件と合わせ、備えは必要かと」
「……かしこまりました。
我等『双神教会』としても、帝都に『
大神殿に急ぎ指示を仰ぎ、帝都の『浄化』を行いましょう」
「おぉ、それではっ!」
「えぇ、『
近衛騎士団長アーノルドの指示で、帝都の『双神教会』に協力要請に出向いた副長は、帝都教会の長であるドミニク司教と面会していた。
神職らしく温和な風貌のドミニク司教は、見た目に反して中々の『政治家』だと言われている。
それ故、どんな無理難題をねじ込まれるかと副長も緊張していたのだが、案外とあっさり要請が受諾された事に少々意外を感じていた。
それが顔に出ていたのだろう。
ドミニク司教は副長の疑問に答える様に、教会側の抱える懸念を語る。
「ははは、意外に思われるかもしれませんが、我々教会としても帝国側からの要請は願ったり叶ったり、というべきものでしてね」
「と、言いますと?」
「実は例の帝城内に『
我等『双神教会』が心から崇拝し、敬愛する偉大なる神『生命と繁栄の女神』リスティス様、そして『死と安寧の女神』ティルティア様。
その偉大なる二柱の女神が司る『生命』と『死』、それを穢し、貶める唾棄すべき邪悪……『
その様な邪悪が、よりにもよって陛下の座す帝城内に湧いて出たというではありませんか。
教皇猊下は、『邪悪の出現を誘発する何かが帝城内に存在したのではないか?』と憂慮されております」
「なっ!?」
その言葉の意味するところに副長は慌てふためく。
『双神教会』は、この世界の『双子の主神』とされる『生命と繁栄の女神』リスティスと『死と安寧の女神』ティルティアを奉る、世界最大の宗教組織だ。
その組織が帝国に対し、『国家として邪悪の疑念在り』等と公言しようものなら……周辺諸国のみならず、世界中の信者達が一斉に帝国を『神敵』と見做し敵に回る事を意味する。もちろん、帝国内にも教会信者は多数存在し、副長自身も敬虔なリスティス神信者である。教会が『帝国は邪悪なり』と公布したなら、そのようなレッテルを貼られた国内の信者たちが怒り狂って内乱を起こすのはほぼ確定。副長自身も国への忠誠と信仰で心が大きく揺さぶられる事は間違いない。
この世界において『神』は妄想の産物などではなく、実在するのだ。
自ら望んで『神の敵』になりたいと考えるのは狂人くらいで、常人は『神』を恐れ、敬い、崇め奉る。
「帝国に、陛下に、後ろめたい事などございませぬっ!」
「それを見定めるのは私でも貴方でもありませんよ。
ただ、『神』とその代行者が決める事……違いますかな?」
「うぐっ……」
帝国協会のトップである司教にそのように言われてしまえば、反論の言葉などない。
そして、先程あっさりと協力要請に応えたのも、教会は『
してやられた、そう思う。
だが、どの道『
「……教会が我が国に疑念を持たれるのは私も理解できます。
が、帝国に邪悪な秘め事等一切ございませぬからな、何処なりと存分にお調べくださって結構。
むしろ、我々としても原因究明に手こずっていたところでございます故、対『
「それはそれは。
では、大神殿にはそのように伝えましょう。
応援の人員は、そうですね……早ければひと月ほどで到着するでしょうから、それまでは当教会の者達で対応させていただきます」
「かたじけない」
内心はどうあれ、協力は取り付けられたのだ。
これ以上の腹の探り合いなどごめん被る、と、副長は笑顔でドミニク司教と握手を交わすのだった。
◆ ◇ ◆
「……という事で貴殿らには帝都へ向かってもらう」
「「「「「はっ!」」」」」
帝国教区の長であるドミニク司教からの『
戦略級神聖術師とは、『神の奇跡』を扱う神聖術師の中でも最高位の実力者。
並の『
現在『双神教会』に所属している戦略級神聖術師は全部で7人。
そのうちの半数近くを送り出すという事は、教会として今回の帝都の一件をそれほど重く見ているという事でもある。
「教皇猊下、質問をよろしいでしょうか?」
「使徒フラウス、何かね?」
戦略級神聖術師として任じられた『
今回祓魔を命じられた使徒フラウスもその一人であり、若年ながらかなりの実力者でもある。そんな彼をして、今回の派遣に3名もの『使徒』が送られる事は疑問であった。帝都民全員が『
そしてそれは使徒フラウスだけでなく、他の使徒達や『
指示を出した教皇も、彼等の疑念を理解しているのだろう。
穏やかな笑みを浮かべながら、その理由を説く。
「今回の件、どうにもただの『
故に、要らぬ犠牲を出さないようにこちらも最大限の戦力を以て事に当たる判断を下しました」
「ただの『
「えぇ、今回の件、通常の『
汚物を身に纏い撒き散らす、水路に潜み生者を引き込む、等の行動もそうですが、意思の無い『
「知性というよりもただの狂行に思えますが」
「狂った行いに見える、という時点で既に異常なのですよ。
意図はどうあれ、何らかの意味を見出せるという事ですからね。
故に、今回の件は『
「となると、相手は死の冒涜者共……『
「それは分かりません。
場合によっては上位の『
だからこそ、『神』の威光を体現する存在たるあなた方を送るのですよ」
「蒙昧なる我等、余りに考えが浅く汗顔の至りでございます」
使徒フラウスをはじめ、他の使徒や『
「皆、無事に戻りなさい。
私は皆の家たるこの場所で、帰りを、良い報せを待っていますからね」
ミスカトニア大神殿より使徒と『
ひと月後、帝都に辿り着いた彼等が見たものは……
「うっ、なんだこの臭いは……」
「まさか、死臭か!?」
「なんだよ、至る所に蠅やら蛆やら汚物やら……おえぇぇぇぇぇっ!」
大量の水死体が放つ死臭と、そこから大発生した様々な虫の群れによって人々が活気を失った、見るも無残な帝都の姿であった……。
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