42:窮地に登場する王子様
太陽は蒼穹に燦然と輝いている。
しかし、外苑の地面はまだ濡れており、そこかしこに水たまりがあった。
場所は昨日クロエを見かけた雑木林。
リナリアとクロエは、白い花が添えられた石の前で並んで立っていた。
一晩中雨に打たれた花は泥で汚れ、花弁が千切れてしまっている。
「私が何か言いたいのか、わかるわよね」
「……見ていたのですね」
クロエは枯草色の瞳で自らが置いた石と花を見下ろし、ぽつりと呟いた。
髪で顔を半分隠した彼女はいつも憂鬱そうだが、いまはいつにもまして顔を覆う陰りが濃い。
「あなたとメノンが幼馴染であることはデイジー様に聞いたわ。もしかしてその……恋人だったりしたのかしら」
「いいえ。ただの友人です」
クロエの声は一定のトーンを保っている。その表情は全くの無。まるで感情そのものが枯渇しているかのようだった。
「……そう。では何故メノンが私を殺そうとしたのかは知っている? 遺書からすると私を殺せと命じたのはロアンヌ様のようだけれど、何故彼はそんな理不尽な命令に従ったのかしら。ロアンヌ様は聡明なお方だと聞いたわ。意味もなく私を殺そうとするとは思えない。何らかの理由で私が邪魔なのだとしても、《光の樹》を成長させてからにすべきだと思うのだけれど」
「……私は何も知りません。問い詰めたところで時間の無駄です」
クロエの返事はそっけなかった。
「…………。クロエ。素直に教えてもらえないのなら、私はここでメノンの遺品を埋めていたあなたのことを騎士に報告しなければならなくなってしまうわ」
「構いません。どうぞお好きに」
クロエは鉄壁の無表情で答えた。
(……まあ、クロエは友人の遺品を埋めただけで、別に犯罪を犯したわけではないものね……)
どうしたらこの無表情を崩せるのだろう。
悩みに悩んだ末に、リナリアは言った。
「……あなたが連行されたら、デイジー様はきっと泣いてしまうわよ?」
初めて、クロエの無表情に亀裂が入った。
彼女は小さく笑ったのだ。
嘲るような。自虐するような――泣き出す寸前のような、歪んだ笑顔だった。
「……ああ……そうですね。きっとデイジー様は泣くでしょうね……」
虚ろな顔で呟きながら、クロエはお仕着せのポケットから小さなナイフを取り出し、鞘を捨てた。
鈍く輝く刃を見て、身の危険を感じたリナリアは慌てて後ずさったが、クロエはそもそもこちらを見ていなかった。
「……『王妃殿下に栄光あれ』」
クロエは俯き加減に呟き、ナイフを両手で持った。
そして、その刃先をリナリアではなく、自分の胸に向ける。
(えっ。なんで――!?)
「待っ――」
クロエの手からナイフを取り上げるのは不可能。
リナリアは刃物に怯えて距離を取ってしまった。
いまさら何をしても手遅れだ。
一秒後にはナイフの切先がクロエの胸に突き刺さるだろう。致命的な深度まで。
(神様――)
――祈っても、神様が降臨したりはしなかったが。
代わりに、リナリアの視界を貫いたのは閃光。
斜め後ろから突如として閃いた一条の光が、正確無比にナイフを撃ち抜いた。
勢いに弾かれ、ナイフはクロエの手からすっぽ抜けて宙を舞う。
即座にクロエはナイフを追いかけ、しゃがんで拾い上げようとした。
しかし、リナリアはクロエより早くナイフに駆け寄り、全力で蹴り飛ばした。
直後、稲妻のような速さでやってきた誰かがクロエの手を掴んでひねり上げた。
草むらの向こうへと飛んで行ったナイフから視線を転じてそちらを見る。
クロエを拘束し、完全に動きを封じているのは――息を切らしたイスカだ。
リナリアを心配して、政務を切り上げてまで駆けつけてきてくれたらしい。
「……は。今回は、ギリギリ、間に合った」
どこから走ってきたのか、肩で息をしながらイスカは口の端を上げた。
「セレン様!!」
本当の名を呼ぶことはできないから、感激は声で表した。
「さて――なんで自殺しようとしたのか。黒幕は誰なのか。知ってることを全部喋ってもらおうか」
イスカの言葉を受けて、クロエは観念したように目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます