第8話 狂信
「いやはや、待たせたね諸君」
「うぅぁ……うぅ……(お待たせしました、皆様)」
「い、いえ」
「「……」」
看守室に私達が顔を出すと、レイオット達にギョッとした顔で見られた。
まだゆっくりとしか動けないソフィアを横抱き、いわゆるお姫様抱っこという奴で運んでいたのを驚かれたのだろうか?妹に対し過保護すぎる兄だとでも思われてしまったのかもしれないな、構わんが。
これまで戦場に出てばかりであまり構ってやれなかったし、抱き上げてあげたら大層喜んでいたので今後はもっと甘やかしてやりたいと思う。
それはそれとして、だ。
「さて、君達はただ死なせて『
「死にたいと言ったのになぜ殺してくれなかったの?」
彼等にそう問いかけると、ぐしゃぐしゃに昏く濁り切った死んだような目をした女性が即座にそう問い返してきた。
「死にたいという割に、生きている。
だから殺さなかった、復讐に協力してもらおうとそう思ったのだが」
「それ、は……」
「ただ死ぬわけにはいかない、私達の手で『
「……そう。
私は、私の人生は、腐った貴族達のせいでめちゃめちゃにされた。
うちは貧乏な地方男爵家の出で、私が帝城で働けることが決まってみんな喜んでくれた。
だけど、だけどっ!
アイツに、宰相に目を付けられて無理矢理抱かれて、嫌だって噛みついたら牢に入れられてっ!
実家は無茶苦茶な理由で取り潰されたって聞いた!
父も母も弟も、横領なんてしてないのに!
私は看守の玩具にされて、誰の子か分からない子供まで孕まされて、誰も助けてくれなくて!
こんな国、要らない。
こんな世界壊れてしまえばいい。
でも、私に出来る事なんて無いから、貴方達が私を化け物にしてくれるならそれで良いって思った!
私にはもう大事なものなんて無いからっ、全部、全部壊してやるっ!
だからっ、殺してよっ!
私を『
それは魂が震えるほど悲痛な叫びだった。
大切なものを奪われた女の、怨嗟と憎悪に満ち溢れた慟哭だった。
あぁ、なんて美味そうな『生命』の輝きなんだろうか?
汚泥の様に濁り切った憎しみに染まり切った魂の、何と美しい事か。
ソフィアが息を、いや、つばを飲み込んだ気配がした。
気持ちはわかるが喰っては駄目だぞ?妹よ。
彼女は私達の同類だ。
同類だが……同志にはなれない存在だ。
だから、
「君の名は?」
「カトリ・フェレン」
「君を殺してやることは簡単だ。
『
「ならっ!」
「だが、今の君を『
「……どういう、事?」
「君は、この帝国に、世界に『復讐』したいとそういったね?
仮に君が『
「どうなるって……たくさん人が死ぬ?」
「そうだね、だがそれだけだ。
『君』という存在はすぐに討伐され、世間には『アンデット騒ぎがあった』としか認識されず、『君』を討ち取った者達は周囲から称賛され、帝国は盤石であると証明するための道具にされて終わる。
『君』の怒りは忘れ去られ、無に帰し、世界に何の爪痕も残せずに終わるだろう。
君はそれで、満足かな?」
「!!」
私の言葉に大きく目を見開いたカトリは、告げられた内容が指し示す『未来予想図』を正確に想起した様子だった。己の怒りが、憎しみが、憤りが、この国にとっては大した傷にもならないのだと理解した彼女の形相は、正しく『悪鬼』の如き美しい醜悪さであった。
「…………なら、私はどうすればいい?」
「私達は『生きた』協力者を欲しているんだよ。
この国を憎み、復讐を志し、『死人』である私達を厭わず協力してくれる『生者』を」
「貴方達に協力したら、私の復讐も果たせる?」
「もちろん、と言いたいところだが訂正させてもらおう、フェレン嬢。
『復讐』はね、楽しむものだ。
『復讐』の為に己を燃やし尽くしても、虚しさしか残らない。
怒りを、憎しみを、悲しみを、怨嗟を、ありったけ相手に叩きつけて、どん底まで貶める『過程』を存分に楽しんでこそ『復讐』する甲斐がある!
相手と同じステージに立っても、相手が喜ぶだけだ。
敵を喜ばせるなんて論外だ。
世界が憎いなら、誰もが壊れてしまえと思う程酷いものに貶めればいい。
誰かが憎いなら、そいつからありとあらゆるものを剥ぎ取り奪い去った上で辱めればいい。
拠り所なんて与えるな、言い訳の余地なんて許すな。
大事なものを奪われた挙句に、『復讐した先の未来』まで相手に奪われるなんて、本末転倒だろう?」
フェレン嬢の濁り切った瞳が、爛々と昏い輝きを帯びていく。
死んで腐り切ったような目に、歪んだ歓喜の色が宿っていく。
「ふふっ……あははっ……あははははははははっ!
ノルドハイム卿!いえ、ご主人様っ!
カトリ・フェレンは死せる『生者』としてご主人様にこの身も魂も捧げましょう!
ご主人様の『復讐』の供に、末席で構いませぬ故加えてくださいませ!」
歓喜と狂気に満ちた顔で、彼女は私の前に跪くと私のつま先に唇を落とした。
それは、ただ忠誠を誓うものとは違う__『崇拝』を示すもの。
私達は、いわば『狂信者』を一人得た、という事になる。
「あぁぅ……えぁぅ……!(兄様、仲間が増えますよ!)」
「あぁ、この国を激しく憎むフェレン嬢が協力してくれるのは、実に心強いね」
「ご主人様、私の事はカトリとお呼びくださいませ」
「分かったよ、カトリ」
「えぁぅ……!(よろしくね、カトリ!)」
「……ノルドハイム卿、カトリに告げた先程の言葉が、貴方のその『復讐』というものに対するスタンスが……俺達を求める理由、なのですか?」
フェレン嬢との会話を黙って聞いていたレイオットとルシア。
さて、二人はどのような選択をするんだろうね?
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