【第3章】王都へ。あなたと。

【23】王都へ――

エミリアがマルクの竜化病を癒してから、2週間が過ぎていた。

マルクとその家族は身辺が落ち着くまで神殿内で保護されており、エミリアとダフネの身が脅かされることもなく、平穏無事な生活が続いている。

今日はディオンの仕事が休みの日だ。


「おーい。メアリ、早く行くぞー」

領主夫人用の私室の外から、ディオンが気安い口調で呼びかけて来る。エミリアは部屋の中から、ディオンに声を返した。


「はい! あと少しだけ待っててください、ディオン様!」


掌に握っていたイヤリングに、エミリアは「それじゃあ、行ってくるね。ルカ」と囁きかけた。これがエミリアの日課である。


2週間前、うたた寝をしているときにエミリアはこのイヤリングを失くしてしまった。

目覚めてから半泣きにまって探していたら、侍女のサラが謝罪しながら差し出してきたのだ――「あまりに綺麗だったので、つい持ち出してしまった」と言っていた。


(サラは後ろめたそうにしていたけれど、謝ってくれたからそれで十分。むしろ、うっかり落とした私のミスだもの。今度から気をつけようっと)


世界に一つの、大切な宝物だ。

引き出しにしまってから、部屋を出た。


「お待たせしました、ディオン様」

「それじゃあ、早速行こう」


明るく笑って、ディオンはエミリアの手を取った。

今日は二度目のデートの日だ――『君が喜びそうな場所があるから、紹介したい』と、ディオンは言っていた。

彼と二人で、馬車に乗り込む。今日もダフネが護衛役として馬車に並走していた。


(私の喜びそうな場所って、どこかしら?)


馬車に揺られながら、エミリアは彼の端正な横顔を見つめた。


(ディオン様は私の『素性』を知っているのに、全然その話題に触れようとしない……。どこまでも「知らないフリ」を貫き通して、私を守ってくれるつもりなんだわ)


法王の定めた大陸法により、『聖女能力の保有者』を秘匿することは重罪となる。

一般人でも知っているルールなのだから、王弟であるディオンが大陸法を知らないはずがない。つまり彼は、自身が罪に問われるリスクを抱えながらもエミリアを匿ってくれているのだ。


(……ディオン様って、すごく良い人だったのね)

「なんだ? 俺の顔じっと見て。惚れたか?」

「ち、違いますってば」


目が合ってしまい、弾かれたように視線を逸らした。

頬が少しだけ熱くなる。


(……それにやっぱり、ディオン様とルカは顔が似てるわ)

すっきりと通った鼻梁。切れ長の目。なにより、海色の澄んだ瞳がそっくりだ。


(ディオン様の筋肉をがつっと減らして髪を黒くして、10年分くらい幼くしたらルカと見分けが付かないかも……)

などと思っていたそのとき、エミリアはふとを思いついてしまった。


「はっ………………!!」

愕然とした顔で、ディオンを凝視する。

「な、なんだよ」

「私、今さら気づいちゃいました! ……でも……まさか、そんな、」


おろおろしているエミリアを見て、ディオンも思い至った。――まさか彼女は、俺がルカだと気づいたのか!? と。


「どうしよう……私、心の準備が。だってまさか、ルカが…………」

「……ルカが、何だよ。言ってみろよ」

「でも……違ったらすごく失礼ですし……」

「良いから。言ってくれ」


緊張した顔で、エミリアはごくりと唾をのむ。

ディオンの美貌にも、緊迫が漂っていた。



「ルカは……。ルカは、もしかして……ディオン様なんじゃありませんか!?」

「はぁ?」



素っ頓狂な声を出すディオンに、エミリアは尚も言い募る。

「だって、ルカとディオン様ってすごく似てますし! ……でも、女王陛下のご兄弟はディオン様ただ一人のはず。とするとルカは、まさか、……先王陛下の、隠し子!? ご、ごめんなさい私ってば、王家のスキャンダルを……あわわ」


「あわわ、じゃねぇわ」

溜息をつきながら、ディオンはエミリアにでこぴんをした。

「勝手に俺の身内を増やすな。弟なんていねぇよ」

「そうでしたか。とすると従弟とかですよね、他人とは思えませんし。……私、久々にルカに会ってみたいです」

「会わせねえ」

「い、意地悪言わないでくださいよ、ディオン様!」


ふたりが大騒ぎしているうちに、馬車は目的地に到着していた――。


   *


ルカに関する話題を強制的に切り上げると、ディオンはエミリアを馬車の外へと導いた。

開けた丘の上に、要塞のような建造物が佇んでいる。


「ディオン様、ここは……」

「ここはヴァラハ駐屯騎士団本部。君を案内したいのは、この敷地内にある『病院』だ」

「病院?」


護衛のダフネを従えて、ディオンはエミリアとともに歩き出す。

防壁に囲まれた広大な敷地内を進み、ディオン達は南側に立つ建物へと入る。


「ここが病院だ。ヴァラハ領は魔獣の多い土地柄で、院内には重症人が運び込まれることが多い」

「そうなんですね。でも、どうして私を病院へ?」

「君が、優秀で責任感のあるだからだよ。君が活躍できそうな職場だと思わないか?」

「……え?」


首をかしげるエミリアに、ディオンはそっと耳打ちをする。


「聖女の力を、並みの回復魔法士くらいの魔力に見せかけることもできるんじゃないか? 聖女の仕事は出来なくても、回復魔法士として人助けをすることはできる。君は、人助けをしたいんだろう?」

「ディオン様……!」


言葉の意図を理解し始め、エミリアは息を呑んだ。

ディオンはダフネを近くに来させて、彼女たち二人に告げる。


「メアリに『力を使うな』と言っても、困っている人を見たら使わずにいられなくなるんだろ? だったら完全に隠そうとはせず、回復魔法士として働くのが妥協点だと思うんだが」


院内にも回復魔法士が数名いるが、人手不足でな。――と、ディオンは付け加えた。


「ここは軍の病院だから、情報統制が行き届いている。万が一メアリが、情報が洩れる危険は少ない。――とは言え、やはり自分からばらすようなマネは絶対に避けてほしいが」


『竜鎮め』は聖女だけにしか行えないが、治癒や解毒の魔法は回復魔法士にも可能だ。だから、エミリアには回復魔法士として働ける場所を与えたい――それが、ディオンの提案だった。


ダフネに向かって、ディオンは言った。


「ダフネ。メアリが本気を出し過ぎないように、お前がそばで見張っていてくれ」

「……お任せくださいませ」

ダフネの声は、微かにふるえていた。剃刀色の瞳に優しい光が灯り、無表情ながらも喜びがにじみ出ている。


エミリアは、無言で棒立ちしていた。

だが、彼女の頬は朱に染まり、表情は『ぱぁあああ……!』という音が聞こえてきそうなほど光に満ちている。


「どうした、メアリ。それじゃあ不満か?」

「ディオン様!!!」


目を輝かせ、エミリアはこらえきれなくなった様子でディオンに飛びついていた。

「嬉しいです! ありがとうございます!!」

「そ。そうか」


エミリアは彼にぎゅうぅ、としがみついていたが、ふと我に返ってその腕を離す。

ディオンも落ち着かない様子で、視線をうろうろ彷徨わせていた。


初心なふたりのやりとりに、ダフネは思わず小さく息を吹き出す。

「……え。ダフネ、今、笑った!?」

「笑っておりません」

「ううん、今、笑ったよね!? 私、ダフネが笑うの初めて見たよ?」

「気のせいかと」


そんなやりとりをしながらも、エミリアは幸せを噛みしめていた。


――やけくそで密入国した隣国で、こんな幸せが待っているなんて!





   *



今後の勤務についての打ち合わせを病院内で済ませたのち、エミリア達は領主邸へと戻った。

今は執務室内で、ディオンとエミリア、そしてエミリアの『父親役』であるグレイヴ・ザハットの3人だけで打ち合わせ中だ。

父娘という設定である以上、ザハットにもある程度の情報は共有しておいたほうがいい――というのがディオンの判断だった。


「――というわけだ、ザハット。メアリは回復魔法の心得があり、彼女自身も騎士団病院内での勤務を望んでいる。領主夫人としては異例かもしれないが、彼女の意思を尊重したい」

「かしこまりました。我が娘メアリよ、存分に励むがよい」

「はい」


そのとき、執務室のドアをノックする音が響いた。

ディオンの許可を得て、家令が入室してくる。


「旦那様。王室より来月の『夏華祭』の招待状が届いております」

「夏華祭? あぁ、もうそんな季節か」


ディオンが、面倒くさそうに眉を顰める。

「俺は今年も行く気もないし、招待状はいらないと前にも伝えたはずなんだがな。相変わらず、王室関係者は頭が固い」


家令はディオンに招待状を手渡しながら、もうひとつの要件を告げてきた。


「今回は招待状だけでなく、ミカエル王配殿下からの書簡も到着しておりますが」

「義兄上から? 珍しいな」


ディオンに手紙を手渡すと、家令は退室していった。

怪訝そうな顔をして封筒を見ているディオンに、ザハットが声をかける。


「ディオン様、我々は退出いたしましょうか」

「いや、そのままでかまわない。どうせ大した用事じゃないだろ――」


封を破って手紙を読み始めたディオンの顔が、徐々に曇っていった。


(……手紙によくない事でも書いてあったのかしら)

エミリアが心配そうに様子を見ていると、ディオンは息を吐きながら言った。


「女王陛下が……姉上がお倒れになったそうだ」


ザハットとエミリアが同時に顔をこわばらせる。


「して、女王陛下のご容体は」

「宮廷医師が診断したが、倒れた原因はよく分かっていないらしい。『ただの過労だと思うが、念のための報告だ』と義兄上の手紙には書いてある。俺が顔を見せたら、姉上も喜んで元気になるに違いない――と」


ディオンは息を吐いていた。姉を心配する気持ちが、態度に滲み出ている。


「幼い頃の姉上は、病弱でよく倒れていたんだ。成人なさる頃にはすっかり健康になられて、ここ十年以上は倒れることもなかったんだが。……やはり心配だな。王都に戻るのは気が進まないが、夏華祭に参加するという名目で姉上の様子を見てくるよ。姉上の不調は内々の情報だし、普段王都に近寄らない俺がいきなり見舞いに行ったら悪目立ちするだろうから」


出発の準備をしないとな――と、眉間を抑えてつぶやくディオンに、エミリアは声を掛けた。


「ディオン様、私も付いていってもいいですか?」

「それは構わないが、なぜ――」


ディオンは言い掛けてから気づいた。エミリアの目が、きらきらとやる気に燃えていたからである。


「私は回復魔法士ですから! たぶん、女王陛下のお役に立てると思います」


もちろん、聖女としての能力は絶対に見せない。

だが、回復魔法士としてならばエミリアは十分役に立てるはずだ。


「……メアリ。君の言葉に甘えてもいいか?」

「喜んで」


深くうなずくエミリアに、ディオンは柔らかな笑みを浮かべた。



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