【30】ディオンと……、ルカ。


『爆風』は、風属性の攻撃魔法の一種である。


エミリアは、爆風の魔法で貴賓室を崩壊させた。エミリアを中心とした半径100メートルほどの全てがなぎ倒され、吹き飛ばされて部屋はボロボロになっている。

……壁や天井まで壊してしまったのは、やり過ぎだった。サラは崩れた壁の向こうまで吹き飛ばされて、瓦礫に飲まれて遠くの廊下で気絶している。


エミリアは、体の自由が効かずに床で這いつくばっていた。


(どうしよう、ちょっと力を込めすぎちゃった。サラを牽制するのと、騒ぎを起こして誰かに気づいてもらうのが目的だったんだけど……)


指がしびれて魔法陣を書けなかったため、魔力を調整できずに暴発状態になってしまった。魔法陣とは、魔力の巡りを整えて標的に照準を合わせるためのものなのだ。


(爆『炎』じゃなくて爆『風』を選んでおいたのが、せめてもの幸いだったわ。火属性だったら大火事になってたかも……。でもどちらにしても、宮殿を壊すなんてとんでもないことしちゃった。あとで陛下に謝らなきゃ)


……などとイマイチずれた思考に陥っていたのは、エミリアの性格が天然だからか。あるいは馴れない攻撃魔法を大出力で発動したため、頭が疲れていたからなのか。


ふと、エミリアは気が付いた。

(ルカのイヤリングが……どこかに行っちゃった)


サラに壊されたあのイヤリングが、ない。

爆風に吹き飛ばされてどこかに行ってしまった。


「…………どこ?」

エミリアは這いながら、イヤリングを探し始めた。


あのイヤリングがあったから、エミリアはいつも頑張れたのだ。

気弱になっても、あれを見つめていると力が湧いてきた。

『君は本物だ』と言ってくれた、あの優しいルカが応援している気がしたから。


(探さなきゃ……)


壊れていても、かまわない。

いつも心を照らしてくれた、あの大切な宝物を。




   *


賓客棟の階段を駆け上がり、ディオンはエミリアのもとに向かった。

激震に見舞われた賓客棟は、ところどころに亀裂が入り痛ましい有様になっている。


夏華祭の最中だったため賓客棟にいた者はまばらだったが、それでも各階層ではパニックに陥った使用人たちが慌てふためいていた。


ディオンは、最上階にたどりつく。他の階より一層悲惨な状況だ。

フロア中央の貴賓室に、エミリアはいるはずだ。


最上階は女王の計らいによりディオンとその同伴者だけの『貸し切り状態』になっていたため、異様なほどに静かであった。

ディオンより先に到着していた警備兵たちが、慎重な様子で廊下を進んでいる。

ディオンは警備兵を追い抜かし、中央の貴賓室を目指す。


貴賓室の手前で、ディオンは足元に小さく輝く『何か』に気づいた。

――銀細工のイヤリングの、片割れだった。


遠い昔に、ディオンがエミリアに贈った物だ。

嵌まっていた海青石は割れ砕け、小さな欠片がかろうじて残っているだけになっている。

それを握りしめ、ディオンは貴賓室に踏み込んだ。

床を這っているエミリアの姿が、そこにあった。


「メアリ!!」


血相を変えて彼女に駆け寄り、抱き起こす。

「しっかりしろ、メアリ。どうした、なにがあったんだ!?」


エミリアは、答えない。首が満足に動かないらしく、目線だけできょろきょろと、何かを探していた。


「体が動かないのか?」


もしかして、毒を盛られたのだろうか。だが、誰が……? この爆発と何の関係があるのだろうか?


途絶え途絶えの声で、エミリアが答えた。


「なくして、しまったの……」

「失くした? 何をだ」

「イヤリング、です。……ルカが、くれたの」


エミリアの声が揺れている。


「壊されて、そのあと、どこかに行っちゃった。……大事だったのに」


小さな肩が、カタカタと震えていた。

目から涙があふれそうになっている。


こらえきれなくなった様子で、ディオンはエミリアを抱きしめていた。

華奢な体をしっかり抱きしめ、ディオンは深い息を吐く。


「……泣くな」

彼は懐から一粒のイヤリングを取り出して、それをエミリアに握らせた。


「もう一度やるから、泣くな」






エミリアは、驚愕に目を見開いた。

彼が渡してくれたのは、壊れた物ではなくて。

きれいな海青石が嵌まった、片割れのイヤリングだったからだ。



「泣くな

メアリではなく。本当の名前で、ディオンに呼ばれた。




エミリアの頭の中で、パズルのピースがかちりと嵌まる。唇から、言葉がこぼれた。


「…………ルカなの?」



ディオンは苦笑しながらうなずいていた。

「気づくのが遅ぎる。エミリア本当に面白いな」


ディオンが笑っている。優しい海色の瞳で――ルカの瞳で、まっすぐこちらを見つめていた。


「…………ルカ」


緊張の糸が切れたのか、体が一段と重くなったように感じた。何だか、眠い。

「ともかく治療を。……おい、エミリア!?」

「……」

エミリアは彼に抱き留められて、腕の中で意識を手放した。


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