第9話 選択

「さて、レイオットとルシア嬢」

「「はい」」

「君達はどうするんだい?」

「……質問を、よろしいでしょうか?」

「どうぞ?」

「協力しない、と言った場合……俺達は、殺されますか?」

「ふむ」


 まぁ、予想の範疇の質問だ。


 レイオットの様子を見るに、彼はルシア嬢を助ける、もしくは彼女の運命に殉ずる事を目的として動いているように感じる。つまりは積極的に私達の『復讐』に関与する気が無い、とそう言う事でもある。

 やる気のない人材に用はないよ、と言いたいところではあるが……妊婦であるカトリだけが協力者、というのは脱出後の事を考えると中々に辛いものがある。

 妊婦は目立つからね。

 出来ればレイオットの協力が、一時的にも欲しいというのが本音だ。


「君達を好ましいと思ったから助けたんだ、協力しないからと言って殺したりはしないよ。

もちろん敵対するならそうせざるを得ないが、ね」

「少なくとも俺に敵対の意思はありません」

「わ、わたっ、し、も……」

「敵対しないというならそれだけでありがたいね。

だが、君達が本当に悩んでいるのはそこじゃない。

今後どうするか、という事だろう?」

「「……」」


 気持ちはわかる。

 死にたくなるような環境に押し込められ、地獄を見て、だが自死出来るほどの勇気もない女が突然地獄から救い上げられた。

 未来なんて無いと諦めていたところに、降ってわいた幸運。

 戸惑って当然だ。


「私達の様に人外に堕ちたわけでもなく、復讐を考えるほどの気概もない者が唐突に救われたのだ。

色々思う所はあるだろうが、私としては惰性で生きる道を勧めるよ」

「惰性、です、か?」

「ここを脱出してからの話になるが、君達は既に死んだ者として新たな人生を歩む事になる。

命を救った以上、私達も最低限君達の生命に対して責を負う事になるだろうから、少なくとも囚人であった頃よりははるかに心休まる日々が送れるはずだ。

君の事を案じる者も居る。

君が生きる事を拒絶しない限り、何の目的もなく『ただ生きるだけ』の日々を過ごす事は可能だ」

「何の、目的もなく……ただ、生きる……」

「私は君達に何も強要しない。

生きろとも死ねともいう気は無い。

ルシア嬢の安寧を保証する代わりにレイオットには少々力になってもらいたいものだが、こちらが君達に求める条件と言ったらその程度だ。

どうだろうか、生きるのが嫌になるまでの間で構わない。

力を貸してはもらえまいか?」

「「……」」


 俯き悩むルシア嬢を心配そうに見つめるレイオット。

 男なら肩のひとつも抱いてやれ、と言いたいところだがルシア嬢のを思えばそう簡単な話ではないのだろうな、不憫な。


 重い沈黙が看守室に漂う。


 その沈黙を破ったのは、思わぬところから響く怒声と物音だった。


 ガチャガチャ!

    ドンドンドン!


「おい!誰だ閂なんてかけたのは!」

「デリックさん居ないのかね?

またアラン辺りがメイド連れ込んでるんじゃねぇだろうなァ?」


 扉の向こうから響いた声で察した。

 看守の交代時間が来てしまったのだ、と!


(マズいな、どうする……?)


 何か方法は、とそう思った時だった。


「か、代わりの人来ちゃったじゃないですかっ!

だからやめてって、あんっ!言ったのにっ……。

そこっ、イヤアアアアアアアア!」

「「「「!?」」」」


 突然カトリが自身の口元に人差し指をあてたまま、冷たい目で嬌声を上げ始めたのだ。

 何を……という戸惑いはすぐさま理解へと変わる。

 レイオットが急ぎ乱暴に立ち上がり、倒れた椅子は大きな物音を立てて倒れる。

 外からはまるで情事に気付かれ慌てている様に聞こえたに違いない。


 案の定一瞬の沈黙の後、外から更なる怒号が響いた。


「アランッてめぇ看守室にまた連れ込みやがったなぁっ!?」

「ふざけんなさっさと開けろっ!」


 ドタドタと音をたて扉に駆け寄るレイオットの後を追い、私も続く。

 「開けます」と小さな声で告げたレイオットが、太い閂を一息に引き抜いた。

 バン、と乱雑に開け放たれた扉の向こうには怒りに満ちた二人の男の姿があった。


「ようこそ、この世の地獄へ」

「「あ?」」


 二人が何かを口にするよりも早く胸倉を掴んだ私は、有無を言わせず看守室内に彼等を引きずり込むと床に引き倒し、首を絞めあげる。白目をむいてじたばた暴れているけど、以前の私ならともかく今の私なら押さえ込むのは造作もない。背後で扉が閉められる音がしたので、レイオットが上手くやってくれたのだろうね。いやはや、何の打ち合わせもしていなかったというのに実にいい連携だったと思う。


「カトリ、素晴らしい機転だったよ」

「うぉぃ……おぁぁ……(凄かったわ、わたくしも驚きましたもの!)」

「お褒めにあずかり恐縮です」

「い、いきなりで焦ったぜ……」

「その割に良く動けていたじゃないか。

やはり君達の協力は欲しい、必要だと確信したよ」


 首を締め上げられのたうち回っている二人の男はとりあえず私が押さえ込みつつ、互いに互いのナイスプレーを讃え合う。看守の交代要員が来たという事は、外では既に結構な時間が経っているという事だ。

 ちょうど欲しかった「外」の情報を持ってきた者が居る事だし、早速締め上げて情報を抜くとしよう。


 暴れる男達を締め上げる手を少し緩めると、白目をむいていた彼等の目が私とカチ合い。


「ヒッ!」「化け物っ!?」

「失礼な奴等だ、殺すよ?」

「「お、お許しをっ!!」


 何故か一瞬で大人しくなった。

 「何でこんな化け物がここに」とかブツブツ言ってるの、聞こえてるからね?

 大人しくなってくれるのはありがたいが……その理由が私が化け物だから怯えてというのは、うん、なんだか釈然としないなぁ。


「さて、差し当たって君達に聞きたい事がある。

素直に教えてくれれば良し、教えてくれないならどちらか素直じゃない方にすぐ死んでもら……」

「「何でもお答えしますので殺さないでください!!」」

「……じゃあ、聞かせてもらおうかな」


 あっさりと色々教えてくれる事になったのは楽でいいのだけれど、彼等は気付いているんだろうかね?

 私は一言も、「殺さないと約束しよう」だなんて言っていないんだが。

 交渉は最後まできちんと行わないと意味がないと、きっと知らないんだろうね。

 ペラペラと私の質問に答える男達を無言で見つめるカトリとルシア嬢は、彼等に対し何を考え、何を思っているのだろうか。


(まぁ、カトリ達に酷い事をしていた外道共をどの道生かしておいたりなんかしないのだけれど、ね。

他人の尊厳を踏みにじって何とも思わない奴等の尊厳を、私が考慮してやる義理なんてないし)


 一応『生命』を啜る前に二人には確認だけしてみようかな。




 「自分達を散々嬲った輩を、痛めつけてみたいかい?」って、ね?


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