18:聖女だなんてそんな馬鹿な!

 聖女とは何か。

 大陸に広く信仰されているマナリス教において聖女とは『奇跡を起こす力を持った清らかな女性』のことである。


 女神マナリスに特別に愛され、身体のどこかに金に輝く《光の花》の紋章を持つ聖女は人々から『神懸かり』とも呼ばれる。女神の恩寵なのか、不思議なことに、聖女たちは成長はするが老いはしない。


 マナリス教の聖地はかつて女神が地上に降り立った場所――大陸のほぼ中央にあるマナリス聖都市。


 宗教国家マナリス聖都市において、序列第一位が五人の聖女たち。


《予言の聖女》は女神の神託を授かり、遠近問わず、未来を予知する力を。

《治癒の聖女》は万物を癒す力を。

《結界の聖女》は魔を阻む結界を張る力を。

《心眼の聖女》は人の心を見通し、真偽を見抜く力を。


 そして、《花冠の聖女》は《歌》を以て植物と――《光の樹》とさえも交信する力を持つという。


 ただし現在、《花冠の聖女》は見つかっておらず、マナリス教会は各地に捜索隊を派遣して彼女を探している。


 フルーベル王国の国王が『国で一番の歌姫をウィルフレッドの妃として迎える』と言い出したのも、《花冠の聖女》を見つけ出そうしたのではないかという噂がある。


 何でも一年前、《予言の聖女》は《花冠の聖女》はフルーベル王国にいると予言したらしいのだ。

 そして、《予言の聖女》の予言が外れたことはこれまで一度もない。


「……《予言の聖女》がリナリアのことを『イスカ様の運命を変えられる女性』だと認め、『聖女には向いていない』と言ったのだとしたら……。神に仕える本物の聖女が、意味もなく聖女という単語を口に出すとは思えませんわね」

 エルザは神妙な面持ちで呟いた。


「つまり、リナリアが《花冠の聖女》ってことになるな」


 イザークが言い、この場にいる全員の視線がリナリアに注がれた。

 給仕役のユマたちもリナリアを見ている。


「………………えっ? ええっ!!?」

 リナリアは唖然とし、我に返ると同時に大慌てで両手を振った。


「いえいえ、お待ちください!! ユマさん、私の肌を見たあなたならわかりますよね!? 私の身体のどこにも花の紋章なんてなかったですよね!?」

 助けを求めてユマを見ると、ユマは頷いた。


「はい。証言いたします」

「ですよね、ほら! それに、私には植物と交信する力なんてありませんよ!! 言い伝えによると、《花冠の聖女》は歌の一節だけで花のつぼみを開かせ、植物の成長を促進させると聞きますが、私がチェルミット男爵邸でいくら歌っても庭の草木は歌う前の姿のまま、いきなり急成長することもありませんでした!! ねっ、イスカ様! 私が森でいくら歌っても森の植物に変化はなかったですよね!?」

 リナリアはユマから視線を転じ、今度は隣にいるイスカに同意を求めた。


「ああ。リナリアは抜群に歌が上手いが、歌が周りの植物に影響を及ぼすことはなかったな」

 顎に手を当ててイスカは言った。


「でも、ある日突然聖女の力に目覚めて、身体に花の紋章が浮かび上がることもあるって聞いたぞ?」

 イザークの発言に、全員が再びリナリアを見つめる。


(だからどうしてみんなそんな目で私を見るの!?)


「いやいや!! ですから、そんなわけがないんですよ!! 私なんかが聖女だなんて、そんなまさか――抜群に歌が上手いというのも褒めすぎですよ、イスカ様! 王子妃選考会では私より歌の上手な方がたくさん――」


「まあ、呆れた」

 本当に呆れ果てたような表情で言ったのはエルザだ。


「リナリア、謙遜も行き過ぎると嫌味ですわよ? わたくしが断言して差し上げますわ。国中の歌姫が集まったあの場所で、あなた以上に歌が上手い女性など居ませんでした。あなたが歌いだした途端、会場の空気が一変したのを肌で感じなかったのですか。あなたを熱心に見つめる無数の瞳を、嫉妬と驚愕に満ちた他の歌姫たちの眼差しを、本当に感じなかったと?」


「……そ、それは……少しは感じましたが……」

 身を縮める。

 リナリアが歌い終わった瞬間、観客はもちろん、審査員たちまでもが立ち上がって拍手してくれた。中には涙を流している者までいた。


「二次審査直前、何故あなたのカップにだけ毒が入れられたのか、全くわからないと言うの? 一次審査の時点であなたの勝ちが確定したも同然だったからですわよ。聞けば、ウィルフレッド様もあなたの歌だけ褒められていたそうではありませんか。恐らくその話を聞きつけた他の歌姫の支援者による妨害工作でしょうね」

 何も言えずにいると、イザークが興味津々といった目を向けてきた。


「なあ。食事が終わったら一曲歌ってくれないか、リナリア。ここまで言われては、君がどれほど上手いのか気になる」

「えっ?」

「わたくしも聞きたいですわね。何か問題がありまして?」

 ヴィネッタに尋ねられたが、確かに問題はない。

 単純に、気恥ずかしいというだけだ。


「わたくしも久しぶりにリナリアの歌を聞きたいですわ」

「おれも聞きたい」

「……わかりました」

 イスカにまで言われては断れず、リナリアは頷いた。

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