第18話 謀略
「遠路はるばるご苦労であったな、教会の使徒殿。
顔を上げられよ。
余がガイウス・モーティガ・モースティンである」
「帝国の太陽であらせられる陛下にご挨拶いたします。
『双神教会』が使徒第3席フラウスと申します。
後ろに控えますは第5席と第7席、ならびに本神殿が誇る『
教皇猊下の命により、邪悪なる者共の討滅に参上仕りました」
「うむ、件の『
実に不快極まるやり口に、是非専門家の手を借りたいと思っておった」
「はっ、我々が来たからには帝都にはびこる亡者共も、神の威光の元、早日祓われましょう」
「うむ、期待しておる」
尊大な態度で玉座からフラウス達の挨拶を受けた皇帝ガイウスの機嫌は、最悪であった。
ガイウスも敬虔なリスティス神信者ではあるが、だからと言って『双神教会』に頭を下げるのを是とするわけではない。『神』に頭を下げるならともかく、『双神教会』の長である『教皇』は神の代理人を名乗ってこそいるが所詮は人でしかない。人が作る組織に、皇帝たるガイウスが頭を垂れる理由などこれっぽっちも感じない。
彼は至尊の冠を戴く存在であり、その頭を垂れる相手は『神』本人以外にあり得ない。
『神』から直接命じられたのでもない限り、代理人であろうと頭を下げる気など毛頭ないのだ。
故に教会の介入を許す無様を晒した無能な配下達には大いに失望し、歓迎したくもない教会の猟犬共を表向き歓迎せねばならない事に苛ついていた。
先日の城内に『
何がこれほど彼の気分を苛つかせるのか、それが分からず更に苛立ちが募る。
まるで歯に挟まった肉の繊維の様に、咽喉に刺さってなかなか取れない魚の小骨の様に、ふとした瞬間思い出したように不快感が沸き上がって来る。
(『
妃達も何処から聞きつけたか、閨に誘っても怯えてばかり。
まったく……さっさと元凶を突き止め始末する程度の事が何故出来んのか)
謁見の間を退出する使徒たちの背中を見送りながら、ガイウスは無能な配下の者達を嘲り続ける。
政務を臣下の者達に丸投げして筋トレと性交に耽る自身の無能ぶりは一切棚上げにして……。
◆ ◇ ◆
皇帝ガイウスへの謁見を済ませた使徒達が状況を把握すべく近衛騎士団長へ面会を求めると、すぐに許可が下り会議室へと案内される。
帝都の状況は報告にあったよりもかなり悪化していた。
街中に死臭が漂い、人通りは昼間だというのに少なく、家々は窓を閉じ、店の多くは閉まったまま。露店や屋台でにぎわっていると聞いた公園は閑散としていて、街中を蠅が飛び交い、ネズミが走り回り、様々なところに散らばる腐ったような『何か』からは蛆が湧いている有様だ。
帝国教区の長であるドミニク司教には、ガイウスとの謁見前に一度会って軽く報告を受けている。だが凄腕の司教として名を馳せるドミニク司教の采配をもってしても、件の『
「次期枢機卿に最も近いと言われるドミニク司教ですら手に負えない相手、ですか」
「本当に厄介そうだね、今回の『
「あぁ、本当に厄介なのだよ使徒殿。
はじめまして、私が近衛騎士団団長を務めるアーノルド・ライトバインだ」
会議室に現れたアーノルドは、酷く憔悴した顔をしていた。
騒ぎを一向に終息させられず、皇帝もなんだかんだと理由を付けては避難してくれず、関係各所から苦情や小言、陰口を延々聞かされ続ける毎日なのだ。既に責任を取って団長の地位を返上する事は確定しており、その上で更に叱責までされ、場合によっては地位の返上以上の責を負わされる可能性まで出てきているのだ。そんな状況で平然としていられる人物は、よほどの鋼の心臓の持ち主くらいのものだろう。
「それでは、事の経過とこれまでに分かっている事をお伝えしよう」
「お願いします」
「一応、
「……報告書では、まだ確認されていないとの事でしたが?」
「確認されたわけではない。
つい先日、首謀者らしき者から
いや、投書というのは正しくない、か。
何しろ、その報せを持ってきたのは……武装した『
「なんですって?」
アーノルドは語った。
フラウス達が帝都に到着する5日ほど前に起きた騒動を。
水路の中に武装した『
もちろん水運業に携わる者達はそんな事になれば仕事が出来無くなるため反発。そこでそういった者達には衛兵たちが護衛に付く、という事でとりあえず彼等の暴発は防ぐことが出来た。行政側も水運業が完全に停止してしまうと帝都の経済が回らなくなる為、衛兵達を護衛に付ける事に否とは言わなかった。
だが、彼等は分かっていなかったのだ。
最初からこの状況を作りだす事が、『黒幕』の狙いであったのだと。
そして、気付いた時には……完全に手遅れだった。
水運業の水夫達の護衛に付いた衛兵達は、仕事を手伝いはしないが護衛ゆえに船に同乗する。
船と言っても荷物の運搬用だ。構造そのものは船舶のそれではなく手摺りの付いた筏の様なもの。丸太の上に板張りがされただけの簡素なモノであり、それらを繋げることで水路上に簡易な『道』を作る事も出来る。大きな水路では4~8つの船を並べて対岸に荷を渡す、などと言う光景は帝都の各所でよく見られるものだった。衛兵達は水路を警戒しつつ、水夫たちと共に船に同乗し。
水底から船を破壊され、水路に落とされた。
「それでは、水に沈んだ者達は……」
「一人も上がってこなかったよ。
『
奴等は、日中ずっと船の底にへばりついていたんだろう。
帝都内に無数に浮かんでいる船の!その船底にだ!
どれだけ水底を突いても見つかるわけがなかったのだ。
水路の水が濁っているのもそれを助長した」
「……被害は?」
「分かっているだけで衛兵が83名、水夫は300名以上が奴等に持って行かれた」
「……」
『
水路に引き込まれた者達は、一人の例外なく『
となれば、その一件で一気に400体近い『
たった数体の『
どれだけの『
(教皇猊下の懸念は正しかった!
これは、ただの『
我等『使徒』が全身全霊を掛け、挑むべき『厄災』だ……!)
ドミニク司教やアーノルド団長がこれほど憔悴するのも理解できる、と使徒達は意識を改める。
状況は理解した。
これはすぐにでも帝都全域に戦略級浄化結界を張り巡らし、『
「……事がそれで済めば良かった。
いや、良くは無いのだが、それでも……『敵』が本格的に動き出した事で、我々も手段を選ばず行動できると、そう思っていたのだ」
「それは、どういう」
「『敵』が水路に陣取っていて確認できないのなら、水を抜いてしまえばいい。
これまでは水運や帝都民の感情を慮り、そのような真似は出来なかった。
が、事ここに至って手段など選んでいられん。
我々は水門を閉じ、水路を干上がらせて奴等を引きずり出そうと考えた。
だが……『敵』はそれすら読んでいたのだ!」
「……何があったのですか?」
「即日、連中は水から上がってきたのだ」
「自分達が有利な環境を、放棄したのですか?」
「あぁ、そしてその『襲撃』は、完全な奇襲となった。
多くの衛兵が水底に呑まれ、警備が不足していたというのもあったが……あれだけの事を引き起こしてすぐに、更なる襲撃を仕掛けてくる等、帝都の兵は誰も予想できなかったのだ」
「何という……」
突然水底から這い上がって来た大量の武装した『
『
追加で水底から凄まじい数の、醜く腐り切った見るも悍ましき水死体の『
流石にこれは抑えきれない……アーノルド達も「自分達も亡者共の仲間入りか」と、悲惨な最期を覚悟したのだという。
「だが、そうはならなかった」
「どういう事でしょうか?」
「それは……」
アーノルドの語る話の、余りの内容に
さしもの使徒達も、絶句した。
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