03:一緒に行く!
「ありがとう」
リナリアは微笑んで花を受け取った。
特別な花ではない。
どこにでも生えている雑草で、ここまでに来る道中でも何度か見かけた。
それでも、自分に贈られたこの花にはかけがえのない喜びと価値があった。
花を渡し終えた後も、アルルは蒼穹のような青い目で、じっとリナリアを見つめている。
どうして一週間も来なかったの?
そう言っているような気がして、リナリアは説明を始めた。
「ごめんね、王都の選考会に行ってたのよ。一年前に、王様がこの国で一番歌が上手い女性を第二王子ウィルフレッド様のお妃様にすると宣言してお触れを出したの。野心に燃える貴族や地方領主たちは大騒ぎで、皆が張り切って歌姫を立てたわ。孤児だった私はチェルミット男爵に素質を見出され、一年前からこの森で歌の練習をしていたというわけ。でも、王子妃になる夢は叶わなかったわ。私はメイドに毒を飲まされてしまったの――ああ、大丈夫。生命にかかわるようなものではなかったから」
アルルが身体を縮めて心配そうな顔をした――ような気がした――ため、リナリアは慌てて言った。
「あのとき全員に振る舞われたハーブティーの中で、私のカップだけに混ぜられていたのは、恐らく一時的に声が出せなくなる魔法薬の類だと思う。まさかメイドを買収するような人がいるとは思わなかった。一次審査のときにね、ウィルフレッド様が私の歌を褒めてくださったみたいなの。審査員を務めていた大臣にそう聞いたときはすごく嬉しかったわ。ウィルフレッド様がご覧になられていた二次審査の舞台の上で歌えなかったのは悔しかったし、いまでも心残りだけれど……でも、これで良かったのかもしれない。王子妃候補者の中には目的のためなら手段を選ばない人間がいるってわかったもの。もし最終審査まで進んでいたら……次は殺されていたかもしれない」
想像して身震いし、リナリアは腕を摩った。
「私はあんな怖い思いをしてまで王子妃になりたくない。王侯貴族を前に歌うのってすごく緊張したし。こうしてアルル相手に歌っているほうがよっぽど気が楽だわ」
微笑むと、アルルは左右を見回した。
「どうしたの?」
アルルは大きな岩の近くまで走り、岩の傍に生えていた白い花を小さな手でぶちぶち引っこ抜いた。
根っこがついたままの白い花を咥えて戻ってきたアルルは再び二本足で立ち、両前足で花を挟んで差し出してきた。
きょとんとしてアルルを見つめる。
「……たとえ王子妃になれなかったとしても。私が一番の歌姫だ、とでも言いたいの?」
それはもちろん冗談のつもりだったのだが。
アルルはその通りだといわんばかりに、こくこくと首を縦に二度振った。
さすがにこれには驚いた。
(えっ――前々から人語を理解している節があるとは思ったけど、本当にこの子、人語を理解してない?)
「アルルは私のこと、好き?」
アルルは首を縦に振る。
(気のせいじゃないわ。この子、人語を完全に理解してる……!!)
一部の知性の高い魔物は人語を理解するらしいが、どうやらアルルもその類だったらしい。
「ありがとう、アルル。私も大好きよ」
リナリアは両手を伸ばしてアルルを抱き上げ、その頭にキスを落とした。
びっくりしたのか、アルルは青い目を丸くしている。
「ねえアルル。私、家を追い出されてしまったの。これから旅に出て、選考会のときに知り合った公爵令嬢エルザ・バークレイン様を訪ねようと思うのだけれど――もし良かったら、あなたも一緒に来ない?」
リナリアの腕の中でアルルは固まった。
それから、困ったように右を見て、左を見て、長い耳を垂らして俯いてしまう。
(それはそうよね)
苦笑する。
「ごめんなさい。困らせてしまったわね。いままでありがとう、アルル。遠く離れても、私、アルルのこと忘れないわ――」
地面に下ろそうとすると、おとなしかったアルルが急に動き出した。
じたばたと暴れて手の中から脱出し、リナリアの腕を伝って右肩に乗る。
ふんす。
耳元で、アルルの気合の入ったような鼻息が聞こえた。
「……え? 一緒に来てくれるの?」
不安定な場所に立っているアルルが落ちないように片手で支えながら尋ねると、アルルはリナリアの手に顔を近づけた。
鼻でちょん、とリナリアの手にキスをする。
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