13.反撃開始 part2

 EFM部隊が地下でシールドの解除に勤しんでいる頃、地上でもガス爆弾の解除のために処理部隊が駆けずり回っていた。

 超猛毒のE9ガスを密封した爆弾が設置されたのは三ヶ所。一つは北側にあるアキダリア市ゴミ集積処分センターに。もう一つは南西部に集中している住宅街に。そして最後の一つは南東部のオフィス街にあった。

 処理部隊は地下と同様三つのチームに分かれて事に当たった。全員がプロであり、発見次第すぐに無力化に取り掛かれる状態にある。ただ、彼らにはちょっとした懸念があった。


「あの……」


 ゴミ集積処分センターの爆弾を担当するAチームの一人が、後部座席から身を乗り出して兵員輸送車の助手席に座るチームリーダーに小声で訊ねた。


「公安局の護衛ですが、あれって本当に軍人なんですか? どう見ても年端のいかない少女にしか見えないんですが……」


 チームリーダーは兵員輸送車の後部座席の一角を占拠し、携帯ゲーム機に熱中している栗毛の少女を一瞥した。確かに腕には公安局所属を示す灰色の腕章を着用している。だがその制服はカスタマイズが施されており、軍制式のズボンではなく格子縞の赤いスカートを履いている。隊員たちは本物の軍人ではなくコスプレイヤーなのではと半ば本気で疑っていた。傍らに置いてある軽機関銃に至っては質の悪いジョークにしか見えなかった。


「あの公安局が寄越したんだ。大丈夫なんだろ」

「本気ですか?」

「爆弾を処理できるのは俺たちだけなんだ。冗談でただのガキを護衛につけるような連中じゃないって」 

「ですが──」


 兵員輸送車が停止した。隊員たちが正面を向くと、窓代わりに付いているモニターが武装した不審人物たちを映し出した。


「爆弾を守ってるのか」


 それは火星の防衛司令部ステーションを占拠したテロリストの仲間であった。彼らは対テロ会議が始まる数日前からアキダリアに入り、別ルートで運ばれてきた銃器を受け取って今ここに居るのだ。まだ兵員輸送車の存在は悟られていなかったが、何かの奇跡でテロリストが一人残らず居なくなる可能性に掛けている暇は無かった。


「どうします。待ちますか」

「バカ言え。あいつらが居なくならないと仕事ができないだろ」


 チームリーダーの言葉を聞きつけたエリカは、ゲームを即刻中断すると芝居がかった調子で座席から立ち、軽機関銃を掴んで安全装置を解除した。


「じゃ、私が全部片付けるので準備でもしててね~」


 後部ハッチを勢いよく開けて出ていったエリカをチームリーダーは呼び止めた。だがエリカは人体改造によって得た尋常ならざる脚力で難なく近くの建物の屋根に飛び移った。目撃した隊員が驚愕し立ち尽くしているのも気にせずエリカは軽機関銃の引き金を引いた。

 高い位置から放たれた銃弾がテロリストを襲う。突然の襲撃にテロリストたちは咄嗟に応戦するが、エリカは彼らの銃弾を避けながら移動する。その様子は一種の舞踊のように軽やかで、処理チームの面々はしばし見惚れてしまっていた。


「ふーん。コイツら素人ね」


 エリカは相手の動きを見てテロリストが思想にあてられただけの連中であることを見抜いたが、それは手加減をして命を拾ってやる理由にはならなかった。市民の命を脅かしているというのが建前だが、エリカがテロリスト排除を人狩りマンハントのように捉え、義務感ではなく娯楽的な気分で仕事に当たっているのが大きかった。そのためエリカは命乞いをする最後の一人も容赦無く射殺し、トロフィーを得たような優越感に浸っていた。


「終わったよ~! 早く爆弾片付けて~!」


 無惨な死体が転がっている中、エリカが元気よく手を振った。隊員たちは統合軍公安局という組織の恐ろしさを一通り見物したことで気分を害してしまっていたが、それでも市民を守る役目を負っているという自負が彼らを奮い立たせた。

 センサーを起動し、爆弾の正確な位置を割り出す。爆弾の容器からごく僅かに漏れ出ているガスの成分を探知するのだ。つまり、センサーに反応しなければガスというのはただのブラフということになる。だがセンサーは十全にその機能を発揮し、近くに最悪のガス兵器が存在することを示し続けた。

 ガス爆弾はすぐに見つかった。金属ゴミの瓦礫に隠されていたそれは、ホログラムタイマーが付属されていた。


「……コズミックモーフを駆除する爆弾に時限装置をくっつけたようだな」


 隊員たちは爆弾の解体に取りかかった。彼らにとって幸いだったのは、爆弾が教本通りに組み立てられた独創性の欠片も無い代物だったことだ。爆弾魔の中には自身のクリエイティビティをに反映する者もおり、隊員たちは爆弾の製作者が創作意欲に富んだ愉快犯でないことを祈っていた。祈りは通じ、隊員たちは比較的簡単にタイマーをストップさせ、爆弾と起爆装置を切り離すことに成功した。

 他の場所でも同様に爆弾の解体に成功していた。ガスは間違いなく本物だったが、仕掛ける側は素人であった。


「こちらAチーム。爆弾の解体終わりました」

「Bチーム。終わりました」

「Cチーム。今終わりました」


 三チームの報告を聞いたベルンハルトは満足そうに頷き、通信を終えた。


「これでガスに怯える必要は無いな」


 ヒョードルが愉快そうに笑い、ブランデーをあおった。彼は爆弾解体が始まってからずっと酒を飲んで緊張感を和らげていた。テーブルの上には空になった酒瓶が転がっている。


「飲み過ぎはいけませんよ」

「大丈夫だよ。私は強い方だからね」


 ベルンハルトがたしなめてもヒョードルはお構いなしにグラスに新しいブランデーを注いだ。一応今も職務中のはずなのだが、とベルンハルトは思ったが、口にはしなかった。


「それより都市を覆うシールドの方はどうなんだね? まだ消えないのか?」

「地下は広大ですから。もう少しお待ちを」




「これで終わりっ!」


 エリーゼはドロイドの集団にエネルギーサーベルを振り下ろして一挙に片付けた。ドロイドとドローンのスクラップの山を見上げ、アリュは口笛を吹いた。


「時間を食っちまった。これ以上ゆっくりはできねえな」


 陸戦部隊はトラックに乗り込み移動を開始する。メンズーア・アインもそれに続いてフラッシュライトで周囲を照らしながら索敵していた。高性能なセンサー類のおかげで敵を逃すことは無いが、目視による索敵の重要性は西暦四千年代になっても説かれていた。

 アルベルトは基本を怠るような人間ではなく、養成学校で習った「夜間や暗闇に包まれた場所ではセンサーだけでなく目視での索敵も怠るな」という教えを忠実に守っていた。だからこそすぐさま異常に気がつくことができたのである。


「ん……」


 アルベルトは遠くに見えた。不審な赤い光を見逃さなかった。彼が捉えた時、それは一行から見てちょうど九時の方向にいた。一行が走っている物資通行路より下方にあるコンテナの山から様子をうかがっていたそれは、アルベルトが対応するより先に行動を開始した。


「大尉停まって!」


 アルベルトの叫びに陸戦部隊の乗ったトラックはブレーキ痕を残して急停止した。


「どうした?!」

「敵です!」


 四脚の戦闘ロボットがスラスターを噴かして物資通行路に飛び移った。それはメンズーア・アインと同じくらいのサイズで、赤く光輝くカメラアイがトラックとメンズーア・アインを交互に見ていた。


「要塞ノガードメカデス」

「それくらい見れば分かるっての。何か情報は?」

「解析中デス」


 CTがそう言った瞬間、ロボットは右手の近接武器を起動した。赤熱した巨大チェーンソーは駆動音をかき鳴らし、決闘を申し込むようにメンズーア・アインに突き出されていた。


「……どうやら、EFMの方を脅威と見たらしい」


 頭上のチェーンソーに息を飲みつつアリュは呟いた。


「アノ巨大チェーンソーニハ注意ガ必要デス」

「注意たって星間国家時代のロボットよ? 数世紀も前の骨董品が持ってる武器なんて──」


 エリーゼの言葉に呼応するようにロボットはチェーンソーを振り上げてメンズーア・アインに飛びかかった。エリーゼは余裕綽々の表情でチェーンソーを受け止めたが、想像以上の力に機体が押されたことで笑みは一瞬にして消え去った。


「何コイツ?! 力強すぎ!」


 サーベルのエネルギーがプラズマの粒子になって飛び散る。固定されたプラズマエネルギーをほどにチェーンソーの回転数が速いのだ。もしまともに攻撃を受ければ……。アルベルトとエリーゼの背筋に冷たいものが走った。


「二人とも、大丈夫か?!」


 無線装置からアリュの声が届く。アルベルトはすぐに返答した。


「行ってください、大尉! コイツは俺たちに集中してます! 今なら──!」


 言外に「囮になる」という意味を受け取ったアリュは、分かった、と小さな声で言うと運転席にいる隊員にアクセルを目一杯踏むよう命令した。

 トラックが勢いよく走り去った後、メンズーア・アインはロボットと相対していた。ロボットは刃こぼれしたチェーンソーの刃をパージし、背中にジョイントしていた予備に取り換えた。


「最悪だな」

「根元を持っていけば良いでしょ!」


 エリーゼはレバーを引いてメンズーア・アインを後退させる。それに合わせてアルベルトが引き金を引くと、バレルの短いエネルギーライフルがプラズマを発射する。だが、ロボットはサブアームに装備したリフレクターを起動し、プラズマ弾を無効化してしまった。


「ウソ?! 何で数世紀前の兵器がリフレクターなんて持ってるの!」

「……ロストテクノロジーか」

「ハルトヴィヒ少尉ノ推察ハ概ネ的中シテイマス。星間大戦ニヨッテ多クノテクノロジーガ失ワレマシタ。兵器関連ノ技術モ例外デハアリマセン」

「持ち帰ったら結構な功績になるんじゃないか?」


 アルベルトがそう呟くと、エリーゼはにわかに色めき立った。


「クララたちよりも功績が上げられるなら良いわね!」

「何でクララと対抗できるってなるとやる気出るんだ?」

「何だって良いでしょ。さあぶっ壊してやるんだから!」


 左手のサーベルも起動し、二刀流になったメンズーア・アインはロボットに突進した。ロボットは迎撃のためガトリングを撃とうとしたが、弾が錆び付き動作不良を起こして発射できなくなっていた。

 エリーゼは右手のサーベルでガトリングの銃身を断ち切り、体勢をすぐに立て直して蹴りを入れた。ロボットはよろめいたが四脚であるために立ち直りも速い。反撃とばかりに別のサブアームが電磁ウィップを起動してメンズーア・アインの胴体に巻き付けた。電磁攻撃でシステムが不調をきたすが、エリーゼは冷静に左手のサーベルを逆手に持ってウィップを切り裂いた。

 メンズーア・アインが距離を取るや否やアルベルトはショートバレルのエネルギーライフルを撃ちまくった。リフレクターがプラズマ弾を無効化するが、それは作戦の内だった。その間にエリーゼがじわじわと機体を近づけ、サーベルの届く距離まで接近すると、ライフルを投げ捨ててサーベルでリフレクターをアームごと切り取ってしまった。


「やった!」

「傷が付いてないなら技術部も解析しやすいだろ」


 二人が喜んだのも束の間、ロボットは無機質な動きでチェーンソーをメンズーア・アインに振り下ろした。予測していたエリーゼは既にシールドを構えるよう操作していた。シールドに溝ができるが、ダメージとは言えない。


「後はチェーンソーを何とかすれば……」


 不意にロボットが突進した。突きつけられたチェーンソーはメンズーア・アインの右脇をかすめ、二人に冷や汗を流させた。


「危なかった……」

「なんかコイツの動きのキレ、良くなってきてない?」

「高度ナ自己学習プログラムガ搭載サレテイル確率ガ高イデス」

「それもロストテクノロジーか。早く片付けたないとこっちがヤバくなる……!」

「私に任せなさい!」


 エリーゼが快活に叫ぶ。右斜め上から襲いかかるチェーンソーを受け止めると、プラズマの粒子の光がモニターを通して二人の身体を青白く照らした。


「エリーゼ、アイカメラだ!」


 アルベルトの言葉をすぐに理解したエリーゼは空いた左手でロボットのアイカメラを掴んだ。力強く握りしめると赤い光が消え、レンズを保護しているグラスが音を立てて割れてしまった。


「食らいなさい!」


 目を失い混乱しているロボットの身体にエネルギーサーベルが突き刺さる。サーベルの刃は動力部に致命的ダメージを与え、ロボットはその機能を完全に停止させてしまった。


「倒した~」


 一気に力が抜けたエリーゼ、シートにもたれ掛かって安堵の溜め息をついた。


「まだ休む時じゃないぞ。早く大尉と合流しないと」

「じゃあアルベルトが操縦して。私は休むから」


 エリーゼは片手でホログラムコンソールを操作し、メンズーア・アインの全コントロール権限をアルベルトに与えた。アルベルトはすました顔でリラックスし始めたパートナーに呆れつつ、アリュのもとへと向かうべくメンズーア・アインを前進させた。




 



 





 


 


 

 


 

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