38:一緒に寝る!?
「公爵邸には帰りませんよ」
台詞を先回りして言う。
「《光の樹》はただ発芽しただけです。《光の樹》がかつての巨木の姿を取り戻し、《光の花》を咲かせるまでは、国王様や大臣たちは『蘇った』とは認めないでしょう。私には《光の樹》を蘇らせ、国王様に褒美をねだるという野望があるんです。その野望を果たすまでは、何があろうと帰りません。絶対に」
リナリアの表情から断固たる決意を読み取ったのだろう。
イスカは眉間に皺を作り、リナリアの両腕を掴んでいた手を離して息を吐いた。
「……今夜みたいに命を狙われてもか?」
「はい。私の野望には命を賭す価値があるのです」
「……。そうまでして一体何をねだる気なんだ?」
「決まっているでしょう?」
リナリアは右手をイスカの頬に触れさせて微笑んだ。
「王宮の地下で長年幽閉された挙句、魔物に姿を変えられて森に追放された不幸な王子様を助けたい。私の願いはただそれだけです」
「…………」
イスカは痛みを堪えるような顔をして、頬に触れるリナリアの手に自分のそれを重ねた。
「……ああ。いまようやく王宮におれを送り出したセレンの気持ちがわかった。自分のためを思って行動してくれるのは嬉しいが、それで大事な人が傷つくのは嫌だ。自分が傷つくより遥かに辛い。想像だけで胸が張り裂けそうだ。堪らない。だったら見捨ててくれたほうがよっぽどマシだって――あいつはずっとこんな気持ちでいるんだろうな」
「でも、イスカ様はセレン様に言いましたよね。見捨てろなんて言ったらぶん殴ると。危ないから帰れなんて言ったら、私もあのときのイスカ様を真似てぶん殴らせていただきます」
ニッコリ笑って拳を握る。
イスカは呆気に取られたような顔をしてから、愉快そうに笑った。
「おれが惚れた女はどうやらとんでもなく逞しい上に気が強いらしい。おかしいな、一年前に出会ったときはもうちょっとお淑やかだった気がするんだが?」
イスカはリナリアの頬を両手で挟み、顔を傾け、こつん、と。
リナリアの額に自分のそれをぶつけた。
超至近距離にイスカの整った顔がある。その現実に心拍数が跳ね上がった。
「ほ、惚れた相手の影響を受けてしまったようです」
動揺しながら言う。
「ああ、わかった。降参だ。《光の樹》を蘇らせるまでは引き続きおれのために頑張ってくれ」
「はい。頑張ります」
抱きしめられたリナリアは目を閉じ、イスカの身体を抱き返した。
彼の温もりは不思議と心を落ち着かせてくれた。
頑張ろうという活力が腹の底から湧き上がってくる。
理不尽に負けてなるものか、と全身の細胞が叫んでいる。
「父上は一ヶ月後に行われる建国祭でお前を壇上に上げ、《光の樹》が芽吹いた事実を公表すると言った。それまでに黒幕が捕まれば良いが、もし捕まらなかった場合、その日が決戦になるだろう。四六時中おれが張り付いて守りたいが、おれにはセレンとしての仕事がある。手を抜くとエルザとの婚約話が流れてしまうだろうし……非常に不本意だがお前の守りはアンバーに任せるしかない」
「はい。大丈夫です。アンバーはとても優秀な魔導士ですし、彼からは強力な護符ももらいました。必ず生き延びてみせます」
互いの体温を確かめるように抱き合った後、しばらくしてリナリアたちは離れた。
「……落ち着いたか?」
「はい。そろそろ寝ましょう。時間帯は気にせず、とにかく歌って《光の樹》を成長させれば良い私と違って、イスカ様は朝の御前会議に出席しなければなりません。これ以上の夜更かしは明日に響いてしまいます」
「そうだな」
イスカは頷いて、ふと思いついたように言った。
「今日は久しぶりに同じ部屋で寝るか?」
「えっ!?」
リナリアは目を剥いて身体を引いた。
明確な拒絶にムッとしたらしく、イスカは不機嫌顔になった。
「なんだよ。おれが
「ううっ……でも、魔物から人間から戻ったいま、さすがに一緒に寝ることは色々と問題が……これでも一応、嫁入り前の公爵令嬢なのですよ、私」
真顔でじりじりと詰め寄られ、ソファの端まで到達してしまった。
(ど、どうしよう。立ち上がって逃げるべき? でも、逃げたら傷つけてしまうのでは? 数日は口をきいてくれなくなるかも……いや、でも。でも、でも!)
頭の中は大混乱で、思考がぐるぐる回る。
頰を赤く染め、身を縮めてゼリー寄せのように震えるリナリアを見て、唐突にイスカが噴き出した。
「冗談だって。馬鹿だな、何勘違いしてんだよ。言っただろ、あくまで同じ部屋で寝るだけだよ。なんもしねーよ。それから先は結婚した後の楽しみに取っておく」
「たっ……!?」
「そうと決まれば、毛布を持ってこよう」
イスカは楽しげに立ち上がり、やがて二枚の毛布を持って戻ってきた。
「ほら。お前はこっちのソファで寝ろ」
リナリアに一枚の毛布を渡し、イスカは向かいのソファへと移動した。
(……あ。同じ部屋で寝るってそういう……)
よからぬ妄想をしてしまった自分が猛烈に恥ずかしい。
リナリアは赤面したまま毛布を引っ張り、身体にかけて横たわった。
「お休み」
蝋燭の炎を消し、テーブルを挟んだ向こうでイスカが言う。
「おやすみなさい。子守歌は必要でしょうか?」
「いや、今日はいい。ゆっくり休め」
「はい」
イスカのおかげで死を間近に感じた恐怖は薄れた。
もし何かあってもイスカがきっと自分を守ってくれる。
イスカはその安心感を与えるために同じ部屋で寝ようと言ってくれたのだろう。
彼の心遣いはわかる――のだが。
しかし。
(……ああ、駄目だ!! すぐそこで寝てるイスカ様の存在が気になってしょうがない!!)
結局、その日はなかなか眠れなかった。
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