57:建国祭(2)
――どうしたんだ!?
――気が触れたか!?
――聖女様をお助けせよ! 手すりから下ろすんだ、早く!!
眼下の人々やバルコニーにいる貴族たちが騒ぐ中、リナリアは襟元の《拡声器》のスイッチを入れて叫んだ。
「国王陛下、お集まりの紳士淑女の皆さま、ごめんなさい!! 私は愛する人の元へ行きます!!」
リナリアは手すりの上で身を反転させた。
ヴェールごと頭の装飾をはぎ取り、セレンに向かって放り投げる。
緩やかな放物線を描いて飛んだ装飾を受け止め、セレンは優しく微笑んだ。
――幸せになりなさい。
実際に声として発せられることはなかったが、彼の意思を確かに受け取り、鼻の奥がツンとなった。
もしかしたら彼の顔を見るのはこれで最後かもしれない。
(もっといっぱいお喋りしたかったな。ウィルフレッド様とも)
涙を吹き飛ばすべく頭を振ると、束縛を解かれた髪が背中にばさりと流れ落ちた。
吹き付ける風を浴びながら、太陽を背にして大胆不敵に笑う聖女。
その姿は高潔な威厳に満ち、神々しいまでに美しかった。
あまりの迫力に気圧され、兵士たちの動きが一瞬だけ止まる。
その隙にリナリアは広場に向き直って叫んだ。
「アルカ様!! 受け止めて!!」
叫ぶなり、三階のバルコニーの手すりから飛ぶ。
一瞬の浮遊感。その後に訪れるのは、容赦のない墜落。
凄まじい悲鳴が上がる。
このまま自由落下すれば石畳に叩きつけられる。運が良くて大怪我、悪ければ死ぬ。
しかし、リナリアの身体はすぐにその速度を落とし、ぴたりと止まった。
宙に浮いたまま見れば、黒い外套を羽織ったアルカがこちらに向かって両手を伸ばしている。
リナリアは滑るように宙を飛んだ。
待ち受けていたアルカの腕の中に飛び込み、その身体を強く抱きしめる。
リナリアを抱き返し、アルカはリナリアの耳元で長々とため息をついた。
「……お前な。打ち合わせにないことをするんじゃねえよ。心臓が潰れるかと思っただろうが」
「すみません。一秒でも早くアルカ様の元へいきたかったんです。アルカ様なら受け止めてくれると信じていましたので」
にっこり笑い、スカートを摘まんでみせる。
「どうですか、この格好。皆が褒めてくれたんですが、アルカ様はお気に召しましたか?」
「ああ。女神が天から降ってきたと思ったよ」
「!」
ストレートに褒められ、リナリアは真っ赤になった。
「――聖女よ! これは一体どういうことだ!?」
頭上からテオドシウスの怒声が降ってきた。
アルカと揃って見上げれば、国王夫妻や二人の王子、その他の貴族たちがバルコニーに勢揃いしている。
遠く離れたここまでしっかり声が届くのは、テオドシウスもまた襟元に《拡声器》をつけているからだ。
「国王陛下! 申し訳ございません! しかし私は人混みの中に愛する人を見つけてしまったのです! 私が愛するのは、ただ一人! セレン王子の双子の弟君、アルカ王子です!」
リナリアの叫びに合わせて、アルカは被っていた黒いフードを外した。
陽光に照らされたその顔を見て、悲鳴とどよめきがあがる。
――まあ、セレン王子そっくり!
――セレン王子は双子だったのか!?
――馬鹿な、王家の男児の双子など、あってはならないことだ!!
「国王陛下、国民の皆さま、どうかお聞きください! 王家に生まれた男児の双子は不吉の象徴とされ、アルカ王子はいままでその存在を隠されてきました! ですが、私が《花冠の聖女》として目覚めることができたのも、《光の樹》を蘇らせることができたのも、全てはアルカ王子の支えがあったからこそなのです! アルカ王子がいなければ、私はいまこの場に聖女として立っていません!」
(えっ!?)
叫びながら、リナリアはぎょっとした。
異変に気付いた人々も空を見上げ、指差して騒いでいる。
(どういうことなの!? 空に、《光の樹》が映ってる!!)
フルーベル王国の《光の樹》だ。
リナリアが自ら育てた樹なのだから他国のそれと見間違えるはずもない。
王城の中庭の風景をそっくりそのまま空に映し出す魔法。
こんなとんでもない魔法が使えるのは、恐らく国中でただ一人だけ。
(お父さま、ありがとう……)
リナリアは目の端に涙を浮かべて叫び続けた。
「皆さま! どうか曇りなき眼で見てください!」
リナリアはまっすぐに右手を伸ばし、《光の樹》の映像を指差した。
映像に気づいていなかった人々が空を見上げて歓声を上げる。
見ろ、《光の樹》だ、本当に蘇ったんだ!
「ご覧の通り、我が国の《光の樹》はいま再び蘇りました! 《光の樹》の復活により、二百年前の双子の王子の過ちは許されたとして、マナリス教会は誓約書を破棄しました!」
これは嘘だ。
《光の樹》はいくつかの花を咲かせただけで、満開状態ではない。
《光の樹》は満開状態になると、花から光を放出する性質がある。
二百年前の聖女たちは『フルーベル王国に奇跡の光が降り注いだとき』に誓約書を破棄すると言った。
よって、まだ誓約書は破棄されていないはず。
(でも、《予言の聖女》の予言は外れない。あと少し先の未来で確実にそうなるのだから、これくらいの嘘は許されてもいいわよね?)
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