23:入れ替わり大作戦

《一つ聞きたい。リナリアは何故イスカ王子に肩入れする?》


「イスカ様を愛しているからです」


 リナリアが照れもせず即答したせいか、立方体の向こうでジョシュアは絶句したようだった。

 イスカも唖然としてリナリアを見ている。


《……先日行われた選考会の結果、王子妃は公爵令嬢デイジー・フォニスに決まったようだが、まだ二人は結婚誓約書にサインをしていない。君は二次選考前に不正な手段で辞退を強制された。王宮へ行ってその事実を訴え、《光の花》の紋様を見せればウィルフレッドの妃はフォニス嬢ではなくリナリアになるだろう。望めば未来の王妃の地位は確約されたも同然だというのに、金も地位もない名無しの王子を選ぶというのか》


「はい。金も地位も要りません。王妃の座にも興味はありません。私の望みはイスカ様の妻になること、ただそれだけです」

 再び即答すると、しばらくジョシュアは沈黙した。


《……なるほど、君の愛情と覚悟は本物のようだな。よろしい。大博打を打つことにしよう。バークレインは君に賭ける。リナリア、君は私の養子になれ》


「…………はい?」

 リナリアは目をぱちくりさせたが、ヴィネッタは意味ありげに笑っている。

 もしかしたらこれは彼女がジョシュアに献策したのかもしれない。

 

《貴族でなければ人ではない。たとえ貴族であっても自分よりも家柄が低ければ見下して良い――王宮に仕える貴族の中にはそんな馬鹿げた思想を持つ者がいるのだ、残念ながらな。イスカ王子と共に王宮へ乗り込むと言うのなら、大貴族バークレインの養女という肩書きは強力な盾となるだろう。バークレインの養女となれば、有事の際に私が守ることもできる》


「……願ってもない話ですが……良いのでしょうか?」

《構わん。聖女を養女として迎えるなど、これほど名誉なことはない。バークレインにとっても大いに益がある》

「では、是非。よろしくお願い致します」

 リナリアは頭を下げた。


《わかった。明日早速養子縁組の手続きを行おう。私のことはこれから『お父様』と呼ぶように》

「では……お父様」

《………………。うむ》

(いまの不自然な間は何なのかしら?)

 ひょっとして魔道具の向こうで悦に浸ったりしているのだろうか。


《リナリア。君がやるべきことは一つだ。王宮の中庭にある枯れた『光の樹』を蘇らせること。王家に生まれた双子の悲劇を終わらせたいと願うのならば、これができなければ話にならん》


「はい」

 リナリアは大真面目に頷いた。


《『光の樹』を蘇らせることができれば、マナリス教会の聖女たちも君の実力を認めざるを得ない。すなわち、《治癒の聖女》フローラとの交渉の余地が生まれる。瀕死の重病人すら蘇らせる彼女の協力を得ることができれば、セレン王子を蝕む病魔を取り除き、完全な健康体にすることができるだろう》


「!!!」

 思わずイスカと顔を見合わせる。


「……頼んだぞ?」

 イスカはリナリアの両肩をがしっと掴んだ。目が本気だ。


「頑張ります……」

(せ、責任重大だわ……)

 冷や汗が背中を伝い落ちていく。

 やっぱり無理かも、とは口が裂けても言えない雰囲気だ。

 もし『光の樹』を蘇らせることができなければイスカは失望し、リナリアから離れて行くだろう。


(ああああ。イスカ様のためにもセレン様のためにも頑張らなきゃ!! ほんとに!! ほんとに!!)

 頭を抱えていると。


《頑張るのはリナリアだけではない。君もだ、イスカ王子。イザークにセレン王子を誘拐するよう頼んだらしいな?》


「……ああ」

 二人のやり取りを聞いて、リナリアは頭から手を離した。


《仮に誘拐が成功したとして、その後どうするつもりだったのだ? 一国の王子が消えたとなれば大騒ぎになるぞ。生死問わず、セレン王子が見つかるまで王宮は捜索を止めないだろう。まさか自分が身代わりに死ぬつもりだったとでも言うのか?》


「……もちろん、それは本当に最後の手段だが。それ以外にどうしようもないなら、それでも良いと思っていた」

「そんな――!」

 リナリアは声を上げそうになったが、イスカがかぶりを振って止めた。


「だが、いまは違う。おれが死ねば泣く奴がいるとわかったから」

 イスカはリナリアを見て微笑み、再び立方体を見た。


「だから、良い案があるなら教えてくれ、ジョシュア。頼む」

 ジョシュアには見えていないと知りながら、イスカは頭を下げた。これはバークレイン一家に対する礼儀だろう。


《では私の案を言おう。イスカ王子とセレン王子は鏡映しのようによく似ていると聞いた。これを利用しない手はない。ベッドから動けぬセレン王子と違って、イスカ王子ならば仮に刺客に襲われたとて自衛できるはずだ。君は相当な魔法の使い手だと聞くからな》


「……ちょっと待ってくれ、まさか」

 イスカの頬が引きつった。


《君の予想通りだ。私はいま兵士の配置、人数、交代時間、巡回ルート、その他諸々の情報収集に勤しんでいる。セレン王子は数日中にイザークが王宮から連れ出す。君はセレン王子のフリをして、セレン王子と入れ替われ》


「いやいや、無理だって! いくら顔が似ていたとしても、すぐ別人だとバレるに決まってる!!」

 イスカは慌てた様子で両手と首を振った。


「おれの特殊な境遇は知ってるだろ!? あいつとは滅多に会えなかったんだ! いくら本人を真似しようとしたって、覚えてないんじゃどうしようも――」


「ふっ――ご安心くださいませ、イスカ様。わたくしが完璧に指導して差し上げます」

 胸の前で両手を合わせ、エルザがニッコリ笑った。


「二年もお世話をしていましたもの。セレン様の喋り方、笑い方、ちょっとした癖、仕草、動作――全てこの目に焼き付いておりますわ。幸い――というのは複雑ですが、この一年、国王や廷臣たちは時折代理人を遣わしたり見舞い品を贈ることはあっても、セレン様を直接訪ねることはありませんでした。入れ替わっても絶対にバレませんわ。仮にもし怪しまれたら病気のせいにしておけば良いのです。病気って便利ですわね」


「……。いや……でも……。おれがセレンのフリをする……? 嘘だろ……」

「その台詞を言いたいのは俺のほうなんですがね、王子」

 イザークの声を聞いて、俯き加減にブツブツ呟いていたイスカは顔を上げた。


「俺はこれから実働部隊として暗躍しなければならないんですよ。もしバレたら首が飛ぶ、そのプレッシャーと闘いつつ、一国の王子を誘拐するんですよ? いやあ全く、何でこんなことになったんでしょうね? 一体誰のためにこんなことになったんでしょうね? 当の本人が嫌だっていうなら、俺も止めていいですか?」

 イザークはにこにこしている。


「…………いや……それは……困る……」

 とても見ていられないらしく、イスカは目を泳がせた。


「じゃあ文句言わずに頑張りましょうね? お互い」

「……。頑張る……」

 イスカは項垂れるように頭を下げ、両手で顔を覆った。

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