07:謎の助言

「なるほど、よくわかった。一つ助言をしてあげよう。歌はあくまで手段であり媒体に過ぎない。何よりも大事なのは心だ」

「…………?」

 意味がわからない。


(この人はさっきから何を言ってるの?)

 困惑している間に、カミラはわずかに頭を動かした。視線を転じたらしい。


「アルルくんにも有益な情報をあげよう。恐らく君がいま一番知りたい情報だ。セレン王子は無事だよ、安心したまえ」

「?」

 セレン・フレーナ・フルーベル。

 それはいまは亡き国王の第一王妃が産んだ第一王子の名前だ。

 病弱なセレン王子は滅多に公の場に姿を現さず、王宮で療養していると聞くが――何故セレン王子の情報をアルルに与えるのだろう。


 アルルが鞄の中から顔を出そうとしたため、リナリアは慌てて鞄の入り口を塞いで止めた。


「待ってアルル、出てはダメ! 人がいるから!!」

 リナリアたちの周りには大勢の人がいる。

 ウサギではなく魔物だとバレてしまったら、アルルは問答無用で殺されてしまう。


「落ち着きたまえ、リナリアが困っているだろう? いまこの場で魔物として処刑されることになっても良いのか? 君はリナリアに一生消えないトラウマを植え付け、泣かせることを望むのか?」


(えっ!? カミラさんはアルルが魔物だと気づいていたの!?)


 カミラの言葉で冷静になったらしく、リナリアの手を下からグイグイ押していたアルルが動きを止めた。

 少しだけ見えていた白い頭が鞄の中に引っ込む。


「賢明な判断だ。リナリアを大事にしなさい。彼女は君の運命を変える鍵になる。私から言えるのはそれだけだ」

 カミラは夜色のローブの裾を翻して歩き出した。


「待ってください、まだ聞きたいことが――」

「いま言うべきことは全て言った。焦らなくとも、私とはいずれまた会うことになるさ」

 カミラは足を止めることなく、雑踏に紛れて消えた。


   ◆   ◆   ◆


 ソルシエナの街並みは美しかった。

 街路樹や花壇の花々は鮮やかに景観を彩り、陽光を浴びて白亜の王城が白銀に煌めいている。


 しかし、やはり魔導王国と呼ばれる大国レムタナの華やかさには負ける。

 隣国を併呑したことで三本の《光の樹》を所有し、魔素マナの豊富なあの国では庶民の日用品にも惜しみなく魔道具が使用されている。


 たとえばレムタナの王都の照明は全て魔道具だし、水路を流れる水は魔道具のおかげでいつも綺麗だ。


 ここフルーベルでレムタナの再現をすることは不可能。

 何故なら、この国の王宮にあった《光の樹》は二百年前に起きた王位継承権を巡る双子の王子の争いによって失われてしまったから。


「ああーっ! 見つけた、見つけましたよ、イレーネ様! フードで顔を隠してますけど、あなたイレーネ様でしょう!!」

 大通りを歩いていると、通りの一角で若い女性の声が上がった。


 そちらを見ると同時、腰に剣を佩いた黒髪の女性が半泣きで駆け寄ってきた。

 女神マナリスを象徴する太陽と葉の紋章。青と白を基調とする服装。

 肩口で切り揃えた黒髪に橙色の目をした彼女は聖女守護役。

 マナリス教会に仕える神殿騎士だ。


「どこに行ってたんですか!! 昨日からずっと探し回ってたんですからね!!」

「今日の午後六時の鐘が鳴る前には戻ると書置きしておいただろう?」

「書置き一つで安心できますか!! イレーネ様に何かあれば私の首が物理的に飛ぶんですよ!!」

「ああ、わかった。わかったよ。今度から気を付ける。これからはきちんと優秀な護衛をつけて出かけるとも」

 こんなに大声で名前を叫ばれると、ローブで身を隠している意味がない。


(頃合いか)

 仕方なく、イレーネはフードを外した。


 月の光を集めて紡いだかのような金糸がフードから零れ落ち、アメジストの瞳が外気に晒される。

 途端に、通りを歩く人々がどよめいた。


「イレーネ様!」

「聖女様!」

「《予言の聖女》様だ!!」

 あちこちで悲鳴にも似た歓声が上がる。

 微笑んで手の一つでも振ってやれば民衆は大喜びして寄ってきただろうが、イレーネはカミラとの会話を優先した。


「その言葉を聞くのはこれで36回目なんですけど!?」

「……数えてたのか、カミラ。凄いな」

「全くもうっ。それで? 《花冠の聖女》は見つかったんですか? イレーネ様の《予言》によると、《歌》により奇跡をもたらす聖女はこのフルーベル王国にいるのでしょう?」

「ああ。そのはずだが、見つからなかったよ。残念ながらね」

 嘘だ。ついさっき彼女に会った。


「そうですか……」

 落胆したように、カミラは肩を落とした。


「どこにいるのでしょうね、《花冠の聖女》は。フルーベル王国の王族は先日王子妃選考会なるものを開き、マナリス聖都市わたしたちに先んじて聖女を見つけ出そうとしたようですが、目論見は失敗に終わったようですし……辺境の地にでも住んでいるんでしょうか? 森の奥とか、洞窟の奥とか」

「野生動物ではないのだから、そんなところにはいないだろう。ともあれ、彼女が見つかるか、あるいは教会から捜索の打ち切りを通達されるまでは、奉仕活動をしつつ旅を続けようじゃないか」

「はあ……長旅になりそうですねえ」

「そう悲観的になることもないさ。何事も楽しまなくては損だよ、カミラ。とりあえず私はあそこの串焼きが食べたい。さっきから美味しそうな匂いがするんだ」

「聖女が民衆に混じって露店の串焼きにかぶりつくなど、とんでもありません! ご自分のお立場を考えてください! お腹が空いておられるのならば、急ぎ 『キャッスル・ソルシエナ』に戻りましょう!」


『キャッスル・ソルシエナ』はフルーベルの王侯貴族だけではなく、世界中の貴族や著名人をもてなしてきた超高級宿屋だ。


 守るべき聖女を放置してカミラはずんずん進んで行く。

 イレーネはこっそり肩を竦めた後、軽く首を傾けて白亜の王城を見上げた。


 もしもまだこの国に《光の樹》があったなら、王城に寄り添うようにして光り輝く黄金の樹を見ることができただろう。


 ――アルルです。

 迷いなく言い切ったリナリアの眼差しを思い出し、イレーネは微笑んだ。


(お手並み拝見といこうじゃないか。枯れてしまったこの国の《光の樹》を蘇らせ、悲劇の渦中にいる王子を救ってみせろ、リナリア)

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