12.反撃開始

 中央公園にある地下への入り口が開く様子をメンズーアのコックピット内から眺めながら、アルベルトは地下世界がどんなものか想像を巡らせていた。アキダリアはかつて存在した火星国家の一つが建造した要塞の廃墟の上に建っているとされている。その要塞がどんな規模のものかアルベルトはおおまかにしか知らされていなかったが、それでもかなり巨大な建造物だったことは確かである。時間的余裕の無い中そんな広大な場所を探索できるのかとアルベルトには疑念が残っていたが、軍に所属する人間としてはやりきらなければならない。何より、このアキダリアから脱出しなければオリヴィアの身が危ない。

 笑顔のオリヴィアの姿が脳裏に浮かび、アルベルトはくすぶっていた危機感を更に募らせた。何としてでも脱出せねば、オリヴィアがどれだけ悲しむか。アルベルトは脱出できたら自分をここに閉じ込めたテロリストに報復する気でいた。自分とオリヴィアを引き離そうとする者は何人たりとも許さない。これがアルベルトの正義だった。


「……」


 パートナーのエリーゼがじっと見ていることに気付き、アルベルトは思考を断ち切った。


「どうした」

「……またオリヴィアちゃんのこと考えてたでしょ」

「いや──」

「別に嘘つかなくても良いわよ。貴方がオリヴィアちゃんのことをどれだけ大事に想っているか分かりきってるから。でもね──」


 エリーゼはシートから立ち上がり、アルベルトに顔を近づけた。


「女は結構嫉妬深い生き物なのよ? こんな時に言うのも何だし、いつも言ってる気がするけど、一緒にいる時に別の子のことを考えるのはちょっとどうなのかしら」

「別に俺はオリヴィアのことを恋愛的な意味で想っている訳じゃないぞ」

「知ってる。でも、相手も同じだと思う?」

「オリヴィアが? 愚問だな。オリヴィアに尊敬される兄として俺は努力している。オリヴィアを害そうとする奴の命を奪う覚悟だってある。オリヴィアだって俺を頼もしい兄だと思ってくれているはずさ」


 自信満々にアルベルトが言ってのけると、エリーゼは「そうね」とだけ呟いてシートに座り直した。


「そういうことじゃないっての……」


 部隊はエレベーターに乗り、ゆっくりと下へ降下していった。何年間放置されていたのかもはや誰にも分からないくらいに古い代物だったが、耐久性は意外にも高くEFM三機と兵員輸送トラックが上に載っても全く壊れる気配は無かった。


「すっげぇ。SF映画とかでよく見る光景だな。映画はもっとデカイけど」


 半径百メートルの巨大なスライド式扉が閉まる様を見上げながらヴィリが感心するように言った。


「これ以上大きい建築物なんてリアリティが無いわね」


 赤いツインテールをなびかせながらクララが素っ気なく応じた。


「でも開拓惑星の資源搬入プラットホームなんかはこれよりもっと大きいんだろ?」

「人の介入が無いコンピューター制御の鉱物資源塊を搬入するプラットホームはね。巨大建築物はメンテナンスだけでもかなりの人を使うから現実的には難しいのよ」

「AIボットに任せれば良いじゃないか」

「維持管理の費用を捻出するのは人間よ」

「夢ねえなぁ……」

「星間大戦前は辺境の惑星にもメガストラクチャーがあったらしいけど、今はそんな物造ることすら難しい時代だし、夢が無いと言ったらそうかもね」


 未だに見えない最下層を見下ろしながら、ルーファスはどんな脅威が存在するのかと想像し緊張し始めていた。対してヒオリは灯りの一つも無い暗闇の空間の中携帯機器の画面に注目していた。


「ヒオリ、何を見てるんだ」


 緊張を和らげたい一心でルーファスはヒオリに話しかけた。ヒオリはいつもの無表情でルーファスを見たが、無視せずに画面を見せつけた。


「……猫? これ、拾ったアイツか?」


 ヒオリが見ていたのは拾った黒猫を写した写真だった。毛繕いをする様子や、どこからか手に入れた猫じゃらしで遊んでいる愛らしい姿が納められている。だが、ルーファスは写真の背景を見てあることに気付いた。


「待て。ヒオリ、この部屋は誰のだい? 君のか?」

「ううん。ルーファスの」

「そう、やっぱり。ってなるか! 何勝手に人の部屋に猫を放ってるんだ! まだ生体検査は済んでないって言ってたじゃないか!」


 ルーファスのわめく声はパイロット間の通信で筒抜けになっていた。


「猫って……。ヒオリちゃんは自由ね~」

「いや呑気に言ってる場合じゃないだろ。変なウイルスを持ってたら艦内全滅だぞ」

「アルベルトったら心配性ね。辺境惑星の闇市になら名前も無い改造病原体だって売ってるでしょうけど、ここは中央よ?」

「ノミとかは?」

「部屋に入れなきゃ良いじゃない。どの道自由時間の大半は貴方の部屋にいるもの。放たれても問題無いわ」

「お前な──」


 エレベーターが停止する。部隊全体の指揮を任されているアリュが装甲バギーから降り立ち、真っ暗闇の中でヘルメットに付いている暗視スコープを起動した。スコープ無しでも暗視機能を持つ義眼を使えばわざわざヘルメットにアタッチメントを付ける必要など無いのだが、アリュは負傷すらしていない無傷の身体にメスを入れてまで身体能力を向上させることを嫌っていた。身体の機械化に関しては保守的な考えを持っているのである。

 彼は広い格納庫のようなスペースの壁に取り付けられた制御盤を見つけ、生きている機能がないか探した。ややあって隙間に埃が詰まった赤いボタンを目にすると、接続した端末で用途を確認してから何のためらいも無くそれを押した。非常電源が作動し、一帯が非常灯の赤くて暗い光に包まれる。放置されたコンテナや乗り物が、静かに一同を出迎えた。


「何年間放置されてたんだか……」


 アリュはそう呟くと、集まってきた陸戦部隊に指示を飛ばした。


「よし。取りあえず非常電源は使えることが分かったから、予定通り部隊を分けてシールドのジェネレーターを破壊しにいく。CTのナビに沿って行けば自ずとたどり着けるはずだ。破壊後は各自でここに集合。ラピス中佐によれば、シールドが消失次第火星近海で待機している鎮圧部隊がステーションの奪還に乗り出すそうだ。つまりは俺たちが作戦の要って訳だな。まあいつものように気楽にやろうぜ。──行動開始!」


 号令によって部隊が分かれ、各々の担当するジェネレーター目指して進行を開始した。先導役兼露払い役はCTー2340のナビゲーションを受けるメンズーアである。六つのシールドジェネレーターを三チームに分かれて二つずつ無力化するという計画で、テロリストが何らかの妨害工作を施していない限り、作戦は半日と経たずに完了するはずだ。

 メンズーア・アインのAチームは、コンテナが無造作に積み重ねられた通路を突き進んでいた。オットーの言っていた通り地下はEFMが立っていても十分通行できる程のスペースがあり、やろうと思えば飛行状態にも移行できそうである。


「ホントに広いわね~。もしかして昔もEFMみたいな物があったんじゃないの?」

「歴史上の記録に人型の兵器は存在しているし、星間国家時代の戦場では兵士と一緒にAI制御のロボットがいたらしいしな。ここは軍事要塞の跡地だし、そういう兵器を運ぶ用途もあったんだろうな」

「じゃあ何でEFMなんて人が操縦する兵器を使ってるのよ」

「お前戦史の授業真面目に受けてなかっただろ」

「筆記試験の前はみんなのノート写してたもの」


 エリーゼは何でもないことのように言ってのけた。アルベルトは溜め息をついて教師がそうするように説明を始めた。


「二回目の星間大戦はAI制御の兵器が反乱を起こして始まったんだ。自己学習機能が発達し過ぎて人間に反感を抱く程度にAIが進化してしまったのさ。だから今のAIは人間が手綱を握れるように過度な自己学習機能はついてないのさ」

「じゃあCTには?」

「ワタシハ連邦ノ規格ニ則ッタプログラムヲ搭載シテイルノデ反乱ヲ起コス心配ハアリマセン」

「そうなの?」

「そうじゃなきゃ困る」


 アルベルトたちが雑談をしているうちにAチームは一つ目のジェネレーターに到達した。ジェネレーターは陸戦部隊の乗った兵員輸送トラックと同じくらいの高さで、太いパイプのような送電線が上部から地上に向かって伸びていた。


「これ?」

「意外と小さいな」

「こんなのサーベルで一気に破壊しちゃえば良いじゃない」


 エリーゼはエネルギーサーベルを起動しジェネレーターを斬りつけた。ジェネレーターが火花を発した後、稼働音は静かに消えていった。


「おいおい。ちゃんと爆弾を用意してきたってのに」


 エネルギーサーベルの光に照らされながらアリュはぼやいた。迅速な無力化が望まれているとは命令されていたが、派手に壊せとは指示されていない。エリーゼの破天荒ぶりに大尉は頭を抱えた。


「おい、エリーゼ。陸戦部隊が爆弾を持ってきていたのに──」

「別に良いじゃない。ジェネレーターにブービートラップが仕掛けられていたら危なかったでしょ? EFMなら比較的安全に処理できるって訳」

「EFMでも安全じゃないだろ」


 アルベルトがエリーゼに注意していると、メンズーアのセンサーが異常を捉えた。右方に頭部カメラを向けると、人間サイズの武装ドロイドが積み上げられたスクラップから這い出てきていた。


「破壊行動ニ警備システムガ反応シタヨウデス」

「エリーゼ!」

「ごめん!」

「予想の範疇だ。攻撃!」


 アリュの指令により陸戦部隊は発砲を開始した。ドロイドたちも壊れているながらに応戦する。火器を装備していないドロイドは陸戦部隊やEFMに近づき、格闘戦を試みた。

 アルベルトは腕部バルカンからエネルギー弾を放ってドロイドを撃ち倒していく。

 Aチームの戦闘音は地下に響き渡り、別の場所で作業をしているBチームにも反響して聞こえていた。


「何だこの音?」

「多分Aチームよ。……何やってんのよあいつら」


 副隊長のエトナ率いるBチームは律儀に爆弾をセットして破壊していた。


「よし。──爆破!」


 エトナの号令の一瞬後に爆弾が炸裂し、ジェネレーターを完全に破壊した。


「なんだ。案外簡単に終わりそうだな」

「これくらいの任務、スマートにこなさないと。戦闘になること事態あり得な──」

「警備システムガ異常ヲ検知シマシタ」


 CTー2340の警告と同時に機銃を搭載したドローンが殺到し、Bチームに銃撃し始めた。


「マジかよ!」

「ここのシステム、生きてるの?!」

「迎撃するんだ!」


 エトナの指示によりBチームはAチームと同様足止めを食らう羽目になった。そしてBチームの戦闘音は通路という通路を反響してCチームに届いていた。


「……みんな戦ってるの?」

「フン。迅速に作戦を遂行しないといけないのに。無駄な戦闘なんてしてる場合じゃ──」


 メンズーア・ドライは不意に放置されていた車両を踏み潰してしまった。


「しまった。足元のセンサーを──」

「コノエリア警備システムガ作動シマシタ」

「何っ?!」


 ルーファスが目を見張る先では、ドローンとドロイドの集団がCチームに向かって進軍していた。


「今のが破壊行動だって言うのか?!」

「どうするの? 無駄な戦闘は──」

「こんな数の敵を放置したら後で首を締めることになる! 攻撃するんだ!」

「分かった」


 三チームの様子は短距離亜空間通信でコルノ・グランデのブリッジモニターに届いていた。短距離亜空間通信は砂嵐などの電波が阻害される環境でも問題なく通信できるように開発された技術だが、通常空間に発振される亜空間隙音波が容易に探知されてしまうため、戦場ではむしろ敵に位置を知らせる危険な代物としてほとんど使われないでいた。しかしシンシアがもたらした情報によりテロリスト側には亜空間間隙音波を観測する機器を有していないことが分かっていたため、遠慮無く使用していた。


「警備システムは生きていたようですね」

「いや、連中がんだろう」


 リズベットの発言をオットーが訂正した。彼は指揮官席に座り込み、ドロイドやドローン相手に奮戦する三チームをモニター越しに眺めていた。


「そう簡単にできるものでしょうか?」

「電源さえ確保すれば良いし、骨董品並みのセキュリティだからな。簡単に掌握できてしまうのさ」

「ですが、これでは作戦に支障が──」


 リズベットがそう言いかけると、メンズーア・アインがサーベルでドローンの群れを薙ぎ払い、その足でドロイドを踏み潰す映像が映った。


「……支障は出なさそうですね」

「頼もしい兵器があって良かった。──さて、こっちは良いとして、俺としてはガスの方が心配なんだけどな」


 オットーは脚を組み直しながらシンシアの部隊が護衛に向かったガス爆弾解除の動向を心配するのだった。

 

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