52:マナリス教会の聖女たち
丁寧な挨拶を交わしてから、リナリアはイレーネの隣に。
イスカはテオドシウスと共に向かいのソファに座った。
テオドシウスとリナリアたちがどんな話をしたのかを興味深そうに聞いた後、イレーネは「これはくれぐれも内密にしてほしい」と前置きしてから言った。
「私は《予言の聖女》と呼ばれているが、実際のところ、女神から神託を授かっているわけではないのだよ。もう五十年近く生きているが、私はこれまで一度も女神の姿など見たことがないし、女神の声など聞いたこともない。では何故未来を100%の確率で言い当てられるのかというと――信じがたい話だろうが、私には他人の未来が視えるのだ」
「未来が視える……?」
リナリアは当惑した。
他人の未来を視る。途方もない力だ。まさに神懸かりとしかいいようがない。
「……もしかして、代々の《予言の聖女》は未来視という特異能力を持っていたのか? それを、マナリス教会が女神の託宣を授かる力を持つ聖女、引いては女神の化身として祀り上げた、とか?」
思案顔を見せた後、イレーネの対面に座るイスカが尋ねた。
「正解だ。より多くの信者と信仰を集めるための、ちょっとしたペテンだな」
イレーネは出来の良い生徒を褒める教師のような態度で言った。
「私は未来視の力を使って、イスカ王子の様々な未来を視た。可能な限り、何百、何千もの未来をだ。その上で一年前、私は国王テオドシウスにイスカ王子を魔物に変えるよう助言した」
「……なら、イレーネ様が真犯人というわけですか」
「私を半殺しにしたいか?」
笑うイレーネを見て、背筋が寒くなった。
何故イスカを魔物にした犯人を半殺しにしようと言ったことを知っているのだろう。
(未来が視えるとは、一体どこまで視えているの? 王都で会ったとき、イレーネ様は『私とはいずれまた会うことになる』と言った。あのとき既に、今日ここで再び会うことになるのを知っていたの?)
「誓って言う。私に一切の悪意はなかった。ウィルフレッド王子の妃選考会を開き、イスカ王子を魔物に変えるよう国王に指示したのは、それがもっともイスカ王子が幸せになる方法だったからだよ」
イレーネはアメジストの瞳でイスカを見つめた。
「私が何の助言もしなかった場合、イスカ王子は地下に幽閉された状態でセレン王子の訃報を聞き、嘆き悲しみながら孤独に死んでいた。リナリアはイスカ王子の存在すら知ることなく、ただの平民として平穏な一生を送っていただろうな」
イスカからリナリアへと視線を転じて、イレーネは問うた。
「そのほうが良かったか? リナリアは貴族の養女になどなりたくなかったか? 命を狙われるような怖い思いなどしたくなかったか? どうだろう? 私のしたことは余計なお世話だったか?」
「……いいえ」
リナリアはかぶりを振った。
「魔物として一年も森をさまよい、苦労したイスカ様のことを考えると複雑ですが……それでも、イスカ様と出会えない人生など、いまとなってはもう考えられません」
「おれもだ。リナリアやイザークやエルザ、ジョシュアたちと出会えた喜びに比べれば、魔物として苦労したことなど何でもない」
「そうか。どうやら半殺しにされることは免れたようで安心した」
イレーネはティーカップを持ち上げて一口飲んだ。
「……なあ。何故イレーネはおれのことを気にかけてくれたんだ? セレンのためにフローラまで連れてきてくれただろう。何故そこまでする?」
「何。二百年前の聖女がフルーベル王家に書かせた誓約書には思うところがあった、ただそれだけだよ。聖女は神懸かり、つまり女神の化身だ。たとえ相手がとうに死んだ二百年前の聖女であろうと、聖女が聖女を否定するわけにはいかない。それは神を否定するに等しいからな」
「けれど。ただ王家に生まれただけの、何の罪も犯していない十三歳の子どもに殺し合いを強いるなどあんまりだと、私たちは皆で言い合っていました。もちろん、決して表では言えませんでしたが」
横からフローラが補足する。
(……現代の聖女様たちはまともな倫理観を持ち合わせていたんだ……)
リナリアは感動した。彼女たちはイスカのために力になろうとしてくれた。
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