22:彼こそ宮廷魔導師団長

「――話は全て聞かせていただきましたわ!!」


 バーン!!


「!!!??」

 蝶番を吹っ飛ばす勢いで居間の扉が開かれ、抱き合っていたリナリアとイスカは即座に離れて距離を取った。


「な、なんだ?」

 動揺しているイスカと共に顔を向ければ、廊下にバークレイン一家が勢揃いしていた。


 先頭にいるエルザは左手に光り輝く謎の立方体を持っていて、ヴィネッタは申し訳なさそうな笑みを浮かべ、イザークは何故か渋面。

 察するに、ヴィネッタとイザークはエルザに付き合わされているらしい。


「覚醒おめでとう、リナリア。やはりあなたが《花冠の聖女》でしたのね」

 言いながらエルザが歩み寄ってきた。


「ありがとうございます」

 リナリアが左手の甲を見せると、エルザは微笑んだ。


「道理で人並外れて歌が上手なわけですわ。なんといっても女神マナリスの加護を受けているのですから、ただの人間が敵うわけありませんでしたわね。ウィルフレッド様もお可哀想に。ライバルが卑怯な手段を使わなければ、聖女を娶ることができましたのにね。いえ、ウィルフレッド様には残念な結果になりましたが、イスカ様にとってはそれで良かったのかしら? リナリアがウィルフレッド様の妻になっては困りますものね」

「……まあな」

 エルザに視線を投げられ、イスカは頷いた。


「あらあら」

 エルザは赤面しているリナリアを見て笑い、向かいのソファに座った。

 ヴィネッタとイザークもリナリアに祝福の言葉を言ってからエルザの隣に座り、リナリアとイスカもソファに腰を下ろした。


「その光り輝く立方体は何ですか?」

 エルザがテーブルの中央に置いた立方体が気になって、リナリアは尋ねた。

 立方体は相変わらず金色に光り輝いている。


「これは遠距離交信を可能とする魔道具です。 魔力のない人間にとってはただの綺麗な箱でしかありませんが、お兄様のように魔法に長けた魔導師が使うとこの通り。遥か彼方、《魔導の塔》にいるお父様とも交信ができるというわけですわ!」

 エルザは豊かな胸を突き出すようにして胸を張った。


(お父様って――宮廷魔導師団長ジョシュア様!?)


《初めまして、イスカ王子。リナリア。音声のみで失礼する》


 立方体から低い男性の声が聞こえてきて、リナリアはぴっと背筋を伸ばした。

 反射的に背筋を伸ばしてしまうほど、男性の声には威厳があった。


「は、初めましてジョシュア様! リナリアと申しますっ」

 ジョシュアには見えていないだろうが、リナリアは深く頭を下げた。


「イスカだ」

 つられたようにイスカも挨拶した。


《宮廷魔導師団長ジョシュア・バークレインだ。エルザから大方の話を聞いた。イスカ王子はバークレインの助力を求めているそうだな》


「ああ。このままではセレンは遠からず殺されるだろう。だから――」


《違うな》

 ジョシュアがイスカの台詞を遮った。


《『遠からず』ではない。エルザがいなければ、とうにセレン王子は死んでいる》


「……どういうことだ?」

 イスカは青ざめて、光り輝く立方体からエルザに視線を転じた。


「……非常に申し上げにくいことなのですが……王宮はセレン王子を見捨てました。半年ほど前から王子の生命維持に関わる薬を支給しなくなったのです」

 エルザは金色の目を伏せて言った。


「え!?」「は!?」

 リナリアとイスカは驚愕の声を上げた。

 さきほどエルザが言いにくそうにしていたことは、どうやらこのことだったらしい。


「無論、セレン様に仕える女官たちは再三訴えたそうです。しかし、誰にも聞く耳を持っていただけず――」


「ちょっと待てよ、あいつは薬を飲まなきゃ死んじまうんだぞ!?」

 イスカは激しく狼狽えて立ち上がった。


「半年って、そんな長い間――身体が持つわけ――じゃああいつは、まさか――」


《落ち着け。『エルザがいなければ』と言っただろう。君の失踪によるショックで寝込んではいるが、セレン王子は存命だ。幸いなことに、エルザはセレン王子に投与されていた薬を全て覚えていた。どうか王子を助けてくれとエルザに懇願された私は四方八方手を尽くし、該当する薬を探し出した。エルザはその薬を王子に与えていたんだ》

 イスカは呆然とエルザを見た。エルザが頷く。


「言いましたでしょう、『セレン様の女官を務めている三人とはいまだ密に連絡を取り合っている』と。何も楽しく文通しているわけではありませんのよ。セレン様の容態を聞きつつ、裏から手を回して薬を送っていましたの」

「…………そうか……」

 イスカは長々と息を吐き出してからソファに腰を下ろした。片手で額を押さえ、感情のこもった声で言う。


「ありがとう。本当に……」


《安心するのはまだ早い。薬を断っただけでは死なぬと見たらしく、焦れた何者かは刺客を送ってセレン王子を殺そうとした》


 イスカは目を剥き、リナリアは手で口を覆った。そうしなければ悲鳴を上げていた。


《護衛役として張り付けていた部下が返り討ちにしたが、敵が諦めたとは思えない。恐らくこれからもセレン王子は襲撃を受けるだろう》


「そんな……どうすれば良いのですか? どうかお知恵をお貸しください、ジョシュア様」

 縋るように言うと、ジョシュアは少しの間を置いて質問してきた。

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