【Epilogue】聖女エミリアの祝福
契約書を燃やした日から、さらに3か月。エミリアとディオンは二度目の結婚式の日を迎えた。
式場は王都の主神殿。国内最大の神殿であり、礼拝堂にはすでに二千人を越える参列者たちが列席している。
「き、ききき……緊張、します」
開式直前の控室で、ウェディングドレス姿のエミリアはガチガチに緊張していた。
父親役を任されたヴァラハ駐屯騎士団参謀長のグレイヴ・ザハットが、怪訝そうに首をかしげる。
「我が娘よ、なぜ緊張しておるのだ? 以前の結婚式と同じではないか」
「でも、規模があまりに違い過ぎて」
(ていうかザハットさん、また『我が娘』って呼んでる……)
仮初の親子関係を解消してからも、ザハットはしばしば『我が娘』と彼女を呼んでいた。
「参列者が一人でも二千人でも、さして変わらん。多対一の戦闘も、実際には一人ずつ倒してゆくのが定石だ」
「ちょっと例えが間違えてると思います」
ふたりの会話をすぐそばで聞きながら、ダフネがくすくす笑っていた――最近、ダフネはよく笑う。今回の結婚式には、ダフネも『新婦側の家族』として参加することになっている。
「エミリア様。せっかくの結婚式なのだから、思いきり楽しまれてはいかがです?」
そう言って、ダフネはエミリアの右耳に触れた。右の耳には、ディオンにもらった海青石のイヤリングが輝いている。
「殿下と、ますますお幸せに」
「ありがとう、ダフネ」
ぎゅっと抱きしめ合ってから、エミリアはザハットと共に礼拝堂へと向かって行った。
礼拝堂の扉が開き、荘厳なパイプオルガンの音色と共に式が始まる。
ザハットの腕に手を添えて、礼拝堂の最奥で待つ正礼装のディオンのもとへと進んでいった。
王弟の結婚とあって、参列者もそうそうたる顔ぶれだ――女王と王配、幼い王子たちと、その他の王族や政府高官、他国要人や国内貴族。……しかも、今回の参列者は王侯貴族にとどまらなかった。
「わぁ! おねえちゃんきれい~!」
「こら、ミーリャ。結婚式は、うるさくしちゃダメなんだぞ」
エミリアは、声の方へと笑顔を向けた。
ミーリャとマルク、その家族たちがエミリアに手を振っている。ほかにも見知った顔が参列席にたくさんあった。ディオンの判断で、平民階級も広く招くことにしたのだ。
先日ディオンは自身が竜化病患者であったことを国内外に公表し、竜化病への偏見をなくすよう強く求めた。エミリアも彼とともに、今後ますます啓発に力を注いでいくつもりだ。
エミリアとザハットは、さらに歩みを進めていく。参列席には、賓客として招かれた『砂の民』の姿も多い。人種も身分も幅広く、活気に満ちた式にしたい――それがエミリアとディオンの希望だった。
礼拝堂の最奥で、エミリアはディオンと手を重ねる。
ディオンの左耳には、海青石のイヤリングが輝いていた――壊れたものを修理して、片耳づつ付けることにしたのだ。離れ離れだった一対が、今では並んでここにある。
「新婦エミリア・ファーテ。貴女はこの男性をいつ如何なる時も愛し敬い、慈しむことを誓いますか」
神官の前での『愛の宣誓』も、今回は躊躇なく誓えた。
「それでは、聖女エミリアよ。民への誓いを、述べてください」
「はい」
愛を誓ったあと、『聖女としての誓い』も立てることになっていた。参列者に向き直り、エミリアは声を響かせる。
「私はディオン殿下の妻として――そしてログルムントの聖女として、この国の人々を愛し敬い、慈しむことを誓います!」
両手を広げて、全力の回復魔法で礼拝堂を光に満たした。清らかな結晶光が、雪のように舞い降りていく。
ディオンは、苦笑していた。
「でも、あまり張り切り過ぎるなよ? 君ひとりで全てを背負う必要はないし、むしろそれではダメなんだ。俺もみんなも聖女を支えるよ」
「ディオン様……」
誓いの口づけを――と神官に言われたエミリアは、頬を淡く染めながらディオンに向き合った。
今度は逃げない。逃げたくない。
そっとヴェールをめくられて、吐息がゆっくり近づいてくる。
交わした深い口づけは、とろけるように甘かった。
いまだ舞い続ける結晶光が、人々の歓声が、ふたりを祝福している。
――ディオン様。大好き。
かつてニセモノだった聖女エミリアは、この世のすべてに祝福されて満ち足りた笑みを浮かべていた。
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最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
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