4.愛国の徒 part2

 都市アキダリアの上空でプラズマの光と銃弾、そしてミサイルが飛び交う。アルベルトたち公安局と火星防衛隊で構成されたアキダリア防衛部隊は、愛国軍人党を名乗る武装集団と混戦状態にあった。

 エリーゼの操作によってメンズーア・アインは緑に覆われた高層ビルの間を縫うように高速飛行していた。後ろを振り返った瞬間、アルベルトはレバーにつけられたボタンを押す。腕部のバルカンからプラズマが連射され、敵の放つ小型ミサイルの群れを撃ち落とした。


「こんな市街地で……!」


 アルベルトはレバーの引き金に指をかける。その間にエリーゼは機体を上昇させ、敵機を誘っていた。


「さあ、来なさい。倒せる自信があるなら!」


 敵はエネルギーライフルを連射する。細切れに発射されるプラズマをメンズーア・アインが避ける間、アルベルトは反撃の機会をうかがっていた。


(そんなに連射すれば……)


 アルベルトの予想通り、敵のエネルギーライフルが突如としてオーバーヒートした。マズルが赤熱し、プラズマが発射できなくなったのである。


「今!」


 エネルギーライフルに注意を向けた一瞬を突いてアルベルトは引き金を引く。敵機のコックピット部分に穴が空き、空中で爆散した。


「これで何機目だ?」

「四機目。いつの間にかこっちも減らされてる!」


 エリーゼの言葉通り、防衛隊のアベレージは愛国軍人党のEFMに翻弄されていた。平和な中央にいた影響か、防衛隊のパイロットたちは敵の動きについていけていなかった。


「速い! 同じアベレージのはずなのに──!」

「テロリストがこんな戦闘慣れしてる訳が──!」


 一機が動力部を撃ち抜かれ、もう一機がエネルギーサーベルによる横薙ぎの一閃で撃墜された。戦闘が始まって二十分も経っていないが、既に防衛隊とテロリストの戦力差は逆転してしまっていた。


「まともに戦ってるの、私たちだけじゃない!」

「やっぱ都市型艦の防衛で経験積んだおかげかな?」

「喋ってないで撃って!」

「りょーかい!」


 分かりきっていると言わんばかりの勢いでヴィリはレバーのボタンとコンソールを操作する。向かってくる二機のアベレージをヴィリはロックオンし、レーザーキャノン砲を発射した。青白いプラズマが線となり、まず左側にいるアベレージを斜めに切り裂く。次いで回避行動に入ろうとしたもう一機をも下から縦方向に裂いた。


「すげえ威力だ。でもエネルギーを一気に使っちまう。調整しないと」


 ヴィリはキャノンの威力に感嘆しつつもその危険性を感じ、コンソールを呼び出して出力の調整を始めた。一方でクララは味方部隊と共に敵の攻撃を避けながら呟いた。


「私たちそれぞれに違う武装を与えて……。もしかして中佐は襲撃を知ってたんじゃ……?」


 その頃、巨大スタジアムの上空では薄紫のメンズーア・ドライが三機のアベレージに包囲されていた。


「上、下、右側か」

「ドラウプニルで片付ける」


 ヒオリは脳波コントロール式小型端子型自由移動砲塔「ドラウプニル」を起動した。ドラウプニルは反重力ユニットで移動する為、有重力下でも動かす事ができるのである。


「テロリストは……」


 六つの端子ビットを腕部バルカンで迎撃する敵を見ながらヒオリが感情の無い声で言う。


「……殲滅」


 ビットからプラズマが発射される。三機のアベレージは下方向からの攻撃を避けきれず、六つのプラズマビームに撃ち抜かれ撃墜された。


「三機を一気に……。大丈夫か、ヒオリ?」

「うん。博士が調整してくれたから」


 警報が鳴り響く。ルーファスが機体を急上昇させると、一瞬前までいた位置にプラズマが通り過ぎた。


「良い反応……」

「それはどうも」


 シールドを横に構えたアベレージがメンズーア・ドライに急速で接近してくる。シールドの内側に取り付けられた二つの小型ミサイルがメンズーア・ドライに向けて飛び立つ。ミサイルはメンズーアの目の前で破裂し、オレンジ色の粒が降りかかった。


「ファイアジェル?! こんな場所で使ったら──!」


 飛び散ったジェルは地上の建物に落着し、植物に火を点けた。みるみるうちに炎が広がり、火災が発生してしまう。


「やっぱり──!」

「前……」


 ハッとしてルーファスが正面を向くと、先ほどのアベレージがエネルギーサーベルを突き立て突撃している所だった。


「──!」


 そこへ下方から飛んできたプラズマがアベレージを貫いた。


「ルーファス、ヒオリ!」


 アルベルトは二人に通信を繋いだ。


「新しい敵が来てる。アキダリアの防衛隊は半減して、手が足りない!」

「そんなに来てるのか」

「ヴィリとクララが対応してるが、このままだと──」


 複数のプラズマが二機のメンズーアに降り注ぐ。二機は散開して敵から距離を取りながら通信を続けた。


「まだ市民の避難は完全に終わってない。下に向かって撃たないように気を付けろよ!」

「言われなくても!」


 通信が切れる。アルベルトは新たに現れた敵機をモニターに捉えた。


「こいつら、どれだけいるんだ?!」

「こんなに頭のおかしい連中がいるなんて、連邦は終わりなんじゃない?」


 エリーゼはシールドのリフレクターを起動し、プラズマを反射する。


「すごい! エネルギー兵器ならこれで──」


 言い終わらないうちにバズーカから射出された榴弾がシールドに直撃する。


「きゃあ!」

「何やってるんだ!」

「うるさい! さっさと墜として!」


 アルベルトはパートナーの要望に応えるべくレバーに付いたボタンを押し、対応する兵装を操作する。エネルギーライフルのプラズマ弾の威力を下げ、射撃モードを連射に変えると、胸部のアサルトキャノンを起動して敵機をロックオンした。


「さっさと終わらせれば市民の被害も減る!」


 引き金を引くと同時にライフルと胸部キャノンの銃口からプラズマ弾が放たれる。無数のプラズマ弾を食らったアベレージは空中分解し爆発した。

 バズーカを放った別のアベレージが近づいてくる。エネルギーサーベルを起動し斬りかかって来た所を、エリーゼはスラスターを大きく吹いて回避し、返す刀で頭部を蹴り飛ばした。


「愛国とか憂国とか知らないけど死になさい!」


 頭を飛ばされたアベレージは、同じく無数のプラズマ弾を食らって都市へ落ちていった。




 その頃、地上でも警備に当たっていた部隊が戦闘状態に陥っていた。


「こいつらどこから来た?!」

「急に現れたぞ!」

「口より手を動かせ! 排除するんだ!」


 警備部隊が戦っていたのは、軍事組織には見えない私服に身を包んだ暴徒であった。最悪な事に、避難誘導中に現れたせいで市民を危険に晒す形になってしまっていた。

 暴徒は逃げようとしている市民にも構わず発砲していた。明らかに殺しを楽しんでおり、一様に狂った笑顔を浮かべていた。


「おらおらー! 死ねえ特権階級共が!」

「俺たち哀れな貧困層の苦しみを思い知れー!」


 暴徒たちは都市各地に出現し、半狂乱で銃撃を行い、商店を襲撃して金品を強奪していた。数は警備部隊よりも遥かに多く、各所で市民が殺害され、都市は地獄と化していた。


「これでは地上に降りる方が危険ですね」


 監視カメラ映像を確認していたベルンハルトが言った。


「だがここに居てはいずれEFMの戦闘に巻き込まれるかもしれないぞ! 流れ弾が当たったらどうするんだ!」


 ヒョードルはいやに冷静なベルンハルトを見て大声で抗議した。会議が行われる予定だったホールでは、到着していた出席者たちが身を寄せ合って震えていた。


「ですが地上は地上で武装集団が暴れていますよ。今降りたらどうなるかはお分かりのはず」

「ならどうする!」

「EFM部隊は敵をこのホテルから引き離すように戦っています。下層階まで降りて、敵の襲来に備えて立てこもるのです。……銃の使い方はお分かりですね?」

「知ってはいるが実際に使うのでは勝手が違う! 私は君たちと違って戦闘のプロではない!」

「そんな事期待していません。ただ数を揃えたいだけです」


 ベルンハルトはそう言って待機していた警備隊の隊長に呼び掛けた。


「武器を集めてください。外の警備員も全員中に入れなさい。迎撃の準備をします」

「はっ……」


 警備隊長は反射的に返事をしたが、部屋の中心でうずくまっている会議の出席者と同様に冷や汗をかいていた。

 その様子を見たベルンハルトは冷徹な表情を崩さずに警備隊長の肩を掴み、顔を近づけた。


「怖いのですか? 相手は道理が通じませんよ。手に持っているそれは使えるのでしょうね」

「訓練は……」

「なら良いでしょう。仮に戦闘になったとしても、動かない的が動くようになっただけです。それに相手は遊びのつもりで暴れている連中です。現実に引き戻してあげる必要があります」


 堂々と会場を出るベルンハルトに慌てて警備隊員たちがついていく。ベルンハルトは腕時計型の通信機を起動してオットーに通信回線を開いた。

 コールした瞬間にオットーを映したウィンドウがホログラムで現れた。


「やはりランツクネヒトで使用している回線は寸断されていませんでしたか」


 第38独立特務作戦群ランツクネヒトは、その性質上統合軍とは完全に切り離された独自の回線を用いて連絡を取り合っていた。


「はい。援軍要請を防ぐ為に通信衛星が破壊されてしまっているようです。我々は小惑星に偽装した独自の衛星を利用しているので、こちらからの援軍は寄越す事はできます」

「今は立てこもる為に武器を集めています。救出部隊はすぐに来れますか?」

「ええ。飛ばせば二十分で」

「ではお願いします」


 通信を切ったベルンハルトはエレベーターで下層に降り、そのまま警備室へ直行した。


「武器庫は?」


 扉を開けるなりベルンハルトは監視カメラ映像の映ったモニターの前で右往左往していた警備員たちに声を掛けた。一人が出入り口から見て左側の壁にある金属製のスライドドアを指さした。

 ベルンハルトはスライドドアの横にある掌紋認証のパッドに掌を当て、公安権限でロックを解除する。


「銃の使い方を知っている者は全員武装しなさい。先ほど救援を要請しました。──約二十分。それまでここに立てこもります」




「────ああもう! 一体どれだけ来るの?!」


 エリーゼは背中にマウントしているエネルギーアックスを起動した。プラズマ粒子を固定する事で生成した両刃が敵機に襲いかかる。狙われたアベレージは拳銃型のエネルギーライフルを両手に持ってメンズーア・アインを迎撃したが、近づかれた瞬間に両腕を切断され、もう片方の刃で右脚を裂かれた。落下したアベレージは更にエネルギーライフルと胸部キャノンの集中砲火で完全に破壊され、地面に激突して周囲に破片を撒き散らした。


「防衛隊の数は?」

「四機。戦闘が始まる前は十八機いたはずだから……」

「もはや壊滅状態か。いや、敵の方も同様だな。俺たちでかなりの数を落としたはずだからな」


 アルベルトの言う通り、数を減らした敵部隊はアキダリア防衛隊と距離を取り、撤退の構えを見せていた。


「そろそろどっかに行ってほしいんですけど……」


 突然、レーダーがアルベルトたち防衛隊の後方に近づく部隊を捉えた。


「何?!」

「これは……。──中佐だ!」


 それはベルンハルトの救援要請を受けたオットーの部隊であった。戦闘母艦『コルノ・グランデ』から次々と公安局とアキダリア駐屯軍のEFMが飛び立っていく。オットーは光学照準で捉えた敵EFM部隊にミサイル攻撃を行うよう指示した。


「はあ~、助かったぜ。正直疲れてたからな」


 コルノ・グランデが放ったミサイルが敵部隊に降り注ぐ様を、着陸したビルの屋上から見物していたヴィリが言った。


「コルノ・グランデと合流するわよ! 早く乗って!」


 クララが操縦席から身を乗り出し、双眼鏡で様子を眺めているヴィリに叫んだ。


「こうなったら戦闘は俺たちの勝ちだろ?」

「テロリストが次に何をするか分からないわ。次の行動の為に備えるの!」


 コルノ・グランデの姿を捉えたエリーゼは、合流の為に機体を振り向かせた。


「さすがに敵も退くか」


 生き残った敵部隊の一機が上空に向かって発光弾を撃った。敵部隊はそれを見るや否や、何の名残惜しさも無いような勢いで撤退していった。


「EFMは退いたか。これで残った問題は地上の暴徒どもだな」

「陸戦隊の準備は万端ですが」


 リズベットの言葉にオットーが頷く。


「陸戦隊、降下準備。降下準備」


 無機質なアナウンスがコルノ・グランデの格納庫に響く。


「救援って我々だけなんでしょうか? 他の基地にも連絡を入れた方が良いのでは」

「それはそうなんだろうが、何せ俺たちがここに来れたのは、無許可で火星軌道に衛星を設置して、軍とは違う特別回線で連絡し合っているっていう事情があるからな」


 陸戦部隊の副隊長、エトナ・アントワーヌの質問に隊長のアリュ・ムエンダはばつが悪そうに答えた。


「そういえば我々は『非正規部隊』でしたね」

「まあ言い訳を考えてるから俺たちを呼んだんだろうが、普通だったらこんなに早くは救援に来れないはずだ」

「では異常に気づいた他の部隊が来るまでこの街は地獄みたいな状況が続くって事ですね?」


 暴徒が手当たり次第に銃撃して市民を殺害している様を映した監視カメラ映像を指さしながらエトナは言った。


「何を言っても暴徒が突然消える事は無いし、突然空から味方がやって来る訳じゃない。今は俺たちだけでやるしかないんだ」


 地上では治安部隊が暴徒に対して反転攻勢に出ている所であった。


「援軍が来てくれてるんだ! 意地でも追い返せー!」


 暴徒たちは態勢を立て直した治安部隊に次々と撃破されていき、捕縛される者も出始めた。


「……」

「こ、こいつらもお前の差し金か?!」


 火星軌道上の占拠された防衛ステーションで、司令官はテロリストの首領とおぼしき初老の男に問いかけていた。


「……」


 初老の男は司令官の質問には一切答えず、じっと大画面のモニターを見ていたが、ややあって胸ポケットから何かのスイッチを取り出した。


「……初志貫徹! 計画遂行あるのみ!」


 初老の男がスイッチを押す。次の瞬間、モニターに映っていたアキダリアが地震に見舞われたように大きく揺れ始めた。あんぐりと口を開ける司令官に対し、初老の男は高揚したように笑って叫んだ。


「古代の遺産をも使い、腐った政府を恫喝する! この覚悟が無ければ、この国の改革は果たせん!」




 



 



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