5.アキダリア封鎖

 テロリストの首領である初老の男がステーションで叫んでいる頃、アルベルトたちはアキダリアを囲むように巨大な土煙が立っている様をなす術なく見つめていた。


「ありゃ何だ?!」

「都市を囲んでるぞ!」


 通信からも混乱の様子が伝わってくる。アルベルトたちはオットーに指示を請う為にコルノ・グランデと通信回線を繋いだ。


「全員無事か。良かった」


 ウィンドウが現れるなりオットーは安堵の溜め息を漏らした。


「中佐、これは……」

「俺たちも知らん。というより、都市に居る全員がそうなのかもしれん」


 その瞬間、マイクから不快な音が発せられた。聞いた全員が頭を抱え、悶え苦しむ程である。アルベルトもエリーゼもオットーも、通信機器の近くにいた者全員が一様に苦しんだ。


「────?!」


 アキダリアを囲むように壁が地面を突き破って出現した。壁の上部には等間隔で銀色に輝く球体がはめ込まれた装置が設置されている。銀色の球体は帯電し、不快な音を都市全域に発信した。


「ぐああああっ!」

「何なんだね?! ハイドリヒ!」

「いちいち私に訊かないでいただきたい!」


 ホテルに立てこもっていたハイドリヒたちも、ホテルを襲撃していた暴徒たちも揃って頭を抱える。都市の人間全員が喉骨を引き抜かれ、虫の群れを流し込まれたような不快感を感じていた。

 そして音波が途切れた刹那、球体からバリアが放出された。水色のフィールドは都市を半円になるように覆い尽くし、外界からの干渉を遮断してしまった。

 バリアフィールドが都市を覆うのと並行して、その上空では全ての航空可能な機械が機能不全を起こしていた。EFM、ヘリコプター、ドローン等の何もかもがである。


「反重力ユニットがおかしくなっちゃった! スラスターも言うこと聞かない!」


 コンタクトレンズ型のウェアラブルデバイスに投影される警告を見ながらエリーゼが叫ぶ。滞空していたメンズーア・アインは飛行ユニットの不調で墜落しつつあった。


「モニターも完全に切れてる! ──火器系統も全く反応しない?! EMPか?!」

「このままじゃ地面に激突しちゃうわ!」

「再起動しろ!」

「さっきからやってる!」


 二人の声は怒鳴り気味になっていた。機能不全を起こすまでは高度九百メートル程の位置にいた為、声に熱が入るのは当然ではあるのだが。やっとモニターが起動し安堵したエリーゼは、道路がすぐ目の前にまで迫っているのが目に入り絶叫した。


「いやーーー!!」


 間一髪でメンズーア・アインは急上昇した。地面すれすれでスラスターを噴いた為、停まっていた車が吹き飛んでしまった。すぐに他のメンズーア二機が近づいてくる。


「大丈夫かよ?!」


 ヴィリの叫びにアルベルトは高鳴る心臓を押さえながら答えた。


「大丈夫……。多分、大丈夫……」

「あれ、他のみんなは平気だったの?」

「コルノ・グランデに着艦してたから大丈夫だったのよ。けど……」


 クララはそう言ってコルノ・グランデの方を向く。艦は都市の南側にある公園のグランドを占拠するように着地していた。


「航行機能がおかしくなってて、今復旧中よ」

「中佐と合流しよう。メンズーアを点検しないと」


 ヘルメットを脱ぎながらアルベルトが言った。




 航行機能に異常が起きたコルノ・グランデは、暴徒が鎮圧されていない危険な状態のまま地上で修復作業にあたる羽目になった。作業員への指示を終えたオットーは、被っていた制帽を取って大きな溜め息をついた。


「都市のど真ん中で復旧など……。しかもこれ、明らかに閉じ込められていないか?」

「ええ。都市を覆うようにシールドが張られていますね。衛星通信が使えなくなってます。この都市の中での通信はできるようですが」


 暴徒が鎮圧されつつある様子を映したモニターを見ながらリズベットが言った。


「早く長官と合流して、都市内でのセーフゾーンを確保しなければ。テロリストがまた何をやらかすか分かったものではない」

「やはりこの状況はあのテロリストがやった事だと?」

「ああ。シールドを張った事はな。だがこいつらは何だ? 敵の攻撃と同時にやって来たが、こいつらはあの愛国軍人党とやらの仲間なのか?」

「先輩は違うと思ってるんですか?」

「あのEFM部隊は退き方に統率があった。だがこいつらは……ただ暴れているだけだ。ただの暴徒だ。もはやテロリストですらない。これは何匹か捕まえて尋問した方が良さそうだな」

「大尉に連絡します」


 リズベットが席を立ってコルノ・グランデのブリッジから出ていく。人──オペレーターのアンドロイドは居るが──が居なくなったのを見計らってオットーは肩の力を抜いた。


「……疲れる……。本当にテロリストがやって来るとは……」


 アキダリアに夜が訪れる頃には暴徒は一掃されていた。ほとんどが死亡し、生き残った者たちは治安部隊が捕縛している状態にあった。


「で、こいつらは一体何者なんです?」

「記憶のトレース情報によると、全員が中央領域出身者。出自も社会階級も様々で、一貫性は無し。犯罪歴の有無も同様だ」 


 コルノ・グランデに戻ったアルベルトやアリュたちは、捕らえた暴徒の調査結果を共有していた。


「犯罪歴というのは?」

「万引き、薬物所持、違法ポルノ所持、建造物侵入……。一番重い犯罪歴はどこかの市役所に手榴弾のレプリカを送った事だな。親が釈放金を払って手打ちになってる」

「……テロリスト、と断定するには少し弱いですね」


 アルベルトが顎に手を当てて言った。


「待てよ。じゃあ俺たちはただの不良を殺したって事か? テロリストならともかく、中佐の口ぶりじゃああいつらは──」

「連中を殺しても構わないという判断を下したのは私だ。気にしないでくれ大尉」


 アリュの懸念にオットーは言葉を遮る形で答えた。アリュの表情は固いままだったが、オットーの言葉で自分を納得させるように目だけを天井に向けていた。


「……だが、大尉の指摘の通り、連中が本物のテロリストかどうかは調べないといかん。上の方は上の方で暴徒と愛国軍人党とかいう過激派との関係を疑ってるようだ」


 上の方というのはベルンハルトやヒョードルの事である。態勢を整えたアキダリア防衛隊は、最も階級が高いベルンハルトの指揮の下で市民の救出活動にあたっていた。平行して撃破した敵機の残骸を回収し、生きているパイロットがいれば暴徒と同様に捕縛して連行した。


「敵機の残骸を解析したところ、機体はアベレージ・シビリアンのカスタマイズ機である事が判明しました。しかも各機体ごとに微妙にカスタム具合が異なっていて、おそらくパイロットが各々で手掛けたんでしょうね」


 オットーたちが集まって状況の整理をしている頃、ベルンハルトは解析を取り仕切っているエンジニアからの報告を聞いていた。アベレージは現在のEFMのスタンダードであり、用途ごとにカスタマイズが施されて運用されている。例えば公安局のアベレージ・ベフェールには、カラーリングが灰色というだけでなく、暴動や叛乱鎮圧の為に足部分に人感センサーが増設されており、砂漠地・酷暑地仕様のアベレージ・デザートなどは、防塵フィルターや専用の冷却機能を装備し、更に接地圧を優先的に処理して砂漠に沈まないようにOSが調整されていたりする。下手に専用機を開発するのではなく、一つの機体にバリエーションを持たせる事で戦局や戦地に合わせた臨機応変な対応ができるように設計されていたのであった。


「民生用のアベレージであそこまでの機動ができるのですか?」


 ベルンハルトはつい数分前に見ていたアルベルトたちの戦闘映像を思い出しながら訊いた。アルベルトたちが持ち前のセンスと機体のスペック差で優位に立っていたとはいえ、愛国軍人党のアベレージの動きも洗練されたものに見えたからだった。


「ええ、まあ。民生用といっても軍用のアベレージよりも装甲が薄いだけで、運動性や機動性は軍のものと遜色ありません」

「なるほど」

(『愛国軍人』と名乗っている以上、さすがに兵役経験者で構成されているか……)


 そこへ疲労を滲ませた表情の人物がやって来た。ランツクネヒトの技術研究主任イザイア・トデスキーニ博士である。


「長官、捕虜の思考リーディングが……」

「聞きましょう」

「は。まず愛国軍人党を名乗るテロリストの方ですが、洗脳を受けている様子はありませんでした。全員が過激思想にかぶれています」

「軟弱な今の政府を打ち倒し、強力な指導者を据えた体制を築くべきといった夢物語ですか?」

「はい。まあこっちは簡単にできたのですが、問題は都市で暴れていた暴徒の方でして……」




「……じゃあ何です? あの暴徒たちは頭の中をいじられてからここに来たって言うんですか?」


 イザイアの話を聞いたオットーは腕を組みながら言った。ベルンハルトはオットーたちを召集し、イザイアに暴徒への思考リーディングの結果を報告させていた。イザイアによれば、都市に現れた暴徒たちは外的手段で凶暴性を増強され、意図的に狂わされていた可能性が高いというのである。


「彼らの記憶からは、必ず同じ光景が描写されました。違法アルバイトの宣伝を見ている記憶です」

「違法アルバイト?」


 アルベルトがそう呟くと、イザイアはプリントアウトした記憶の画像をテーブルに置いた。画像には携帯端末やパソコンの画面に映る典型的な違法アルバイトの求人広告が描写されていた。


「匿名……報酬はコイン……学校でやった啓発教室で見た感じの宣伝文句ね」


 一枚の画像を手に取ったエリーゼが言った。


「コインって、何……?」

「犯罪組織や闇市の間で流通している通貨のようなものだ。取引の時にコインを使って、後でクレジットに換金するのさ」


 ヒオリの疑問にルーファスが解説を入れた。連邦で流通しているクレジットは、全てがデータ上の存在である電子通貨で、連邦経済政策庁が不正利用されないか監視している。その為犯罪組織などでは純金製のコインで実際の取引を行い、その後で正規の金取引所でクレジットに換金する手続きを行う。迂遠かつ金の価格が変動するのも考慮しなければいけない面倒な手段だが、比較的安全にクレジットを入手できる為にどこの犯罪組織でもこの方法をとっていた。


「じゃああのテロリストは違法アルバイトと見せかけて人を募り、洗脳してあんな暴挙を行うように仕立てたって事か?」


 ヴィリが射撃訓練場とおぼしき場所の光景が映った画像を見つつクララに水を向けた。


「そういう事かもね。事実だったら外道中の外道だけど」

「で、その洗脳ってのは解けるのかい?」

「それは簡単ですよ。トラウマへの恐怖を増幅させている部分を取り除いて、押し潰されている本当の人格を再統合すれば。ただ……」


 アリュの質問に得意気に答えていたイザイアだが、最後に言葉を濁して後頭部をかいた。


「ただ、何です?」

「素人がやったからなのか設備が悪かったかどうかは分かりませんが、暴れている際の記憶の欠落が酷くて、仮に正気に戻したとしても自分たちの行いを覚えているか……」

「覚えているかなんて関係ないでしょう。収容所送りにしてしまえば良いだけです」


 議論の余地は無い、と言いたげな態度でリズベットは洋扇を開いた。ひらひらと扇ぎながら反論する者がいないかアルベルトたちを見回す。


「彼らが市民を手にかけたのは事実。記憶が欠落しているというのは言い訳になりません」

「少佐に賛成です。それに違法アルバイトなんてものに興味を示す時点で犯罪者のようなものでしょ。然るべき場所で更正するべきです」


 クララがリズベットの言葉に同意すると、リズベットは洋扇で隠した口に笑みを浮かべた。


「クララ……」


 クララの暴徒に対する毅然とした態度を見てヴィリが名前を呟く。オットーは少し思案した後、アリュの方を向いた。


「……今はこの状況からの脱却が先だ。テロリストの断罪は裁判官がやれば良い。大尉、捕らえた連中を営倉に送ってくれ」

「了解だ」

「先輩!」

「処刑して良いのは自分の意思でテロに及んだ奴らだ。あの不良どもにその意思があるかどうかは確認しないといけない。それが分からないお前ではないな?」

「……。先輩がそう言うなら……」


 リズベットは不満を隠せていなかったが、それでもオットーの言うことは聞くようである。それを見ていたベルンハルトはまるで家族の微笑ましい光景を眺めているかのような調子で言った。


「ブレーキ役というのは大変ですね」

「それは……からかっているのですか?」

「いいえ? 本当に大変なのだと感じただけです」

(この人、何考えてるか分かんないな……)


 オットーとベルンハルトのやり取りを聞いていた一同はほぼ同じ感想を抱くのだった。



 








 

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