27:王城にて(1)
二日後。リナリアはフルーベルの王城で大変身を遂げていた。
「終わりました。どうぞご確認ください、リナリア様」
リナリアの顔に化粧を施した侍女が下がると、二人の侍女が猫足つきの姿見を運んできた。
(……これが本当に私なの?)
姿見に映る自分自身の姿を見て、リナリアは何故この部屋にいる三人の侍女たちが誇らしげな顔をしているのかを理解した。
化粧のおかげで輝きを増した肌。
ほんの少し赤みを添えられた頬に、艶やかな光沢を放つ薔薇色の唇。
長い睫毛に守られた緑色の瞳は、いつもよりぱっちりと大きく見える。
コルセットを締めた身体を包むのは瞳と合わせた豪奢な緑色のドレス。
髪は両側を編み込み、後頭部には華やかな髪飾りがつけられていた。
耳元と首元で輝いているのはダイヤモンド。
「ありがとう。あなたたちのおかげで、自信を持って陛下に拝謁することができます」
リナリアは微笑んだ。
(ああ、本当はもっと大げさにお礼を言いたい! 素晴らしい仕事をしてくれた女官の皆さま一人一人に頭を下げ、握手して回りたい!! 私、つい昨日まで平民だったのに! 昨日ジョシュア様の養女になったばかりなのに!)
しかし、昨日エルザと共に入城したときからリナリアの演技は始まっているのだ。
『聖女らしく振る舞い、常に威厳を持つことを忘れるな、女官にへりくだるなどもってのほか』とエルザからは厳しく言われている。
「勿体ないお言葉です」
姿見の左に立つ侍女は嬉しそうに笑い、頭を下げた。
「さあ、イザーク様とエルザ様がお待ちでございます。行ってらっしゃいませ」
「行ってらっしゃいませ」
他の侍女たちも彼女に続いて頭を下げる。
「はい。行ってきます」
リナリアは立ち上がり、侍女が開けた扉をくぐった。
上等な生地を贅沢に使ったドレスはずっしりと重い。
久しぶりに履く踵の高い靴は慣れるまで少々時間がかかりそうだ。
いつもより遅い歩調で控えの間を通って廊下に出ると、壁際にイザークとエルザが立っていた。
黄色のドレスに身を包み、いつも以上に着飾った麗しの姫君を見た瞬間、リナリアは現実を思い知った。
侍女たちの手によって少しは美しくなったと思ったが、やはり本物の美人の輝きには敵わない。
彼女が大輪の薔薇なら、自分は薔薇に添えられたカスミソウ――いや、カスミソウにもなれそうにない。せいぜい道端に咲くタンポポだろう。
「どうしたんですの、壁に手をついて項垂れて。緊張で気分が悪くなったのかしら?」
エルザが首を傾げた。その耳元で、
「いえ。改めて現実を思い知っていたところです……私は自分の思い上がりを恥じます……」
「何を訳の分からないことを言っているの。行きますわよ、陛下をお待たせするわけにはいきません。あなたに全てかかっているのですから、しっかりなさい」
「……はい」
出発前、リナリアの手を弱々しく握ったセレンの手の感触を思い出す。
当時、セレンは体調を崩して熱を出していたため、その手は温かった。
――気を付けて。どうか、イスカのことをよろしく。
熱に潤んだサファイアの瞳には不安と心配が同居していた。
ベッドに横たわるセレンの左手首にはイスカの腕輪があった。王城へ行く前にイスカが預けたのだ。
公爵邸に残った彼はこの先、何度も腕輪を見てはイスカのことを思い、心配するのだろう。
「良い目ですわ。自分の使命を思い出したようですわね。では参りましょう、お兄様」
「ああ」
貴公子然とした装いのイザークが歩き出し、エルザとリナリアは彼の後に続いた。
廊下を歩くリナリアたちを多くの人々が気にしている。
向けられる視線には好奇心も含まれるが、おおむね好意的なものだ。
イザークに道を譲った侍女たちは頬を染めて頭を下げ、警備中の兵士たちはエルザに見惚れている。
あらゆる者を虜にしながら美人兄妹は廊下を進み、階段を上り、やがてこの城で最も大きな扉が見えてきた。
扉の両脇では槍を持った兵士が直立している。
(とうとう着いた。着いてしまった)
緊張に喉が渇き、手のひらに汗が滲む。
あの扉の向こうにフルーベルの王がいる。
王だけではなく、大臣や宮中神官長も待ち構えているはずだ。
リナリアが本物の聖女かどうかを見極めるために。
(大丈夫。私は本物の聖女だもの。私の歌はみんなが褒めてくれたし、花瓶の花も庭の花も咲かせることができた。私は《花冠の聖女》として、必ず《光の樹》を蘇らせてみせる)
右手を強く握る。
イスカが聖女を望むならば、リナリアはそうでありたい。
全身全霊をもって、彼の期待に応えたい。
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