48:衝撃の事実

   ◆   ◆   ◆


 何事もなく二週間が過ぎ、建国祭まで残り三日となった夜。

 

《百花の宮》でくつろいでいたリナリアはイスカと共にテオドシウスに呼び出され、侍従の案内に従って王宮の一室へと向かった。


「陛下。セレン王子と《花冠の聖女》を連れて参りました」

「入れ」

 侍従が扉を開くと、豪華絢爛な部屋がリナリアたちを出迎えた。

 どうやらこの部屋は貴賓をもてなすために作られたらしい。

 天井からは水晶のシャンデリアが吊り下がり、壁紙には金の模様、床には格調高い金華山織りの絨毯が敷かれていた。


 部屋の中央には上等なソファがあるが、テオドシウスは着席してはいなかった。

 窓際に一人佇み、夜空に浮かぶ半分の月を見上げていたようだ。


「失礼致します」

 リナリアとイスカは頭を下げて入室し、窓辺に立つテオドシウスの前に並んで立った。


 床に跪くべきかどうか迷ったのだが、イスカが立ったままなので彼に倣った。

 背後で扉の閉まる音がし、侍従が離れていく気配がする。


「このような夜更けに何用でしょうか、父上」

《変声器》をつけたイスカはセレンの声で言って微笑んだ。


 ガーデンパーティーからイスカは《百花の宮》の外ではセレンでいることを徹底し、愛想を振りまいている。ときには感情を殺して貴族に媚び諂うこともあるそうだ。


 そのおかげか、最近はようやく反感を抱いていた貴族たちの態度が和らぎ始めたらしい。


「人払いは済ませた故、セレンを演じずとも良いぞ。イスカ」


 開口一番、テオドシウスは衝撃的な言葉でリナリアの横っ面を張った。


「――!!」

 イスカは大げさな反応をしなかったが、リナリアは瞠目した。


「ど、どうして……」

 震え声で問うと、テオドシウスは微かに苦笑した。


「いくら似ているとはいえ、実の息子の顔が見分けられぬ父親がいるものか。お前がセレンではなくイスカであることは謁見の間で顔を合わせたときから知っておったわ。あの場で指摘するわけにはいかなかったため、あえて気づかぬふりをしただけだ。ガーデンパーティーで芝居をしたいと言い出したときもそうだ。たとえ芝居であろうと、セレンが異母弟を殺害するような振る舞いを良しとするはずがない。病気のせいでまるきり人格が変わったという線もありえるが、それよりも別人が入れ替わっていると考えるほうが現実的だ。一年前に王宮の地下から消えた、セレンと良く似た双子がな」


「……父上も人が悪いですね。気づいていたなら早くそう言ってくれれば良いのに」

 イスカは首に手を回して《変声器》を外し、懐に入れた。


「では改めてお聞きします、父上。おれを呼び出してどうするおつもりなんですか? 第一王子の所在を聞き出した後でまた地下牢に入れますか? それとも首を刎ねますか?」

 イスカは皮肉げな笑みを浮かべた。


「十七年生きてきて、おれは謁見の間で初めてあなたにお会いしました。なるほど、おれの父親はこんな顔をしていたのかと思いましたよ。あいにく何の感慨もありませんでしたけどね」

「イスカ様……」

 リナリアは泣きそうになりながら、イスカの腕を引いた。

 口元の笑みとは裏腹に、射殺さんばかりの目でテオドシウスを睨んでいたイスカは決まり悪そうに目を伏せた。


 テオドシウスは無表情。何も言わない。

 必然、部屋は静まり返る。居心地の悪い静寂。


「……余の罪を告白しよう」

 ややあって、テオドシウスは口を開いた。


「これはお前を産んだ第一王妃ダリアと余と、ごく一部の人間しか知らぬ、秘中の秘だ。お前は双子の弟ではない。


「――!?」

 イスカは目を剥いて固まった。リナリアも隣で立ち尽くす。

(じゃあ、本来名無しイスカとなるはずだったのはセレン様だったの!?)


「……ど……どういうことですか?」

 酸欠の魚のように、ぱくぱく口を動かした後、リナリアは声を絞り出して尋ねた。


「生まれたとき、お前は部屋の外で落ち着きなく歩き回っていた余に元気な泣き声を聞かせてくれたが、お前の弟は仮死状態だった。身体も小さく、放っておけばそのまま息絶えていたことだろう。余は選択を迫られた。王家の男児の双子は不吉の象徴。これからもマナリスの庇護を求めるためには、十三歳を迎えたときに殺し合いをさせねばならぬ。ならば、このまま救命処置は施さず、弟は生まれなかったことにして健康なお前だけを王子として育てていくべきか……そうすれば無益な殺し合いなどさせずに済む……」

 当時の苦悩を思い出したのか、テオドシウスは俯き、眉間に皺を作った。


「余の迷いを命懸けで断ち切ったのがダリアだ。ダリアは二人の子を産んだばかりの身でありながら跪き、どうかこの子の命を助けてくれと涙ながらに懇願した。結局、余はダリアの願いをいれた。我が子の死や不幸を願う父親などおらぬわ」

 テオドシウスは小さく肩を落としてため息をついた。


(……国王様は確かにイスカ様を愛しておられたのね……)


 さっき、テオドシウスはイスカが「元気な泣き声を聞かせて」と言った。


 彼の言う『我が子』の中には当然、イスカも含まれている。


 テオドシウスはイスカの死や不幸を願ってなどいなかった。

 本当はきちんと名前を与え、大事な我が子の一人として愛したかったはずだ。

 けれど、二百年前の双子が犯した過ちのせいで、その願いは叶わなかった。


「…………」

 イスカは押し黙っている。何を考えているのか判然としない、茫とした表情。


「十三年という制限を越えるには、双子が生まれたことそれ自体を周囲に悟られてはならぬ。どちらかの存在を隠す必要があった。そこで余は事実を偽り、お前が双子の弟であることにし、極秘で王宮の地下に幽閉した。病弱な弟ではあの環境に耐えられるわけがなかったからな。一日でも長く生存させるためにも、あの子は王子として手厚く看病する必要があった。まさか半年前から薬が絶たれていたとは知らなかった。これは完全に余の落ち度だ。ウィルフレッドにばかり目が向いていた」

 また、ため息。


「……牢獄にいたお前に長く会わなかったのは、合わせる顔がなかったからだ。しかし、余は一年前、《予言の聖女》の言葉を聞き……意を決してお前に会いに行った」

「……おれには記憶がありませんが」

 イスカは眉をひそめた。


「当然だ。お前は睡眠薬を飲まされて眠っていたのだからな。食事に睡眠薬を盛るよう指示したのは余だ」

「は? 待てよ、一年前って……まさか」

 困惑の後に訪れたのは驚愕。テオドシウスは小さく頷いた。


「そうだ。余がお前を魔物に変え、騎士サリオンに命じて秘密裏に《魔の森》へと追放させた。次に目を覚ましたとき、お前の耳には赤い耳飾りがあっただろう。あれは王家に伝わる宝玉『炎の花』だ。見る者が見ればひと目でわかるように、お前が王子である印を与えた」


 リナリアの思考回路は停止した。

 次々と判明する衝撃的な事実に、脳がついていけない。


「……なんでそんなことを? 《予言の聖女》がそうしろと言ったんですか? いったい何故?」

 ごく当たり前の疑問をイスカはテオドシウスにぶつけた。


「ここから先は彼女たちも交えて話すべきだな。来い」

 テオドシウスはリナリアたちを連れて隣の部屋へと移動した。


 構造はさっきの部屋によく似ていた。

 部屋の華美さ、家具の配置、ほとんど何も変わらない。


 ソファには二人の女性が並んで座っていた。

 ソファの前のテーブルには紅茶と菓子が用意されている。


「おや」

 入室してきたテオドシウスたちを見て、女性たちは立ち上がった。


 一人は窓の外に浮かぶ月よりも美しい金糸の髪を持つ二十歳くらいの女性。

 その瞳はアメジスト。彼女の左側の首筋には《光の花》の紋章が浮かんでいた。


 もう一人の女性の年齢は十五前後といったところか。

 肩口で切りそろえた桃色の髪に水色の瞳をしている。

 彼女の額の中央ではリナリアや金髪の女性と同じ《光の花》が仄かに金の光を放っていた。


 容姿から察するに、金髪の女性が《予言の聖女》イレーネ、桃色の髪の女性が《治癒の聖女》フローラだろう。


(マナリス教会の聖女たち! どうしてここに!?)

 もはや本日何度目になるかもわからない衝撃がリナリアを襲う。


「久しぶりだな、リナリア。そしてアルル改めイスカ王子。私はコンラッド氏が騒ぎを起こした王都行きの馬車に同乗し、王都でカミラと名乗ったのだが、覚えているだろうか?」

 金髪の女性が尋ねた。


「はい。フードを被り、黒い外套を着込んでおられたカミラさんですよね」

「ああ。あのときはカミラと名乗ったが、本当の名前はイレーネという。マナリス教会に所属する《予言の聖女》だ。そして、こちらの女性は《治癒の聖女》。君たちがセレン王子の病を治すために会いたいと渇望しているのはわかっていたからね。無理を言って同行してもらった」


「フローラと申します。以後お見知りおきを」

 イレーネは嫣然と笑い、フローラは桃色の髪を揺らして頭を下げた。

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