6.アキダリア封鎖 part2

 都市全体がシールドによって封鎖され、退避手段を失った防衛隊は、集会やスポーツ大会で使用される記念ホールに集結し、外部との通信手段の確保に動いていた。

 一方、第38独立特務作戦群ランツクネヒトは、コルノ・グランデに集まってきた市民の要望に応えていた。


「現状、医薬品と食料と不足していて、負傷者の収容に格納庫の一部も使っている状態です」


 アンドロイドの無機質な報告にリズベットは苛立たしげに副指揮官席の肘掛けをつついた。


「コルノ・グランデは病院船ではないのですよ? ましてや数百人もの怪我人を抱え込む余裕はありません!」

「といっても俺たちは完全に独立しちまってるからなあ。防衛隊向こうの指揮系統に横やりを入れて、人とか物とかを寄越せって言えないんだよ」


 リズベットをなだめつつ、かくいうオットー自身も頭を抱えていた。意図せずして着陸したコルノ・グランデに助けを求める市民が殺到したのは戦闘が一段落し、状況の整理に取り掛かる事ができそうだと隊員たちが口々に言っていた時だった。当然追い返す訳にはいかず、あれよあれよという間に艦の周辺は怪我人や物資を求める人々で一杯になった。オットーはベルンハルトに指示を仰いだが、「最低限の処置だけを施して後は各々に任せよ」という曖昧な命令によって部隊内で意見の相違が生じてしまった。一方は命令の意味を汲み取り初歩的な医療的処置だけを施し、後は適当な物資を渡して家に返せという意見。もう一方は艦内の資源の許す限りの対応をすべきという意見である。

 かつてない異常事態にささくれだっていた事も原因の一つであろう。隊員たちはこの二つの意見に分かれ、一部怒号も交えた議論を艦の各所で繰り広げた。しかし放置すれば艦内が混乱状態に陥る事を早期に察したオットーが、医療的処置が必要な負傷者を受け入れる態勢を整え、必要物資を渡す係を任命した事で乱闘騒ぎにまでは発展しなかった。


「これって出撃する時どうするの? 絶対に吹き飛んじゃうわよ?」


 エリーゼは仮設ベッドが並べられた格納庫を指差して言った。向こう側にはメンズーアが収納され、整備員によって整備されている。そしてその下では医療班とアンドロイドが市民の怪我に対処し、ベッドの間をひっきりなしに移動していた。戦闘の為に建造された艦では絶対に見ないような異様な光景である。

 アルベルトたちパイロット組はシャワーを浴び、制服に着替えてから格納庫に来ていた。乗機のメンテナンスの為だが、普通だったらお目にかかれないような光景にアルベルトとエリーゼは思わず立ち止まってしまっていたのだった。


「中佐はこの状況をどうするつもりなのかしら」

「多分頭を抱えてるよ。良い対処法なんて見つからないかもな」

「それじゃあいつまでもこんな状態でいるわけ?」

「いずれは事態打開の為の策を考案してくれるさ。俺たちは自分たちの仕事をしようぜ」

「こんな状況で仕事なんてあるのかしら」


 溜め息をつきつつもエリーゼはパートナーの後をついていく。その頃物資の分配係に任命されたアリュたちは、市民からのクレームに晒されながら仕事に取り組んでいた。


「何でこれしか寄越してくれないんだ?!」

「この人数に分配するにはこれが精一杯です」

「あんなに物資が積まれてるだろうが!」

「そう見えるだけです。あっという間に無くなってしまいますから──」

「こっちはあんたらのせいで迷惑してんだぞ!」

「そうだそうだ! 少しは誠意を見せろ!」

「……コールセンターの担当者って、ああいう手合いといつも話してるんでしょうか」

「そうなんだろうな。尊敬するよ」


 隊員たちにクレームを浴びせる市民たちを眺めていたエトナの言葉にアリュは肩をすくめた。災害救助の経験皆無な陸戦部隊の面々は、ほぼ手探りの状態で市民の対応に当たっていた。彼らにとっての想定外は、助けを求める市民の半数もの人数が負傷者で閉められている事だった。空と地上の戦闘はアキダリアの都市と市民に許容し難いダメージを与えていたのである。

 更にシールドで閉じられた事で都市の外に出られないという状況は、市民のパニックを掻き立て、軍や警察の対応に悪影響をもたらし、コルノ・グランデ以外の場所でも市民と対応する公共機関の役員との間で軋轢が生じていた。


「早いとこお偉方が何とかしてくれると助かるんだがな」

「中央政府の官僚どもはちゃんとした対応をしてくれるんでしょうか?」

「火星は地球の目と鼻の先にあるんだぞ? まともな対応しなかったら俺は議事堂に突入するよ。さすがの政治屋どもだってそこまで腐っちゃいないはずさ」

「だと良いんですが……」


 格納庫や艦の外で隊員たちが市民への対応に当たっている中、オットーは必要物資の調達先を探していた。


「一千万人が住んでる都市なんだ。少しは物が残ってるだろ」

「現地徴発をするつもりですか?」

「他に方法があるのか? 出口は塞がれてるし、外部との通信手段だって無いんだ。情けないしやりたくないが、都市から必要な物をありがたくもらうしかないだろ」

「古代の蛮族のやり方なんか真似したくありません」


 銀色の髪をなびかせながらリズベットが拗ねるように言った。


「分かってくれよ。この艦の物資を全部市民に渡して困るのは俺たちなんだぞ。……ああ、何でこんな事に……。テロリストどもが」

「なんにせよ今はあの市民たちに対応するのが先ですね」


 モニターに映る市民たちを見ながらリズベットが言った。




「ヒオリ? おーい」


 一足早くメンズーアのメンテナンスを終えたルーファスは、いつの間にか自分のパートナーがいなくなっている事に気がついた。市民でごった返す格納庫の中を、ルーファスはヒオリの名を呼びながら歩き回っていた。


「ヒオリ……」


 ルーファスのパートナーは格納庫の端にいた。いつものゴスロリ服を着て、何か黒い物体の前にしゃがみこんでいた。


「何してる。なんで急に姿を消すんだ」


 ヒオリはルーファスに気がつくが、特に反応する事なく黒い物体に視線を戻す。


「っ……。相変わらず淡白な……」


 一体何を興味津々に見ているのかと覗いてみると、謎の物体は黒猫であった。じっと見つめるヒオリの目を、黄色い瞳が見つめ返している。普段肌身離さず持っている熊のぬいぐるみは床に置かれていた。


「……かわいい」

「え?」

「この子飼う」

「はあ?」


 ヒオリは黒猫を抱き抱え立ち上がった。


「かわいいから飼う。飼っていい?」

「本気か?! どこの馬の骨とも知らない──」

「馬? 猫だよ?」

「そういう事じゃない。飼っていいかどうかは僕じゃなくて少佐か中佐に訊けよ。そもそも誰かの飼い猫だったらどうするんだ」

「……」


 ルーファスの懸念を聞いた途端ヒオリは不満そうに眉をひそめた。


「そんな顔するなよ! 誰かが探してたらその猫を奪う事になるだろ? まずはその確認をしないと」

「……むう」


 アキダリア内の状況は絶望的と呼ぶにふさわしいものだったが、軍部隊による迅速かつ懸命な活動によって秩序は守られ、市民の混乱は暴動レベルに発展する事は無かった。市民たちも時間が経つにつれて状況を理解し、落ち着いて対処する必要があると考え始めていた。

 だが、中央政府の官僚たちはそうではなかった。




 地球の中央評議会では、首相と大臣たちが愛国軍人党によって発された『布告』の映像を見ていた。


「我々愛国軍人党は中央政府に対し以下の要求を提示する! 一つ、統合軍・自治政府軍に関係無く全ての軍人に対する警察権の付与。一つ、汚職に対する処遇を死刑に一本化する事。一つ、病理思考者を選別する定期思考チェックの即時導入。一つ、元軍人の受刑者の即時釈放。この四つが受け入れられない場合、我々はアキダリアにE9ガスを注入する! 一千万市民の命の為、賢明な判断を望むものである!」


 モニターの映像が消えると、大臣たちは狼狽した面持ちで口々に感想を述べた。


「こんな常識はずれな要求……」

「正気じゃない! こんなものは無視するべきだ!」

「E9ガスを使うと言ってるぞ!」

「ブラフだ。テロリストごときがそんな物を調達できる訳──」


 大臣たちのざわめきは首相が片手を挙げ黙らせた事でかき消えた。


「ここは冷静に行こう、諸君。目下の問題はアキダリアに居るのが市民だけではなく、中央領域の警察・公安関係者各位、そしてホールデン内務大臣とハイドリヒ公安局長官がいるという事だ」


 首相の言葉に大臣たちは重苦しい溜め息をつく。警察や地方行政などの内政一般を所管している内務省の大臣と、対テロの要とされる公安局の長が揃って人質になっているという状況は、いくら反乱戦争から半世紀経って腐敗が進んでしまっている中央政府の官僚たちといえども焦燥感に駆られる事態であった。


「そもそもあの愛国軍人党とやらは何なんだね? 少なくとも私は聞いた事が無い」


 財務大臣が眼鏡の位置を直しながら訊ねた。


「それについては公安局の人間に訊くとしよう」


 首相は会議室の壁際の椅子に座っていた軍人に向かって頷いた。灰色の腕章を着けた軍人は機械的といえる程の精密な動きで立ち上がり、大臣たちの視線など気にもせずにモニターの右端に立った。


「では、わたくしから件のテロリストについての説明をさせていただきます」


 映像の消えていたモニターに再び光が灯る。


「愛国軍人党は、その名前通り軍関係者で構成されている組織だという調査結果が上がっています。主に退役軍人が中核を成し、学生や活動家も多く所属しているようです」

「退役軍人の寄り合い所帯かね?」

「どうせ戦争気分が抜けない奴らだろう」


 健康福祉大臣と惑星環境大臣が雑談でもするように軽口を叩いた。コップに入った水を一口飲んだ災害復興調整大臣がリクライニングチェアにもたれかかりながら公安局員に訊ねた。


「で、規模は?」

「中央領域を中心に可住惑星四つに拠点を持ち、旧型ですがEFMを積載可能な戦闘母艦を有しています」

「戦闘母艦?! 何でそんな物を?!」


 統合陸軍大臣が驚きながら腰を浮かす。


「調査の結果、反乱戦争直後の紛争期に沈んだ艦を無断で持ち出し改修していたようです」

「そんな簡単に直せるのか?」

「ジャンクを繋ぎ合わせれば直せましょうな。しかし半世紀も前の代物ですからな。我が軍の部隊ならあっという間に沈めますよ」


 統合宇宙軍大臣が余裕綽々といった様子で言うので、あまり詳しくない他の大臣たちは「そういうものなのか」と顔を見合わせた。


「よろしいでしょうか? 愛国軍人党は今から五年程前に退役軍人の互助団体として発足していますが、当初から密かに民生のアベレージを違法に改造したり、構成員に軍事訓練を施すなどしていたようです」

「明らかに戦争の準備をしているな」

「しかし妙だな。この一週間の火星近海は最大限の警戒網が敷かれているのではなかったのか? 現場の者は何をしていた?」


 統合海軍大臣が棘を含んだ厳しい声で訊ねる。


「愛国軍人党のEFM部隊がワープアウトした位置を調査した所、同地点を警護していた部隊が意図的にテロリスト部隊を通した可能性があります」

「買収されたという事か?」

「遺憾ながらその可能性があります。事実、同地点の警護担当であった第一方面軍第七艦隊所属第四一五分隊は現在行方をくらませております」


 統合宇宙軍大臣の質問に公安局員は感情の無い声で答えた。


「これは大事だぞ。統合軍の部隊まるごとが買収されたなど……」

「それは然るべき処置を施せばよかろう。私としてはアキダリアを覆っている謎のシールドについて知りたいのだがね」


 呑気に眼鏡を拭きながら財務大臣が言った。公安局員はそれに応えるようにモニターの画面を切り替える。


「実地調査の結果、星間国家時代初期の火星国家が建造した要塞防衛用プラズマシールドだと判明しました」

「骨董品どころではない古さだな」

「待て、何故都市の地下に軍用のシールドが埋まっていたのだ?」

「アキダリアは星間国家時代初期に築かれた軍事要塞の跡地に建てられたのですよ」


 紅一点の教育文化大臣が統合陸軍大臣の疑問に答えた。


「何故建てる時に解体しなかったのだ?」

「当時シールドは秘匿されていたんです。発見されたのはパイプラインの設営の為に地面を掘った時で、その時には都市の八十パーセントが完成済みだったので、計画の変更ができなかったと記録されています」

「なるほど」

「では、外側から解除する方法はあるのか? まさか永遠にあの状態にしておく訳にはいかないだろう」

「調査では外側からシールド機能に干渉する事はできません。おそらく内部からなら……」

「つまり中にいる者たちに任せるしかないという事か?」


 惑星環境大臣の言葉に、大臣たちはそれに同意するような視線を送り合った。


「……何はともあれ、我々にできる事をしよう。軍三大臣は残ってくれたまえ」


 大臣たちの様子を見た首相は、そう言って会議の終了を宣言した。

 軍三大臣だけが残り、部屋がすっかり静かになったところで首相が口を開いた。


かの都市にいるのかね?」

「シールド発生前の衛星映像では、おそらくかの部隊が運用しているEFMが戦闘行為を行っている様子が確認できたので、居るのは確実でしょう」


 統合宇宙軍大臣が待っていたと言わんばかりに鞄からメンズーアが写った衛星写真を取り出した。


「ではまだ我々は負けてはいませんな」

「だが肝心の連絡手段が無い。彼らにどう指示を送るのだ?」


 大臣たちの言葉の返答として、首相はテーブルの端にあった電話機を引き寄せた。


「別の部隊に頼めば良いのだ」


 就任時に教えられた番号を入力し、首相は送話器を耳に当てた。


「はい。こちらです」


 無機質な女性の声が応答する。首相はまるでピザでも頼むような口調で言った。


「依頼したい仕事がある。頼めるかな?」





 



 



 

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