【3】雇った野盗は……。
ダフネは意識を失っている。土気色の顔でぐったりしたまま、老人に抱きかかえられてラクダに乗せられていた。老人がラクダを歩ませ始めると、褐色肌の男と眼帯の男もそれぞれ自分のラクダに乗って進みだした。
エミリアとディオンの乗った馬も、彼らの後ろにゆったりとついていく。エミリアは背後で手綱を握るディオンと体が密着しないよう前寄りに座りながら、馬上で考えを巡らせていた。
(……この人たち、いったい何者なの? いかがわしい集団なのは見た目に明らかだけれど、意外と良心的だわ)
密入国者と知りながら、エミリアの面倒を見てくれるという。
(もしかして〝義賊〟なのかしら。自分なりのポリシーがあって、弱者には優しい……とか?)
警戒しつつも、エミリアはディオンをちらりと振り返った。視線に気づいたディオンが、海色の瞳で笑いかけてきた。少年のように澄んだ目をしている。
(この男を雇ったら、頼りになるかもしれない)
エミリアの胸に、ふとそんな思いがよぎった。
(悪くないかも。もともと、ログルムント王国に着いたら用心棒を雇う予定だったし)
現地の情勢に詳しくて、腕の立つ者を雇いたい――そう思っていた。
ディオンは適任かもしれない。
(無事に密入国を果たせたとしても、私とダフネは不法侵入の犯罪者……。ログルムント国籍を持つことはできないから、目立たずひっそり暮らさなければならない。だからこそ、現地人の用心棒が必要なの)
無法者を頼るのはハイリスクかもしれないが、背に腹は代えられない。
エミリアはディオンを見つめて、あえて強気な態度で言った。
「ねぇ。あなた、私に雇われる気はない?」
「はっ?」
ディオンが素っ頓狂な声を上げる。
「俺を雇う? お前が??」
「ええ。あなたは強いし意外と責任感がありそうだし、気に入ったわ。報酬はきちんと出すから、どうかしら」
ディオンは口を開けてぽかんとしていたが、やがて大笑いを始めた。
「お前って、やっぱりおもしろい女だな!」
「やっぱり?」
首をかしげるエミリアに応えず、ディオンは目尻に涙を滲ませて笑っている。
「いいよ。俺もお前が気に入ってるんだ。雇われてやる」
顔を輝かせたエミリアを見つめ、「ただし――」とディオンは続けた。
「ただし報酬は
ディオンの指が、エミリアを指す。
「お前自身を、報酬として貰いたい」
エミリアの顔色が変わった。
「……野盗の情婦になれってこと?」
「まぁ、そんな所だ。正確に言うと、俺との契約結婚に応じてほしい。条件にぴったり当てはまる相手が見つからなくて、困っていたんだ。お前ならまさに適任者だよ」
契約結婚? ……野盗が?
訳が分からず、エミリアは目を白黒させている。
話をしているうちに、砂漠の端が見えてきた。足元の砂が固い地面へと変わり、低木が増えていく。城壁で囲まれた大きな街が近づいてくる。
白い歯を見せて、ディオンは悪戯っぽく笑っていた。
「俺の屋敷に案内するから、そこで詳しい話をしよう」
***
数時間後。
ディオンの屋敷の応接室で、エミリアはガチガチに緊張して縮こまっていた。
「………………屋敷って」
そこは、白亜の大邸宅だった。
不潔な
「お茶でございます。旦那様がお見えになるまで、ごゆるりとお待ちくださいませ」
「ど、どうも」
メイドに出された紅茶から、優美な香りと湯気が立ち上っている。
(……どういうこと!? あのディオンって男、ただの野盗じゃなかったの!? このお屋敷、明らかに領主邸レベルだけど?)
今のエミリアは、薄汚れた旅装から空色のドレスへと着替えさせられていた。屋敷に着くなり、ディオンがメイド達に「彼女の世話をしてやってくれ」と命じたのだ。
メイド達に浴室へと導かれ、身綺麗にされてドレスを着せてもらったのはついさきほどのことである。
「待たせたな」
「!」
応接室に入ってきたディオンの姿に、エミリアは目をみはった。
砂漠にいたときの粗野な印象とはまるで違う――シャツと黒のトラウザーズという服装はシンプルだが縫製の良さが際立っており、汚れを落として整えた金髪は先ほどよりさらにきらびやかに見える。
彼の出で立ちはまさに、王侯貴族のそれだった。
「あなた一体、何者なの!?」
思わず腰を浮かせたエミリアは、戸惑いに声を上ずらせた。
「名乗りが遅れて失礼した。俺はディオン=ファルサス・ログルムント。王家直轄領ヴァラハの現領主――そして女王ヴィオラーテ=ファルマ・ログルムントの弟だ」
彼はゆったりと歩み寄り、エミリアの亜麻色の髪を一房手にとって微笑した。
「俺を雇いたいんだろう? 詳しい雇用条件を相談しよう」
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