【死屍の王】しかばねの王

葵・悠陽

第1話 再誕

「何故だっ、何故このような仕打ちを……」

「余に逆らった、それ以外の理由が要るか? うん?」


 豪奢なナイトガウンを見に纏い、傲岸不遜な態度で私の頭を踏みつけている男こそ__モースティン帝国第16代皇帝ガイウス・モーティガ・モースティン。


 つい数分前までは辛うじて『我が皇帝』と崇めていた存在であったが、今はもはや憎悪の対象でしかない。


 せめて一発で良い、この性欲と筋肉だけが自慢の下衆を殴ってやりたい、叶うならズタズタに引き裂いてネズミの餌にでもしてやりたい……気が狂いそうなほどに熱望しても、私の身体は言う事を聞いてくれなかった。斬り裂かれた四肢から、身をよじる度、藻掻く度血が流れる。正確無比に断たれた腱は、いくら力を込めようとも四肢の末端まで我が怒りを伝えてはくれない。


「おのれ、おのれおのれおのれェェェェェッ!」

「まだ抗おうとするか、下郎」


 カチャリ、と鍔鳴りがする。

 皇帝の護衛を務める『帝国最強の男』が剣を抜いたのだろう。


「良い、これくらいの気概が無くてはつまらぬ。

こやつの妹も見た目こそそこそこであったが、せっかく余が召し上げ可愛がってやったというのに、兄の名を呼び泣いてばかりの実につまらん女であったわ。

まぁ、兄に会わせるついでに目の前で抱いてやろうと言うた途端、気が狂ったように暴れ出しおったから勢い余ってつい絞め殺してしまったがのぅ」

「陛下のお手を汚すほど価値がある女とは思えませぬ」

「何、絞め殺す瞬間はどのようなつまらん女でも随分とアレの具合が良くなるものぞ。

健気にも己が命で余を満足させたのだ、良しとせよ」

「はっ」


 ……そう、そうだっ。


 この男は、私の妹を殺した。

 私が戦場に向かっているその隙に、主家の推挙により妹は愛妾として皇帝に召し上げられた。挙句、恩着せがましく「会わせてやる」と言いながらその実私の前で辱めようとし、抗おうとした妹は「反抗的だ」と殺された。


 妹の、ソフィアの亡骸は……私の目の前に、無造作に転がされている。


 美しかった顔は悲哀と無念に歪み、女性らしく成長した身体を隠すものも無く晒したまま、関節が人として曲がってはいけない方向に曲げ折られた「物」として。人として最低限の尊厳も与えられず、ゴミクズの様に、愛しい妹の亡骸が扱われている。


 それなのに、私は、私はっ!

 怨敵である皇帝ガイウスに報復の一撃を入れる事も叶わずっ!

 奴の護衛によって四肢の腱を断たれ、身動きひとつ取れなくされてしまった!


「あぁ、ああっ!

許さぬ、許さぬぞガイウス・モーティガ・モースティンっ!

我が妹の命をっ、尊厳を踏みにじった事っ、絶対に、絶対に後悔させてやるっ!」

「クククッ、その様でか?

四肢の腱は断たれ、流れる血は既に致命の域であろう?

芋虫の様に這い回る事しか出来ぬ有様で、余に後悔させるとな?

ハハハッ!滑稽っ!実に滑稽っ!

余の慈悲を乞うでもなく、あくまでも抗うか!

余の許しが無くば、その傷は癒せぬのだぞ?

復讐したくとも、貴様は世に媚びへつらい、慈悲を乞い、『傷を治してください』と頭を下げねば誰も貴様を助けたりはせぬ!

如何なる魔法師も治癒の魔法をかけたりはせぬし、いかな薬師も貴様に魔法薬を与えたりせぬっ!

ただ無様に吼え、情けなく息絶えるだけであろうが。

それが分かっていても、なお余に抗うか?」

「それでも、だっ!

どんな目に合わされようが、必ず貴様に復讐するっ!

死して悪霊と化そうとも、貴様を呪い、この帝国を呪い、今日この日我が妹にこのような辱めを与えた事を未来永劫後悔する様な目にあわせてやるっ!」

「良く吼えた!」


 踏みつけられていた頭をガンッと乱暴に蹴られ、私は仰向けに転がされた。


 視界にニヤニヤと不快な笑みを浮かべる皇帝の姿が映る。

 その視線に浮かぶ邪な意思に、ゾクリと悪寒がはしった。

 嫌な、凄まじく嫌な予感がする。

 奴は、皇帝ガイウスはおもむろにガウンを脱ぎ捨てると、舌なめずりをしながらこう言った。


「ふむ、ひと思いに縊り殺してやろうかと思ったが……ノア・ノルドハイム、『ティルティア死神の愛し子』と呼ばれるだけあって、貴様も中々姿?」

「何、を……?」

「いちいち言わんと分からぬか?

興が乗った、故に貴様を


 いきり立った腰のソレを見せつけるかのように、ガイウスが迫る。


「なっ……狂ったか!?」

「イき狂うのは余ではない、貴様よ。

ククク、何、すぐに良くしてやる。

痛いのは最初だけぞ……」

「よせ、来るな、やめ、やめろおおおおおおおおおおおおおお!」

「おぉ?さっきまでの威勢はどうした?

余が直々に『女』の悦びを教えてやるというのだ。

冥土の土産ぞ?……歓喜に震えよ」

「あぁ……やめ、あ……アーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」


 ……私はその日、愛しい妹を殺され、人としての、男としての尊厳を木っ端みじんに砕かれた。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、妹の亡骸の前で奴の汚らわしいモノに貫かれ、悍ましいモノを流し込まれ続け……どれほどの時間がったったのか、羞恥と屈辱と絶望感に徹底的に心がへし折られた頃になってようやく、「飽きた」と奴の寝室の扉の前にゴミの様に捨て置かれた。


 扉番の連絡を受け、程なくして現れた近衛兵達が私達の無様な姿に眉を顰めつつ、無造作に物の様に麻袋に押し込もうとした。やめろ、私は、妹は物ではないのだぞ……そう言いたかったが声帯を潰された咽喉からは呻き声しか出てこない。


「う……あ……」

「何だよ、まだ生きてやがんのか面倒な」

「もぞもぞ動くな!汚らわしい」

「うぅ……」


 殴られ蹴られ、強引に黙らされた私達は麻袋に詰め込まれ城内を引きずられていく。ガツガツと階段を何度も何度も下り降りた先、「さぁ、ここだ」__そんな声がしたかと思うと、暗く冷たく黴臭いどこかの部屋に、妹の亡骸と共にゴミの様に投げ込まれた。


 そこは、城の最下層__地下牢獄だった。


「うぐっ……」

「あぁ、オス臭ぇったらねぇぜ、まったく」

「まったくだな、それにしてもコイツ等陛下に何したってんだ?」

「知るかよ、下手に探ろうとするとお前もああなるぞ?」

「冗談じゃねぇ、あんな目にあうくらいなら舌噛んで死ぬわ」

「違いねぇな」

「「ははははは!」」


 ガシャンと扉が閉められ、鍵がかけられる音が暗闇に響く。

 近衛兵達と共に光源も遠ざかっていき、牢内には闇と私の呻き声だけが残された。

 明かりの欠片も無い真っ暗な牢獄の中。

 私達は麻袋に入れられたまま放置されている。

 要は「このまま死ね」と、そう言う事なのだろう。


 流行り病で両親を失い、騎士爵を継ぐ為に騎士団入りしてから必死で帝国の為に尽くしてきた。

 7つ下の妹には悲しい思いはさせまいと、地獄の如き戦場に送られても生にしがみつき、生き残った。沢山の先輩や仲間を、部下を戦場で死なせ、それでもなお己だけは生きて帰る__そんな私を『ティルティア死神の愛し子』と人は嘲る。女のような容姿で上官を誑かしたなどと言われるのは毎度のことだ。それでも、私は死ぬわけにはいかなかった。両親の代わりに妹の、ソフィアの幸せを見届けるまでは死ねないと、そう誓っていたからだ。


 それなのに……それなのにっ!!


(あぁ……ソフィア、許しておくれ……。

お前を守れなかったこの不甲斐ない兄を、無様に尊厳を穢されて終わる私を、どうか許しておくれ。

……私は、奴を許さない。

死してなお奴を呪い、悪霊となってでもお前の無念を晴らしてみせる。

あぁ、死せる者達の女神、安寧を司る我が女神ティルティアよ……。

願わくば愛しき我が妹の魂に、御身の身元にて安らぎの時を与えたまえ。

ティルティア、我が女神よ……)


 ろくに動かぬ四肢を必死に動かし、共に袋詰めにされている妹の亡骸を抱き寄せながら……私は神に祈った。


 喉も潰され、呼吸をするだけでも辛い、声を出しても擦れた呻き声が漏れ出るだけだ。

 身体中の血が大量に失われたせいで、体温が上がらない。

 どの道この傷では、長くはもたないだろうが。

 この胸の奥底で煮えたぎる怒りと悲しみも、憎しみの氷炎となって心を凍てつかせるのみ。


 ……心も、身体も冷え切ってしまった。


 ひたひたと、「死」がにじり寄って来るのを感じる。


 きっとこの地下牢で投獄死した怨霊悪霊の類が、私を「仲間」と感じ這い寄ってきているのだろう。


(……悪霊たちよ、お前達がどのような罪に問われここで死んだかなど私は知らぬ。

悪逆非道の限りを尽くして獄死しただけの、自業自得の怨霊であったとしても私は構わぬ。

未来永劫、憎悪の獄炎にその魂を焼かれ続ける事になろうとも……私はあの男を、ガイウス・モーティガ・モースティンを許しはしない。

我と思わん悪霊、怨霊は力を貸せ!

共に奴を、怨嗟の地獄へと引きずり込んでやろうぞ……!)


 あらん限りの憎悪の念を胸に、私は今一度妹の亡骸を強く強く抱きしめ……





 唐突に





「……む?」





 世界が、のを感じた。



  ◆  ◆  ◆




(な、なんだ?)


 突如我が身に訪れた不可思議な感覚に、私はただただ混乱した。


 暗かった筈の、何も見えなかった筈の周囲が、はっきりと見える。

 薄汚れた石壁に、埃の積もった白骨の山が壁際に寄せられているのもしっかりと見て取れるのだ。

 何処にも光源などない、というのに。


 それだけではない。


 オォォォォォォォ……

   ウァァァァァァァァ……


 私の視界には、怨嗟に満ちた表情の数え切れない程の靄状のなにかがうごめいていたのだ。


「もしや、これが悪霊……?

はっ!?声が、出る、だと?」


 思わず漏れ出た己の声。

 潰された筈の咽喉から声が出た事に驚き、反射的に咽喉に手をやって……腕が動いたという事実に、そして感触があったという事実に驚愕した。


「何だ、どういう事だ?

一体何がどうなって……」

『にぃ、さま……あぁ、皇帝、よ、よくも、にぃ、さまを、穢し、たなぁ……呪われよ……!

呪われよォ、ガイウスゥゥゥゥゥッ!

にぃ、さまぁ……わたくし、は……うぁぁぁぁ……』

「ソフィアッ!?」


 思わぬ事態に驚愕し、困惑していた私を現実に引き戻したのは、妹の声であった。

 もう二度と聞く事の出来ないと思っていた、愛しい妹の声!

 慌てて邪魔な麻袋を、妹の亡骸をかき抱くと__私は信じられないものを見た。

 妹の、ソフィアの亡骸に重なる様に、薄っすらと透けた姿のソフィアが血の涙を流し、皇帝への怨嗟の声を上げながら慟哭していたのだ!


(あぁ、ソフィア、ソフィア!お前もか!

お前もあの男への恨みのあまり死にきれずにいたのか!)


 安らかな眠りを、という女神への願いが届かなかった事が悲しくはあったが、ソフィアもまた私と想いを同じくしていたのだと知れたことが不思議と嬉しくもあった。


「あぁ、ソフィア、愛しき我が妹よ。

お前もガイウスを許せぬか!

私と同じく、あの男を煉獄の底に突き落とすまで今生に悔いを残すかっ!」


 怨嗟の声を上げ嘆くソフィアの霊体がビクリと震え、ゆっくりと、その顔が、視線が、私へと向けられる。虚ろだった目には確かな理性の輝きが戻り、私を私だと認識したその瞬間、ソフィアの霊体は歓喜の声を上げ私にしがみついてきた。抱き返してやりたい気持ちで一杯であったが、彼女の亡骸を放り出すわけにもいかないからね、必死に我慢したよ。


『にぃ、様……?

あぁ、兄様!兄様!

えぇ、わたくしも兄様と共に奴を、ガイウスを呪い、祟ります!

怨霊悪霊の類に堕ちようとも、兄様を穢し貶めたあやつを、わたくしは絶対に赦しませぬっ!』


 ソフィアもまた、ガイウスに激しい怒りを、憎しみを抱いていた。

 それも己を辱め殺した事よりも、私の為を想って怒ってくれたのだ。

 あぁ、こんなにも心優しいソフィアを、あの男は、あの男は……っ!


「そうか、そうか……。

ならばソフィアよ、共に逝こうぞ。

冥府魔導の暗闇に堕ちても、我等兄妹、その魂が朽ち果てるまで……共にっ!」

『はいっ!兄様っ!』


 その瞬間、抱き締めていたソフィアの亡骸がぴくり、と動いたのを感じた。


 もしや、と思い様子を見ると……ソフィアの霊体が溶ける様に亡骸へと吸い込まれていくのが見えた。

 それと同時に、美しく艶やかだった長い黒髪から色が瞬く間に抜け落ちていく。

 髪だけではない、眉も、まつげも、体毛の全てから色が抜け落ち、白く白く変化していく。

 土気色だった肌は死蝋の様な色へと変わり、軽く身震いした後に開かれた眼は……赤黒い人ならざるものへと変じ、その瞳には蒼い鬼火が揺らめいていた。


 私と同じくソフィアも、『人』とは言えぬ『人外』の存在に『成った』のだ!


「ソフィア……」

「うぁぁ……あぅぁ……(あぁ、兄様!これからはずっと一緒ですのね!)」

「!!」


 ソフィアの口から漏れ出たのは、言葉ではなく呻き声であった。


「ソ、ソフィア、お前……言葉が……声が出せなくなってしまったというのか?」

「!! あぅぅ……(な、なんて事ですの!?)」

「あ、いや、何故か言いたい事は分かるから何の問題も無いのだが」

「うぁぁ……あぅぅ……(あぁっ!死してもなお兄様の足を引っ張る事になるだなんてっ)」


 しょぼんと落ち込む姿は、どこか幼き日の妹を想起させて愛しさが募る。

 ここ最近は淑女らしく振舞う事に拘っていたから、そんな姿が懐かしく感じた。


「ふふふ……ははは!」

「うぁぅ……!(わ、笑い事ではないですわっ!)」

「いやいやすまん、だが気にする事は無いよ。

どのような姿になっても、お前は変わらず愛しい妹なのだ。

共にこの呪われた生を歩んでくれる、それだけで……私は嬉しいよ」

「うぁぁ……あぅぁ……(兄様……わたくしもです!わたくしももう一度兄様と共に在れて嬉しいですわっ!)」


 ゆっくりとした動きでソフィアが私に甘えるようにしがみ付く。

 首や腕は折れたままで、動きはぎこちない。

 まるで墓から起き上がったばかりのゾンビのようなノロノロとした動きだったが、私にはそれでもかまわなかった。


 私達はもう、生者ではないのだ。


 ソフィアも今はぎこちなくしか動けないが、死人生に慣れればかつての様に動いたり、話したりできるようになるだろう。復讐を果たした後にどうなるのかは分からないが、それはそれ。己を知り、力を付け、奴に地獄を見せてやらねば生き返った意味がない。


 その為には……


「さて、先程から私達の周囲で蠢いている者達。

お前達は、皇帝やこの国に恨み持つ怨霊悪霊の類で間違いないな?」


 オォォォォォォォ……

   ウァァァァァァァァ……


 ソフィアと違い、それらの呻き声が何を訴えているのかは分からない。

 だが、『是』と言っている、この国を、皇帝を恨んでいるのだけは感じ取れた。

 渦巻く憎悪、形にならない怨念、そういったモノを向ける術を持たぬ霊たちの嘆き。

 それらを『喰らえ』と、己が内なる本能が囁く。

 悪意を、怨念を喰らい、飲み込み、ひとつに煮詰め、己が力と為せと。

 我等の無念を喰らって往けと、そう懇願された気がした。


「ならば喰らおう、お前達の無念を。

されば引き継ごう、お前達の怨念を。

報われぬ魂に安息を__『無念喰らいリグレッティア』」


 アァァァァァァァァ……!

   グォォォォォォォォォォォォ……!


 周囲に渦巻く靄状の怨霊悪霊達が、歓喜の呻き声を上げながら私に呑まれていく。

 息を吸う様に、水を飲むかのように吸い上げるあまたの『無念』。

 それらは私の魂に呑まれ、溶け込み、糧となっていく。


 溢れんばかりの憎悪の念と共に、全身に力が漲るのを感じる。


(冤罪で牢に入れられた、生きる為に盗みを働き捕まった、出来心で賄賂を受け取り投獄された、お気に入りのカップを割って、○○が単に気に入らないからと、顔が不快だ、気晴らしに痛めつけられ悲鳴を上げたら投獄された、突然物陰に連れ込まれ犯され、政策に反対したら嵌められ、捨てられた、裏切られた、騙された、邪魔だと、不要だと、俺は、私は、僕は、妾は、あぁ、あぁ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!)


 老若男女、職さえも問わず。

 誰の者かも分からない『憎しみ』の念が、走馬灯のように私の内を駆け巡り……溶けていった。

 それらの『想い』は蕩ける様に美味で……己が既に人外なのだと、否応なく自覚させられた。


 周囲に一片の怨霊悪霊も居なくなった頃合いを見計らう様に、ソフィアが緩慢な動作で私に問うた。


「うぁぁ……あぅぁ……(いかがでしたか?兄様)」

「あぁ、他者の怨念という奴は実に美味だったよ。

ソフィアにも食べさせてやりたいね」

「あぅぁ……あぅぅ……(まぁ!では次の機会には是非ご一緒に味わせていただきますわ♪)」

「怨念を喰らえば力を付けられる、それは間違いない。

だが、それだけではガイウスには届かないだろう。

奴の傍にはあの男が……『帝国最強の男』ダグラス・シューリマンが居る」

「うぁぁ……(シューリマン卿、ですか……)」


 『帝国最強の男』ダグラス・シューリマン。

 帝国近衛騎士団所属、皇帝直属の護衛騎士を務める男。

 あらゆる武器の扱いにおいて帝国内最強の存在であり、更にその忠誠心は「異常」の一言。

 護衛として任じられた際、皇帝ガイウスから「余と家族、貴様にとってどちらが大事か」と問われた彼は、「言うまでもありません」と一言だけ口にすると即座に自宅に戻り、両親、兄弟、妻、子供に至るまで皆殺しにした上でその首を手に皇帝の下に舞い戻り、その忠心を示したのだ。

 ダグラスの狂的なまでの忠誠心を喜んだ皇帝は、己が愛剣を彼に与え、『王剣』の二つ名を贈った。


 『怨念』を喰らったこの身は、生前より強くなっていると感じるが……あの男に勝てるかと言われれば、「無理」と断言できるほどに力の差があると感じる。


「死の縁より甦った私達には、『時間』がある。

この身体の持つ能力もはっきりとしていないのだ。

焦る事はない、まずはこの城を脱して十全に態勢を整えよう。

それに……」

「あぅぅ……(それに、なんですの?)」

「……お互い、生まれたままの姿というのも、その、な?」

「!?!?!?(に、にいさまのえっち!!)」

「別に故意に見たわけではないぞっ!

こ、こらっ!噛むなっ!痛みは感じないがはしたないっ!

淑女としてそれはどうなのだっ!?」

「あぅあぅあぅっ……(ばかばかばかっ!もうお嫁にいけませんわっ!)」


 呻きながらカプカプと噛みつこうとしてくるソフィアを宥めながら、再びこのような時間を持てたという『奇跡』に涙が出そうになる。お嫁も何も、私達は既に死んでいるから貰い手などいないだろうに……と思わなくもないが、それはきっと「言わぬが花」というものだろう。


 この魂が朽ち果てるまで、復讐を果たすその日まで、ずっと兄妹一緒に過ごすのだ。


 愛しい妹が、我が死涯の伴侶というのも……案外悪くないかもしれない。


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