第2話 決意


(さて、これからどうしたものか)


 幸いな事に、私と妹は『死人』として生き返った。


 妹はまともに話も出来ず、身体も満足に動かせないようだが、今はどうにも出来ない。

 妹が生きているというだけでも私的には心底嬉しいのだが、妹としてはやはり「普通」に動けたり話が出来る自分で在りたいのだろう、という事は理解している。


 そもそも、、何が出来るのか、すら分からないのだ。


 悪霊怨霊、無念を喰らい、力に変える事が出来るのは感覚的に理解した。

 地下牢内にどれほどの怨念無念が渦巻いているか現時点では分からないし、喰らう事で現状どの様な影響が出るか分からないのに、そんな怪し気なものを愛しい妹に喰らわせたくない(兄バカ

 決して過保護ではないぞ?

 ソフィアを早く元気な姿に戻してやりたいし、その方法を模索したいのもやまやまだが、そういった事は帝城ここを脱出してからでも遅くはないだろう。


 それに、だ。

 色々と動く前に……確認しておかなくてはならない。


「なぁ、ソフィア」

「あぅぁ……?(どうしましたの兄様?)」

「行動を起こす前に、お前に確認しておきたいのだがね。

『神』の奇跡かそれとも呪いかは分からないが、私達はひとたび死して、甦った。

いや、甦ったというよりも『不浄なる者アンデット』と呼ばれる存在に堕したと言った方がいいか。

まぁ、こうして理性は持ち合わせているので、とりあえずは我々を『死人』とでも呼称しよう。

私達は互いにひとたび失った命を、『死人』と化した事で再び取り戻す事が出来たわけだが……お前は?」

「うぁぇ……?(どう、とは?)」


 私の問いの意図をはかりかねたのか、ソフィアは戸惑いを見せた。


「うぁぉ……あぇ……おぁぇ……(せっかく兄様とこうして甦れたのですから、一緒にあの不愉快な連中に報復をするものだと思っていたのですが、違うのでしょうか?)」

「ガイウスに復讐するとなれば、それ相応のリスクを背負う事になる。

相手は下衆で最低最悪の男だがこの国の皇帝だからね。

私達が『復讐するぞ!』と息巻いたところで、個人の力などたかが知れている。

敵は強大で、奴への『復讐』は決して容易ではないだろう。

下手を打てばせっかく取り戻せた命を、『奇跡』を台無しにするかもしれない。

このまま二人でどこか遠くへ逃げて、新たな人生を過ごすという選択肢もある。

……そんな風に考えたりは、しないかい?」


 そう、これだけは確認しなければならなかった。

 これだけは問わねばならなかった。


 愛する妹を失い、怒り狂った。

 皇帝相手に歯向かう程に、我を失った。

 魂の安寧を放棄してでも復讐してやると、心に誓った。

 それほどまでに大切に想っていた愛しい妹が、『甦った』のだ。

 甦った妹が『人』でなくなろうとそんな事は些細な事だ。

 『不浄なる者アンデット』に堕ちようがソフィアはソフィアで、私の愛する妹である事に変わりはない。


 ただ、ソフィアが甦った『奇跡』は喜ばしい事である反面、私の『復讐』の理由のひとつを消し去ってしまった、という見方も出来る。


 同じ事がソフィアにも言える。


 愛しい家族を理不尽に奪われ貶められて、『不浄なる者アンデット』に堕ちるほどの深い怨嗟を抱いた私達が、再びお互いを『喪う』事になれば。

 今度こそ『魂』が砕け、消滅してしまう程の悲しみを得るだろう。


 せっかく甦ったのだ。

 復讐を忘れ、安寧を求めるのもひとつの選択だ。

 選択肢は、少ないよりも多い方がいい。

 だからこそ私は……


「うぁぉ……うぁぇ……(ふふふふふ……アハハハハッ!兄様、兄様っ!それは愚問というものですわっ!全く以て、そんな選択肢はあり得ませんわっ!)」

「ソフィア?」

「うぁぁぁぁぁ……うぉぉぉぉぅ……(あぁ、兄様は本当にお優しい。ですが、わたくしに対する気遣いは無用です。確かに兄様と二人、何処か静かな場所で安寧の日々を送る、というのは魅力的な提案だと思いますわ。ですが……それは、今じゃありません)」

「……」


 ソフィアは静かに語る。

 無理矢理帝都に連れられてどれだけ怖かったか。皇帝の愛人として帝城に上げられ、あの男にどれほどの辱めを受けたか。逆らえば家族に罪が及ぶと言われ抵抗も許されぬまま犯された苦しみを。故郷に帰りたくて、ノアに会いたくてどれだけ泣いたのかを。兄の前で犯すと言われ、結局碌な抵抗も出来ず殺された悔しさを。自分の亡骸を見て怒り狂うノアに対する申し訳なさを、ノアが辱められる要因を作ってしまった苦しさを……滔々と彼女は語る。


「うぁぇ……(許せるわけがない、赦せるわけがないのです。あの男をわたくしは絶対に赦せないのです。百歩譲ってわたくしが受けた屈辱は運が無かったと耐えられもしますわ。ですが、あの男は……ガイウスは、兄様を穢した。兄様の尊厳を、名誉を、未来を、穢し貶め奪い去った!よりにもよってわたくしの骸の前で見せつけるようにっ!わたくしの兄様を、兄様をあんなにも辱めた輩に!何故赦しを与えねばならないのですか?何故安穏とした日々を送らせてやるのですか?確かに奴は『復讐』の相手としては強大で、しくじれば兄様を再び失うかもしれない。兄様をまた喪うのかも知れないと考えるのは震えるほどに恐ろしい!ですが、それを恐れる事は許されません、奴への『復讐』は為さねばならない義務なのです。罪には罰を、愚かさには報いを!あの男には死よりも苦しい地獄を見せねば……わたくし、安穏とした日々など送れません)」

「…………そうか」


 ふぅ、とため息をつく。


 心配していた、ソフィアは優しい子だから。

 芯は強いが、情も深い。

 『大切なもの』を取り戻せたなら、『それでいい』と赦しを与えてしまうんじゃないだろうかと心配していた。取り戻せたものをリスクと天秤にかけ、私が悲しむのじゃないかと余計な気を回す、そんな心配をしていた。


 だが、違った!


 父上、母上!ソフィアは正しくソフィアのままで、何処までも私の妹であったよ!


 死んだ家族が生き返ったから無かった事にする?

 やられっぱなしのまま泣き寝入りする?

 そんな馬鹿な話があるものか!

 殴られれば痛いのだ。

 斬りつけられれば人は死ぬのだ。

 死んだ者は蘇らないし、失ったものは還らない。

 『奇跡』が起きて失ったすべてが戻って来る事があったとしても。


 「喪った」という事実は覆らないし、そこで生じた痛み、苦しみ、悲しみが消えるわけではない!


 むしろ、逆だ。


 「甦った」事で消えてなくなった筈のものも蘇るのだ!

 「生き返ったんだから良いじゃないか」等と抜かす輩がいるなら、今すぐ縊り殺してやるから出てくると良い。罪は消えない、無かった事になんて出来はしない。当事者が見なかったことにしたところで、やられた側は忘れないし赦さない、赦すわけが無いだろうが! 


 ソフィアは言った。


 再び私を失うかもしれないというリスクを負うのは怖い、だがガイウスを赦す事など出来ない、と。

 私もだ、私も同じ気持ちだ!

 ソフィアは一度喪われたのだよ!?

 その苦しみを、悲しみを、怒りを、憎しみを、『甦ったのだから忘れろ』と?

 無理だ、無理だ、無理だ!

 奴を始末せずに平穏などありえない。

 奴が平穏な日々を送り続けるなど許しがたい!

 ありったけの憎しみを込めて、奴の積み上げてきたものを無茶苦茶にしてやりたいと、そう思う。


「ソフィアも私と同じ気持ちだと知れて、嬉しいよ」

「うぁぉ……おぁぇ……(兄様、では兄様は……)」

「あぁ、そうだ。

私は心配だったんだよ。

お前は優しい子だからね、もしかしたらお互い甦れたことでガイウスを許してやろうと考えるのではないかと、そのように思っていた。

、どれだけ私が悲しむかを考えて、ね」

「……うぁぇ……(……やはり、兄様も……)」

「生きていても死んでいても、やはり私達は家族なのだね。

お互いに同じような心配を抱いていて、それでいて『そんな気遣いは不要』と考えていたとはね」


 『復讐』の理由は一つ減った様に見えて、


 ソフィアは、ちゃんとそれを理解していた。


 私達は一度、お互いを喪ったのだ。


 その事実は、お互いが蘇ったところで変わらない。




 それが再確認できたなら……後は二人揃って帝城ここを出るだけだね。




 さて、どうやって出たものかね。


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