【31】グスマン侯爵の破滅

鼓膜を震わす爆音と、地鳴りのような大振動。

夏華祭でパーティホールにいた貴族たちの顔にも、緊張が走る。


「な、何事かしら……?」

「外を見てみろ……! 賓客棟の最上階が……爆破されたようだぞ!?」


恐怖に駆られ、ホールから出ようとする者たちも多い。ホール全体がパニック状態に陥りかけたが、女王ヴィオラーテと王配ミカエルの采配でひとまずは落ち着きを取り戻した。


「静粛に! 兵が事態の収束を図っています。ホール内の安全は確保されていますから、誰もここから出てはなりません!」


ざわめく貴族たちの中に、グスタフ・グスマン侯爵の姿もあった。

恐怖に青ざめているのは他の者たちと同様だが、しかしグスマン侯爵はひときわ顔色が悪い。


(な、なんだ、今の爆発は!? 爆発元は、ディオン殿下の居室のようだが……まさか【影】がミスでも犯したのか? メアリ妃に毒を盛ってから投身自殺を偽装する計画だったのに、なぜ爆発が起きるんだ!?)


冷たい汗をダラダラと流し、グスマンはうつむいていた。


(どういうことだ!? せっかく私がディオン殿下を揺さぶって、メアリ妃をひとりきりにする隙を作ったのに……! 何が起きているんだ!)


サラがメアリに毒を飲ませ、動けなくしたところを【皇家の影】が暗殺する手はずになっていたのだ。

レギト聖皇国の皇太子ヘラルドから、グスマンは【影】を十数名ほど託されていた。それらを用いて王弟妃を暗殺せよ、という指示を受けていたのである。


(首尾よく殺せば、私の貢献を評してレギト聖皇国との特級交易権を与えてくださるとヘラルド殿下は言っていたのに。ディオン殿下とカサンドラ殿下が結婚し、将来的にログルムントがレギトの傘下に入ることとなれば、レギトの爵位をお与えくださるとも言っていたのに!)


計画が水の泡――それどころか、自分の関与が明るみに出たら処刑は免れない。

グスマン侯爵は、周囲の様子をうかがっていた。


(そういえば、ホールに給仕係として潜入していたはずの【影】も、全員いなくなっている。……嫌な予感がするぞ)


状況を把握したいが、外に出ることは女王の命令によって禁じられている。

真っ青になりながら、呼吸を整えていたそのとき――。


靴音激しく、王弟ディオンがパーティホールに戻ってきた。

戦神の如き気炎を噴き上げて、ズカズカと踏み込んでくる。

普段のディオンが宮廷内で見せる気品あふれる振る舞いとのギャップに、居合わせた貴族たちは息を呑む。


ディオンの背後には、ヴァラハ駐屯騎士団の騎士達が付き従っていた。

騎士らの先頭に立つのは、頬に刀傷のある老騎士と鋭い美貌の女騎士だ。

物々しい雰囲気にグスマンは呆然としていた。しかしディオンがこちらの姿を認めるやぎろりと睨んできたので、「ひぃ!」とすくみ上ってしまう。


ディオンはグスマンのすぐ目の前まで歩み寄り、胸ぐらを引きずり上げて宙づりにした。

「っ……、で、殿下……っ」

「先程の爆発は、逆賊共との交戦に関連するものだ」

「ぁぐっ……」

ぎりり、と歯の根を軋らせて、ディオンは憎らしげな表情でグスマンを睨めつけている。


「侵入者どもは、我が勇猛なる騎士たちが一人残らず捕縛した。グスタフ・グスマン! 貴様には国家反逆罪の嫌疑がある――洗いざらい吐かせてやるから、覚悟しろ」


死刑宣告されたような心境で、グスマンはディオンの声を聞いていた。

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