51:衝撃の事実

 テオドシウスは無表情。何も言わない。

 必然、部屋は静まり返る。居心地の悪い静寂。


「……余の罪を告白しよう」

 ややあって、テオドシウスは口を開いた。


「これはお前を産んだ第一王妃ダリアと余と、ごく一部の人間しか知らぬ、秘中の秘だ。お前は双子の弟ではない。


「――!?」

 イスカは目を剥いて固まった。リナリアも隣で立ち尽くす。

(じゃあ、本来名無しイスカとなるはずだったのはセレン様だったの!?)


「……ど……どういうことですか?」

 酸欠の魚のように、ぱくぱく口を動かした後、リナリアは声を絞り出して尋ねた。


「生まれたとき、お前は部屋の外で落ち着きなく歩き回っていた余に元気な泣き声を聞かせてくれたが、お前の弟は仮死状態だった。身体も小さく、放っておけばそのまま息絶えていたことだろう。余は選択を迫られた。王家の男児の双子は不吉の象徴。これからもマナリスの庇護を求めるためには、十三歳を迎えたときに殺し合いをさせねばならぬ。ならば、このまま救命処置は施さず、弟は生まれなかったことにして健康なお前だけを王子として育てていくべきか……そうすれば無益な殺し合いなどさせずに済む……」

 当時の苦悩を思い出したのか、テオドシウスは俯き、眉間に皺を作った。


「余の迷いを命懸けで断ち切ったのがダリアだ。ダリアは二人の子を産んだばかりの身でありながら跪き、どうかこの子の命を助けてくれと涙ながらに懇願した。結局、余はダリアの願いをいれた。我が子の死や不幸を願う父親などおらぬわ」

 テオドシウスは小さく肩を落としてため息をついた。


(……国王様は確かにイスカ様を愛しておられたのね……)


 さっき、テオドシウスはイスカが「元気な泣き声を聞かせて」と言った。


 彼の言う『我が子』の中には当然、イスカも含まれている。


 テオドシウスはイスカの死や不幸を願ってなどいなかった。

 本当はきちんと名前を与え、大事な我が子の一人として愛したかったはずだ。

 けれど、二百年前の双子が犯した過ちのせいで、その願いは叶わなかった。


「…………」

 イスカは押し黙っている。何を考えているのか判然としない、茫とした表情。


「十三年という制限を越えるには、双子が生まれたことそれ自体を周囲に悟られてはならぬ。どちらかの存在を隠す必要があった。そこで余は事実を偽り、お前が双子の弟であることにし、極秘で王宮の地下に幽閉した。病弱な弟ではあの環境に耐えられるわけがなかったからな。一日でも長く生存させるためにも、あの子は王子として手厚く看病する必要があった。まさか半年前から薬が絶たれていたとは知らなかった。これは完全に余の落ち度だ。ウィルフレッドにばかり目が向いていた」

 また、ため息。


「……牢獄にいたお前に長く会わなかったのは、合わせる顔がなかったからだ。しかし、余は一年前、《予言の聖女》の言葉を聞き……意を決してお前に会いに行った」

「……おれには記憶がありませんが」

 イスカは眉をひそめた。


「当然だ。お前は睡眠薬を飲まされて眠っていたのだからな。食事に睡眠薬を盛るよう指示したのは余だ」

「は? 待てよ、一年前って……まさか」

 困惑の後に訪れたのは驚愕。テオドシウスは小さく頷いた。


「そうだ。余がお前を魔物に変え、騎士サリオンに命じて秘密裏に《魔の森》へと追放させた。次に目を覚ましたとき、お前の耳には赤い耳飾りがあっただろう。あれは王家に伝わる宝玉『炎の花』だ。見る者が見ればひと目でわかるように、お前が王子である印を与えた」


 リナリアの思考回路は停止した。

 次々と判明する衝撃的な事実に、脳がついていけない。


「……なんでそんなことを? 《予言の聖女》がそうしろと言ったんですか? いったい何故?」

 ごく当たり前の疑問をイスカはテオドシウスにぶつけた。


「ここから先は彼女たちも交えて話すべきだな。来い」

 テオドシウスはリナリアたちを連れて隣の部屋へと移動した。


 構造はさっきの部屋によく似ていた。

 部屋の華美さ、家具の配置、ほとんど何も変わらない。


 ソファには二人の女性が並んで座っていた。

 ソファの前のテーブルには紅茶と菓子が用意されている。


「おや」

 入室してきたテオドシウスたちを見て、女性たちは立ち上がった。


 一人は窓の外に浮かぶ月よりも美しい金糸の髪を持つ二十歳くらいの女性。

 その瞳はアメジスト。彼女の左側の首筋には《光の花》の紋章が浮かんでいた。


 もう一人の女性の年齢は十五前後といったところか。

 肩口で切りそろえた桃色の髪に水色の瞳をしている。

 彼女の額の中央ではリナリアや金髪の女性と同じ《光の花》が仄かに金の光を放っていた。


 容姿から察するに、金髪の女性が《予言の聖女》イレーネ、桃色の髪の女性が《治癒の聖女》フローラだろう。


(マナリス教会の聖女たち! どうしてここに!?)

 もはや本日何度目になるかもわからない衝撃がリナリアを襲う。


「久しぶりだな、リナリア。そしてアルル改めイスカ王子。私はコンラッド氏が騒ぎを起こした王都行きの馬車に同乗し、王都でカミラと名乗ったのだが、覚えているだろうか?」

 金髪の女性が尋ねた。


「はい。フードを被り、黒い外套を着込んでおられたカミラさんですよね」

「ああ。あのときはカミラと名乗ったが、本当の名前はイレーネという。マナリス教会に所属する《予言の聖女》だ。そして、こちらの女性は《治癒の聖女》。君たちがセレン王子の病を治すために会いたいと渇望しているのはわかっていたからね。無理を言って同行してもらった」


「フローラと申します。以後お見知りおきを」

 イレーネは嫣然と笑い、フローラは桃色の髪を揺らして頭を下げた。

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