第27話 快癒

「ふふふ……あぁ、兄様!兄様!」

「ははは、すっかり元気になったねソフィア。

私も嬉しいよ!嬉しいんだが、これは一体どうしたものだろうねぇ?」


 『厄災の坩堝』の第一階層から第三階層までを往復しながら、湧き出る魔物達の『生命』を啜りに啜ってどれだけの数を喰らったか。


 喰らえば喰らう程、啜れば啜る程にソフィアは生前の動きに近づいていく。

 それが楽しくて、嬉しくて、とにかく魔物を見つけ次第片っ端から喰らいまくっていったわけだよ。

 最初の内は喰らった魔物が『不浄なる者アンデット』したらきちんと『無念喰らいリグレッティア』で喰らって処分していたのだがね。階層を何往復もしている内に、いちいち処理するのも面倒になり手駒として使おうかという事になったのだ。面倒だし仕方ないね?

 『彷徨う死体リビング・デッド』にしろ『甦りし屍ゾンビ』にしろ、湧いた魔物を押さえ込む道具として十分機能するし、『生命』を喰らう度に際限なく増えていくわけだ。数回処理しなかっただけで通路いっぱいに広がれるだけの数になり、一斉に襲わせて獲物を抑えこめればソフィアが安全に『生命』を喰らえるのだよ?

 ならやるしかないな!という事で実行したのだが……。


「あれだけの数の『不浄なる者アンデット』ですと、冒険者もなすすべがないんですのね。

大部屋に追い込んで数で押し潰した時の絶望した彼等の顔、素敵でしたわ!」

「最初から冒険者も狩って行けばよかったかもしれないね。

地下迷宮ダンジョン』内でどれだけ手勢を増やせるか分からなかったから、最初は手出ししないようにしていたんだが杞憂だったようだ」

「兄様がわたくしの身を案じてくれた結果ですもの、お気になさらないで。

それよりもわたくし、やっと兄様の足を引っ張らずに済むのが嬉しくてたまりませんのよ」

「私もお前の元気な顔を見れて嬉しいよ。

これからは兄妹二人、何時までも一緒だ。

ゆっくりと楽しく、共に永遠を生きよう」

「はい、兄様」


 ソフィアは妖艶な笑みを浮かべて私に甘える様にしがみ付く。

 ふふっ、死んでも甘えん坊なのだから困ったものだね。

 まぁ、そんな風に甘えてもらえることがたまらなく嬉しくもあるのだが。


「それはそうと、お前が本来の自分に戻っていくにあたり、何か変化はあったかい?」

「はい、実は……兄様との間に何か、『力』の経路のようなものを感じます。

それが何なのかはよく分からないのですが……」

「ふむ、ソフィアも感じていたのか……」


 ソフィアの回復と合わせ、幾つか気になる事が生じている。


 一つ目がソフィアも口にしていた『力』の繋がりの様なものだ。

 ソフィアが元気になれば成程、互いの間に何か奇妙な『力』が繋がっているような感覚を得たのだ。

 心が通じ合う、とか愛の力、とか、そう言った詩的な表現の類ではない為、何かは分からない。

 恥かしい話だが、一応念話的なものや感情の昂ぶりでパワーアップ的なものが発生するか等は試したのだよ……恥かしかった上に何の成果も無かったが。

 いや、成果はあったね。

 ソフィアの嬉しそうな顔が見れた。


 二つ目は、『不浄なる者アンデット』達に対する支配力が強まった事だ。

 以前は簡単な命令しか下せなかったし、命令もそこまで強い強制力は持たせられなかった。

 何より、命令を出すだけで『不浄なる者アンデット』の能力には何の影響力も持たなかった。

 それが、私達の影響下にある『不浄なる者アンデット』は明らかに通常の個体よりも動きが俊敏かつ強靭なモノへと変化したのだ。冒険者達の捕獲をする際に、この能力上昇効果が大いに役に立ったのは言うまでもない。通常なら緩慢な動きの為、走れば逃げられる筈の『甦りし屍ゾンビ』達が、自分達と変わらぬ速度で休まず追ってくるのだよ?逃げ切れる者もやり過ごせる者も居らず、皆軒並み『甦りし屍ゾンビ』達の波に飲まれ、私達の元に運ばれ新たな『甦りし屍ゾンビ』になるわけだ。

 方針を変えたのは、処理が面倒だというのもあったがこの『不浄なる者アンデット』達の能力上昇に気付けたことが大きい。冒険者達を逃がさず、地上に情報が伝達されないのならば『地下迷宮ダンジョン』内の冒険者達をどれだけ食おうが実態を把握するには調査隊を派遣してから、という事になるだろう。調査隊の派遣までに私達が第四階層に到達し、冒険者達の追跡を逃れてしまえば痕跡など残らない為、何の問題も無くなる。


 三つ目は、周囲の怨霊・悪霊達に関してだ。

 これまで私達の周囲に漂う怨霊悪霊の類は、ただ生者への恨み言を囁くだけの『霊体』でしかなかった。私達の糧でもあり、亡骸に憑りつく事で『不浄なる者アンデット』の材料にもなる、その程度のものでしかなかった。

 『不浄なる者アンデット』の中には『霊体』の者も多数存在する。

 メジャーどころは、未練を残したまま場所や人、物に縛られ神の御許にいけなくなってしまった『魂』が堕ちた存在__『幽霊ゴースト

 死してなお生者に悪意を抱く『魂』が堕ちる__『悍ましき悪霊ワイト

 特定の何かに激しい恨みを抱き、『魂』が穢れた__『憤怒する怨霊ホーント

 無数の雑霊が怨嗟で結び付き、生者を呪う存在と化した__『群れる雑霊レギオン

 怨霊悪霊という枠を通り越して『死』の概念を体現してしまった__『死霊レイス

 自我を持ち、個体により生前の記憶をも保持する不浄の『魂』__『彷徨いし霊魂スペクター

 これらの『霊体』型『不浄なる者アンデット』を、私達は生み出す事が出来なかった。


 だが、ソフィアの成長の過程で私達の周囲で蠢く霊達のざわめきが強くなるのを感じ、物は試しと怨霊悪霊達に呼び掛けたところ……


 オォォォォォォォォォ……

    ウァァァァァァァァァァ……


 漂う霊達が突然共食いのような事をはじめ、残った霊体が『悍ましき悪霊ワイト』と化したのだ。

 なお、最後に残った霊体が悪霊の場合は『悍ましき悪霊ワイト』、怨霊の場合は『憤怒する怨霊ホーント』、雑霊だと『群れる雑霊レギオン』になる模様。狙った『不浄なる者アンデット』にしたい場合は特定の霊体に他の霊体を『喰え』と命ずれば大丈夫な模様。

 彼等は霊なだけあって、壁も地面も天井も平気ですり抜ける。

 実体がなく物理的な攻撃が通用しない為、魔法か祝福された武器を用いない限り討伐が出来ないという特性もある。ついでに生物に触れると生気を奪い取り、虚脱状態になるまで衰弱させてしまう事も出来る為、非常に『駒』として使い勝手がいい。

 あぁ、生気というのは気力の様なもののようで、『生命』とはまた違うようだ。冒険者や魔物相手に試してみたが、生気を吸われた者の『生命』の輝きは大して衰えた様子を見せなかったから間違いない。


 ただ……ちょっとだけ悩ましいのがだね……


 オォォォォォォォォォ……

    ウァァァァァァァァァァ……


「あらあら、また構って欲しいの?

随分と甘えん坊さんなのですねぇ」


 霊体の『不浄なる者アンデット』達が、やたらとソフィアに懐いている様に見えるのだよ。

 ソフィアは美しいし優しい子だから霊体にも愛されるのだろうか?

 それはそれで良いのだが、霊と言っても当然男女の性差はあるわけで。


「ソフィア、『悍ましき悪霊ワイト』や『憤怒する怨霊ホーント』がやたらと君に懐いている様なんだが……」

「そうなんです兄様!

この子達、本当に甘えん坊で困っちゃいますわね♪」

「つかぬ事を聞くが、それらの霊達は……子供か女性なのかね?」

「そうですよ?

あらあら……うふ、うふふ……!

兄様、もしかして妬いてくださったんですか?」

「いや、妬いたというより不埒ものは霊であろうと処分しなければというね?

な、なんだいソフィア、その妙に嬉しそうな顔は」

「いえ、なんでもありませんわっ、ふふっ」


 まったく……戦力が増えるのは構わないが、私のソフィアに他の男が甘えるなど、兄は絶対に赦さんのだからね!


 というわけで、今逃げようとした悪霊怨霊共……逃げ切れると思うなよ?


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