第25話 ソフィアの想い
<side ソフィア>
私にとって、兄様という存在は何なのかと問われれば、『最愛の男性』という一言に尽きます。
血を分けた実の兄に懸想する悍ましさは理解しております。
ですが、幼い頃両親を亡くし、物心もつかない頃からずっと兄様に育てられ、愛され、その背中を見続けてきた世間知らずのわたくしにとって、『男性』という存在は兄様か、年老いた家令のユージオくらいのものだったのです。ですがノルドハイム家を維持する為に幼くして『銀郎騎士団』に騎士として所属し、大人たちの間でもまれ続けてきた兄様と、親に甘えて育ち己の実力と家格の威を取り違える様な愚かな貴族子弟達と、同じ『男性』だと言われても等しく見られるわけがないではありませんか。
わたくしにとって兄様は『男性』としての理想で、基準でした。
兄様とて人間であり、若輩故の未熟を晒す事もあると存じておりますわ。
ですが、そう言った部分も含め、わたくしにとっては好ましかったのです。
こうした感情が歪んだものである、という自覚ははじめは理解できませんでした。
敬愛する兄、理想の兄、最愛の兄……兄様に対する思慕は、家族愛のそれと同じものだとずっと勘違いしていたのは、わたくしが単に『恋』というものを知らなかったからなのでしょう。
わたくしが己の気持ちを理解したのは、『皇帝への献上物』として主家であるフェルステマン辺境伯家の騎士達に誘拐された時です。皇帝の愛人にされるのだと言われ、帝都に送られる事になって初めて、わたくしは兄様をただの家族ではなく『男性として』愛していたのだと気付きました。
流石に14にもなって愛人として扱われる事の意味も、男女の睦み合いの意味も分からない等という程、わたくしは初心ではありませんもの。
妄想としてではありますが、いつかわたくしも結婚して誰かとそのような関係を結ぶことになるのだろうくらいは考えておりましたわ。
……その手の妄想の相手がいつも兄様だったのは、単に他の男性で想像する事が悍ましい、と思っていたからだろうくらいに考えていたのです。
ほ、本当ですわよ!?
ですが、皇帝のモノにされると聞かされて、わたくしが真っ先に感じたのは……兄への罪悪感。
兄様以外の男性に穢される、純潔を奪われるという事に対する激しい嫌悪と、兄様に己の全てを捧げられないという罪悪感に打ちのめされて初めて……わたくしは己の『本心』に気付いたのです。
わたくしは、兄様を『男性』として愛していた。
血を分けた兄に懸想する悍ましい女。
でも、その事実が___たまらなく嬉しくて。
だからこそ、絶望しました。
ガイウスに「兄の前で抱いてやろう」と言われた事が。
だからこそ、許せませんでした。
ガイウスが兄様の尊厳を穢し貶め挙句にゴミのように扱ったことが。
憎くて、憎くて、どうしようもなく殺してやりたくて、でも何も出来ないままわたくしの魂は兄様が穢される様を、苦しむ様を見ている事しか出来なくて。
悔しくて、悲しくて、憎くて、ひたすら『神』を呪いました。
何故?何故兄様があんな目に合わねばならないのかと。
私の愛する兄様が、何故ああまで酷い目に合わされねばならないのかと。
わたくしをこれまで慈しみ育ててくださった兄様。
わたくしを喪った事をあれほど悲しみ、怒り狂ってくださった兄様。
わたくしの為に皇帝に牙を剥こうとしてくださった兄様。
そんな兄様を『神』は何故見捨てるのか?
死と安寧の女神は、何故兄様を見捨てるのか?
ひたすら呪い、呪い、呪い続け……その果てで。
わたくしは、兄様との『永遠』手にしました。
これが『神』が与えてくださった「祝福」なのか、それとも『罰』なのかは分かりません。
安らかな『死』の安寧ではなく、永劫続く『時』と、胸の奥底で燻り続ける『復讐』の業火。
『人外』と化したこの身に、果たして平穏な日々が訪れるのかは分かりません。
分かりませんが……
わたくしは、兄様と『同じモノ』に成れたのです。
最愛の兄様と、たった二人きりの化け物に。
わたくしたちの間には、もはや如何なる『生者』も割って入る事は出来ません。
わたくしの全ては兄様のもので、わたくしは兄様のものですから兄様のものは私のものも同様。
すなわちわたくしは兄様なのです。(錯乱
もはや一心同体と言えるでしょう!(暴論
おほん、興奮し過ぎましたね。
とはいえ、わたくしは『死人』として蘇りはしたものの未だ足手まとい。
出来損ないの『
首や一部の関節はガイウスに折られた影響で、自力で支える事すら出来なかったのです!
表情筋も硬直したままで笑顔を浮かべるのにも一苦労という始末。
ふふふふふふふ……あの筋肉男への憎しみが止まりませんね。
現在は兄様の介助の元、『
人間に比べれば格段に味の劣る魔物達の『生命』を根こそぎ喰らい、身体機能の回復を図っている真っ最中ですわ!わたくしのせいで兄様の足を引っ張るなど許されぬ事ですし、何より……兄様のおかげで、わたくしはこの『復讐』に楽しみを求める事が出来るのです。
胸の内に滾る『復讐』の炎であのガイウスを焼き尽くして、それで全てが終わりではない。
その『先』に続く永劫の『未来』……『希望』を想うと、楽しみで仕方が無いのです。
愛しい兄様と共に過ごす永遠。
その永遠をより楽しいものにする為に、今の『復讐』を利用する。
……あぁっ、なんて素晴らしいのでしょうか?なんて楽しいのでしょうか?
わたくしひとりであったなら、そんな事は絶対に思いつきもしませんでした。
もしもひとりだったなら……憎いガイウスに復讐し終えた後、戻らぬ過去に失望して、終わらぬこれからに絶望して、永遠の虚しさの中で自我を失いただの化け物に堕ちていたかもしれません。
兄様、あぁ、兄様!
好きっ!愛しております、心の底からお慕いしておりますっ!
未来永劫、文字通りこの魂朽ち果てるまで、ずっとお傍におりますわ。
もはや人ならざる『人外』なれば……人の道外れたこの『愛』も、赦していただけますわよね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます