【19】一方、レギト聖皇国では③
レギト聖皇国の主神殿では、聖女カサンドラが「竜鎮め」の儀式を執り行っている真っ最中である。
鎮めの間と呼ばれる竜鎮め専用の小部屋にいるのは、カサンドラと神官長、そして壮年の男が一名――。
「きゃぁああああ! 近寄らないで、この化け物!」
悲鳴を上げながら、カサンドラは危うげな手つきで魔法陣を描き上げた。
そんなカサンドラに、壮年の男が唸り声を上げて飛び掛かる。
男とカサンドラの間に光の魔法壁が展開され、男は壁に遮られた。
男は獣のような唸り声を上げ、憎らしげにカサンドラを睨む――彼の瞳は鮮烈なまでの虹色で、竜化病に侵されているのが一目瞭然であった。
がぎぃ、がぎん、と胸の悪くなる音を響かせ、竜化病の男は光の壁を力任せに殴りつけて壊そうとしていた。
「ああ、なんて忌々しい! ……こんな凶暴な病人を、なぜわたくしが癒さなければならないのかしら!?」
涙目になって青ざめながら、カサンドラは壁の向こうの男に向かって悪態をついていた。
そんなカサンドラに、神官長が声援を送る。
「頑張ってくださいませ、カサンドラ皇女殿下! お早く、竜鎮めをお願いします!」
神官長は儀式には関わらず、自身の魔法壁を作って安全な場所からカサンドラを応援していた。
「神官長! あなたも少しは手伝いなさい!!」
「それは無理でございます。竜鎮めは聖女の力がなければ出来ない秘跡ですので。……おぉ、早くせねば皇女殿下の魔法壁が持ちませんぞ!」
「え!? ……きゃぁあ!」
カサンドラの魔法壁に亀裂が入り始め、彼女は大慌てで竜鎮めの祝詞を叫んだ。
「汝、恐れること
カサンドラが早口で祝詞をまくし立てると、竜化病の男の目から虹色の光が失せた。男は力尽きたように、その場に倒れこむ。
「……ひぃ! なんておぞましいのかしら!」
カサンドラは気絶した男を睨みつけ、部屋の隅まで後ずさった。
「わたくしはちゃんとやりましたわよ! これで文句ないでしょう!?」
「お疲れ様でございます、カサンドラ皇女殿下。あざやかな手並み、まさに真の聖女にふさわしい!」
神官長のワザとらしいお世辞は、カサンドラには耳触りだった。儀式で魔力を使い果たしてしまったらしく、やたらと体が重い。
「何でもいいから、さっさとその男を片付けなさい!」
鎮めの間に数名の神官が入室してきて、壮年の男を運んでいく。
「……わたくし、竜鎮めなんて二度とやりたくありませんわ」
しかし、神官長は目を丸くした。
「なにを仰いますか、皇女殿下。明後日には、次の患者が運ばれてくる予定ですぞ?」
「えぇっ!?」
カサンドラの顔が引きつる。
「…………やりたくありませんわ」
「やってくださいませ。聖女の務めでございます」
「竜化病患者なんて、ずっと牢屋に閉じ込めておけば良いじゃないの! 年間にたったの百名足らずしかいない病気でしょう? わざわざ
「そんなことをしたら、法王猊下の定めた大陸法に背くこととなります」
「くっ」
言葉に詰まるカサンドラを、残念そうな目で神官長は見つめている。――偽聖女エミリアのほうが優秀だったのに、とでも言いたげな表情だ。
「……神官長。その目をやめなさい」
「はい?」
「そんな目でわたくしを見るなと言っているのよ!!」
馬鹿にしないで頂戴!! とカサンドラは声を荒げた。だが、叫ぶだけでも疲れてしまう。
「わたくし、もう帰ります!! 今日の仕事はもう済んだのだから良いでしょう!?」
カサンドラは鎮めの間から飛び出した。
そのまま皇城へと帰ろうとするが、疲労困憊でへなへなとへたり込んでしまう。
「聖女様!?」
「カサンドラ様、大丈夫ですか!?」
周囲の神官に助け起こされ、カサンドラはようやく馬車へと乗り込んだ。
(……聖女の仕事なんて簡単だと思っていたのに、ここまで大変だったなんて。エミリアの処分を命じるのは、時期尚早でしたわ。……エミリアはまだ生きているかしら? 何とかエミリアを連れ戻して、竜鎮めだけでもやらせなければわたくしの身が持たない……!)
しかし皇城に戻ったカサンドラは、エミリア捜索に関する最新の報告を聞かされた。
「……っ、エミリアが死んだ? 魔獣の森で!?」
「はい。偽聖女は、脱獄を手引きした女とともに魔獣に喰われた模様です。死体は魔獣の巣の中にあり、損壊が激しくて回収不能とのことでした。捜索隊が、遺留品だけはかろうじて持ち帰って来られたと」
谷底に突き落とされたような気分で、カサンドラはその報告を聞いていた――殺せと命じておきながら、どこまでも身勝手な皇女である。
実際にはダフネの手による偽装工作だったのだが、カサンドラには知る由もなかった。
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