12:「クソみたいな話ですね」

(あっ)

 ソファの背もたれに隠れて見えなかったが、エルザの斜め前、対面のソファにイスカがちょこんと座っていた。

 どうやらイスカも入浴させられていたらしく、陽を浴びた白い体毛がキラキラ輝いている。


 リナリアと目が合うと、イスカは視線を逸らした。

 ずきりと胸が痛む。


 イスカは怒っているのだろうか。

 一年も一緒に居ながら、王子だと全く気付かず、無礼な真似ばかりしてきたリナリアに。


「お座りなさい。王子、リナリアが隣に座っても構いませんわよね?」

 イスカが頷いたのを見て、リナリアはイスカの隣に座った。

 イスカとリナリアの間には人一人分の距離がある。


 それはそっくりそのままイスカの心の距離を示しているようで、悲しかった。


 エルザに勧められて、リナリアは焼き菓子を頬張り、紅茶を一口飲んだ。

 美味しいはずなのに味がしない。


「リナリアが身支度を整えている間に、王子からお話を聞きました」

 一息ついたところで、エルザが話を切り出した。


「いえ、『情報を聞き出した』という表現が正しいですわね。王子には『魔物になる呪い』に加えて『言葉を伝えられない呪い』がかけられているようです。呪いをかけた犯人にとって不都合な事柄は言わせない。そういうことなのでしょう。しかし、犯人の目星はつきます」

「誰ですか!?」

 リナリアはテーブルに両手をついて身を乗り出した。


 エルザに視線で嗜められ、腰を下ろす。

 着席したリナリアを見て、エルザは再び唇を開いた。


「十中八九、第二王妃ロアンヌの仕業でしょう。セレン王子は政務に耐えられない身体です。一方、秘匿されたイスカ王子は至って健康で、王妃にとっての不安要素。愛する息子ウィルフレッドを玉座に座らせるには邪魔でしかありません。『暗殺』ではなく『魔物化させて追放』。なんとも狡いやり方です。ご本人を前にして口にするのは憚られますが、この方法ならば王子が命を落としたとしても、周囲は咎めにくい。『わたくしはマナリス教の敬虔な信徒として、女神の導きに従っただけです』とでも言えば、国王も口を閉じざるを得ないでしょうし――ああ、全く。頭の痛い話です」

 実際に頭痛を覚えたのか、エルザはこめかみを押さえた。


「……エルザ様。私には全くわかりません。イスカ王子を魔物化させることが何故マナリスの導きになるのですか? そもそも何故、イスカ様は存在を隠されているのですか?」

 リナリアは隣のイスカを見た。

 イスカは俯き、何も言わない。


「イスカ様はセレン様の双子の弟君なのでしょう? ならばイスカ様は第二王子、ウィルフレッド様は第三王子になるはずです。それなのにウィルフレッド様はこの国の第二王子とされている。一体どうしてこんな異常事態になっているのですか? ありえません。この国はおかしい。狂ってます」

 言い過ぎかもしれないが、隣で寂しげに俯いているイスカの姿を見ていると、言わずにはいられなかった。


「……ええ。そうですわね。わたくしも狂っていると思いますわ」

 エルザはため息をつき、語り始めた。


 そもそもの発端は二百年前。

 この国に双子の王子が生まれた。


 双子の王子は両者共に優れた魔導士だった。

 兄が魔法で山を割れば、弟は魔法で海を割った。


 国で一、二を争う魔力の持ち主であり、学問にも武芸にも秀でた双子の姿を見て、国王夫妻は大いに喜んだ。


 双子が手を取り合えば、フルーベルはより豊かで、より素晴らしい国になる。

 そう信じて疑わなかった。


 フルーベル王国の輝かしい未来に暗雲が立ち込めたのは、双子が十三歳を迎えたとき。


 慣例通りに第一王子を王太子とし、宣誓式を行うと宣言した国王に弟の第二王子が異を唱えた。


 ――自分のほうが兄よりも優れている。自分たちは双子であり、ほとんど同時期に生まれた。たった五分遅れて生まれただけで自分が王になれないのはおかしい。


 ――ふざけるな、私のほうがお前よりも優れている。王に相応しいのはこの私だ。


 兄は弟の意見をはねつけた。

 双子の王子は互いに玉座を望んだ。


 兄派と弟派。

 フルーベル王国は真っ二つに分かれた。


 この戦いにより王国は滅亡の危機にまで陥ったが、滅亡寸前に辛くも兄派の軍が勝利した。


 弟は最期に狂ったような哄笑を上げ、あろうことか、この国の《光の樹》を魔法で切り倒した。


 マナリス教会の最高権力者――聖女たちはこの所業に怒り狂った。


 ――女神から賜った神樹を切り倒すとは何事か。


 マナリス教会は国王となった双子の兄に破門を言い渡した。

 

 ――今後一切、マナリス教会はフルーベル王国に関与しない。女神マナリスの加護を失ったフルーベル王国はいずれ全ての魔素マナを失い、魔法を使えなくなるであろう。


 未来を確実に言い当てる《予言の聖女》の言葉に、フルーベル王国の国民たちは困り果てた。


 戦争の被害は大きすぎて、それこそ魔法がなければとても復興できないような状態だったのだ。


 国民たちは一斉蜂起し、国王一家を処刑することでマナリス教会に許しと助けを求めた。


 次々と教会に押し寄せ、嘆願する人々を見て、マナリス教会の聖女たちは協議した。


 ――今後フルーベル王国の王家に生まれた双子の弟は悪魔とみなそう。その血を以て先祖の罪を贖わせれば、いずれマナリス様はお許しになるはずだ。

 ――いや、生まれたばかりの赤子の命を奪っては信徒の反発を招く。

 ――では、成人を迎えるまで獄に繋いだ後、聖なる炎で浄化させるか?

 ――その罪に相応しい魔物の姿に変えて森へ追放するのはどうだ?


 ろくでもない協議が行われた結果、最終的に条件付きでマナリス教会はフルーベル王国を許した。


 ――フルーベル王国に生まれた双子の王子は不吉の象徴である。もしも再び双子の王子が生まれた場合、十三を迎えたその年に決闘を行い、生き残った勝者を王とせよ。これは聖女の言葉。すなわち女神マナリスの言葉である。


 マナリス教会の聖女はそう言って、誓約書にサインを求めた。

 新しく王となった男は青ざめた。

 もしも自分に双子の王子が生まれたら、二人に殺し合いをさせなければならなくなってしまう。


 王は恥も外聞もなく跪き、許しを乞うた。

 哀れに思ったらしく、《予言の聖女》が言った。


 ――案ずるな、お前に双子の王子は生まれない。お前の子が双子を生むこともない。


 王は安堵し、誓約書にサインした。

 それから、後の王家のためを思い、双子の罪が許される方法を尋ねた。


 ――《光の樹》を蘇らせよ。愚行により枯れ果てた《光の樹》が蘇ることがあれば、それは天界におわす女神マナリスが双子の大罪を許したということ。フルーベル王国に奇跡の光が降り注いだそのとき、この誓約書は破棄されるであろう――


「………………」

 長い長い話を聞き終わり、リナリアは言った。正直な感想を。


「クソみたいな話ですね」


 びっくりしたらしく、イスカがこちらを見た。

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