53:「息子さんを私にください!」
「ありがとう」
イスカは数秒、黙した後で頭を下げた。
「どういたしまして」
イレーネは微笑み、カップをソーサーに置いた。
「魔物となったイスカ王子は《魔の森》でリナリアと出会った。一年という月日を経て君たちは心を通わせた。リナリアがウィルフレッド王子の妃選考会でセレン王子を慕う公爵令嬢エルザと知り合ったのも女神の導きだよ。ただの魔物だと思っていた相手がこの国の隠された王子だったと知ったリナリアは王子の境遇に同情し、愛する王子を救いたいと心の底から願うことで《花冠の聖女》として覚醒した。さきほどフローラと一緒に《光の樹》を見たが、一つだけ花が開いていたな。建国祭の当日、見守る国民たちの前で満開にするつもりなのか?」
「はい。そのほうがより印象的で、感動的だろうとイスカ様と相談して決めました」
「良い判断だ。では、《予言の聖女》が予言してあげよう。建国祭の当日、《光の樹》はリナリアの歌に呼応して見事に花開き、フルーベルの国民全てがリナリアを崇めることになる。マナリス教会はリナリアの偉業を認め、二百年前に王家の双子の弟が犯した罪は《光の樹》の開花をもって許されたとして例の誓約書を破棄する。以降、イスカ王子が表舞台に出ても何の問題もなくなる。二百年前より始まった悲劇の物語は大団円を迎えるというわけだ」
イレーネは満足そうだった。フローラも彼女の隣で微笑んでいる。
「ところでリナリア。《光の樹》が花開いた暁には、国王陛下にご褒美をねだるつもりだったのではないか?」
「そうでした!」
リナリアは立ち上がり、ソファに座るテオドシウスの前――はテーブルがあって無理だったので、彼の斜め前に跪いた。
イスカは落ち着かない様子でティーカップを持ち上げ、カップの縁に口をつけた。
「国王陛下! イスカ王子を私にください!!」
「――――!?」
イスカが盛大にむせた。
「まあ」
「あはははは!」
フローラは頬を朱に染めて口と目を丸くし、イレーネは腹を抱えて大笑いしている。
「えっ。なんで笑うんですか。私は至って大真面目なのに」
跪いたまま、リナリアは首を傾げた。
「おまっ、言い方!! そこは普通に『結婚させてください』でいいだろうが!!」
げほごほと苦しそうに咳き込んだ後で、イスカは立ち上がり、顔を赤くして叫んだ。
「いえ、私はイスカ様の人生丸ごと背負うつもりだったので、このほうが良いかなあと。単純に『結婚させてください』と言うよりインパクトもありますし」
「何でインパクトを求めた!? 危うく紅茶を噴くところだったぞこっちは!!」
二人でぎゃあぎゃあ騒いでいると、テオドシウスが笑った。
リナリアたちはぴたりと騒ぐのを止め、驚き顔でテオドシウスを見た。
何しろ、彼が笑うところを初めて見たのだ。
「……いや。なんでもない」
気まずそうに、テオドシウスは咳払いして誤魔化した。
「イスカとの結婚を求めるか。認めてやりたいが……しかし、建国祭で《光の樹》を蘇らせ、名実ともに救国の聖女となり、いま以上に民の心を掴むであろうそなたにはウィルフレッドの妃となってもらいたい。これは王家の総意だ」
「そんな……」
「イスカの妃となるより、シラー侯爵という強力な後ろ盾のあるウィルフレッドの妃となってもらったほうが国にとっては遥かに利がある。余はウィルフレッドを王太子とするつもりだ。ウィルフレッドの妃となれば、いずれ王妃になれるのだぞ? 女として最高の地位と栄誉を手に入れることができるのだ。そなたにとってもそのほうが幸せだと思うが」
テオドシウスの言葉を聞いて、リナリアは俯いた。
(ウィルフレッド様のことは決して嫌いではないわ。彼ならばきっと私を大事にしてくれると思う)
しかし、リナリアが真実結ばれたいのは彼ではないのだ。
助けを求めるようにイスカのほうを見れば、彼は俯いたまま何も言わない。彼もウィルフレッドの妃になるべきだと思っているのだろうか。そのほうが幸せだと。
(他人に譲らないでと言ったのに……)
胸がズキズキと痛む。
しばらく、沈黙が落ちた。
「……良いか、《花冠の聖女》よ。建国祭では、決してガーデンパーティーのような騒ぎを起こすでないぞ」
俯いていたリナリアの頭上から、テオドシウスの声が降ってきた。
「?」
意味がわからず顔を上げると、テオドシウスは神妙な面持ちで続けた。
「大勢の貴族や国民たちが見守る中で《花冠の聖女》がイスカを壇上に引っ張り上げ、『イスカと結婚する』などと宣言したら、余も貴族たちも大いに困ることになるのだ」
「ああ、そうだな。大勢の人間が目撃してしまっては、もうイスカ王子の存在を隠すことはできない。さらに、救国の聖女の意向を無視してウィルフレッド王子と無理やり結婚などさせたら、国民から非難が殺到するだろうな。王家の信用はガタ落ち、支持率は最低まで落ち込むだろうなあ……」
ちらりと、イレーネがこちらを見る。どこか面白がるような、試すような目で。
「……はい、陛下! 決してそのような大騒ぎは起こしません!」
目頭が熱くなるのを感じながら、リナリアは深く頭を下げた。
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