11.説得 part2

「彼女は……大丈夫なのかね?」


 ヒョードルは外の様子を映したモニターを見ながらベルンハルトに訊ねた。「大丈夫なのか」というのはシンシアの身を案じているのではなく、「彼女に任せて良いのか」という意味合いなのは明白であった。


「皆さーん! どうか落ち着いて! 現在の状況でこのように大規模な集団活動はテロリストを刺激する可能性があります! どうか心を落ち着かせて、直ちに解散してくださーい!」

「うるせぇ! 俺たちは物資を寄越せって頼みに来ただけだー!」

「そうだそうだ! さっさと備蓄を放出しろー!」

「市民に食料を供給しろー!」


 シンシアの言葉はむしろ市民たちを刺激し、なだめるどころか更に感情をヒートアップさせる結果になった。


「ちょっとヤバくない?」

「ちょっとどころじゃない。落ち着かせるどころか完全に怒らせてるぞ」


 アルベルトとエリーゼはコックピット内で市民の様子をじっと観察していたが、もはや言葉で止められる状況では無いように見えた。誰も銃の引き金を引いていないのが不思議なくらいの熱狂ぶりである。


「……やっぱり任せるのは失敗だったかもしれませんね」


 コルノ・グランデの艦橋にて、副指揮官席にふんぞり返って洋扇をゆっくり扇ぎながらリズベットが呟いた。オットーは平静を保っているフリをしながら、内心でシンシアへ暴言を吐き、医療部隊の派遣を計画し始めていた。


「これ以上の過激な活動はテロリストに利を与える事になります! どうか、どうか落ち着いてー!」

「黙れー!」

「公安の腕章女は引っ込めー!」

「市民を守るのが仕事だろうが! 市民の前に立ち塞がるなー!」


 罵詈雑言がシンシアに投げ掛けられるが、彼女は全く気にもせずに説得を続けていた。アルベルトはシンシアの強靭なメンタリティに感心した。が、それだけでは何も解決しないと達観もしていた。

 市民の掲げる銃火器を解析しながらエリーゼは冷や汗を垂らした。


(拳銃だけじゃなくて、アサルトライフルまで……。しかも使用者登録されてない物ばっかり! ガンショップから盗ってきた物って事じゃない!)

「これってもしかして引き金を引く展開に突入するのかしら?」

「冗談じゃない。俺に殺人者になれって言うのか」

「普段だってテロリストを殺してるクセに……」

「テロリスト気取りの病理思考者と、飢えてる市民じゃ命の価値に天地以上の差があるだろうが。ここにいる市民は理性が利いていないだけで無実なんだ」

(とはいえ、これだと本当に引き金を引く羽目になる……。テロリストでも盗賊でもなく、市民を撃つなんて……)


 アルベルトはレバーの引き金に指をかけてはいなかったが、腕部バルカンと胸部アサルトキャノンは発射できるようになっている。暴発寸前の市民を見て、アルベルトの脳裏に街で会った少女の言葉がよぎった。


『こうあんのひとって、ひとごろし……』

「皆さん!!」


 拡声器の性能が限界をきたす程に大きい声でシンシアが叫んだ。市民の罵詈雑言による騒音は止み、全員がシンシアに注目する状況が一瞬にして作り出された。


「皆さん。我々が皆さんに落ち着いた行動を取ってほしいのには、切実な事情があるからです」


 シンシアのまるで喋る事をためらっているような口振りと立ち振舞いに、モニター映像を通して様子を見ていたオットーは彼女が何を言おうとしているのか即座に察した。


「あの女──!」


 オットーはすぐにメンズーア・アインに通信回線を開いた。


「エリーゼ! 今すぐそいつをそこから落としてしまえ!」

「へっ? 中佐? なに──」


 戸惑うエリーゼを無視してオットーは叫んだ。


「いいからやれ! そいつは──」

「──このアキダリアに、テロリストがある兵器を仕掛けたのです。時限式のガス爆弾。都市全域に広がる規模の有毒ガス爆弾です!」


 シンシアの発言に市民も守備隊も絶句し、次の瞬間にはパニックが広がった。


「ガス?!」

「毒ガスなんてまさか! いや、ハッタリだ!」

「でもこんな中央の惑星を攻撃できるって事は……」

「毒ガスという事は、まさかE9……?!」

「指揮官殿!」

「お、俺も何も知らされていない!」


 衝撃を受けたのはアルベルトやエリーゼをはじめとするパイロット組もコルノ・グランデクルーも同じだった。ベルンハルトがガス処理部隊を調達するまではパニックを避ける為に公表しないと決めていたのが仇となったのである。


「毒ガスって……」

「いくら何でも……」

「いや、民生品とはいえあれだけのEFMを揃えられる組織力があるんだ。ガスだって調達しかねないぞ!」

「中佐、中佐は何か知ってるんじゃないのか?!」

「訊きに行くぞ!」


 大騒ぎの艦内を監視カメラ映像の音声を聴きながらオットーは瞑目していた。


「帰ってきたら撃ち殺してやる……」


 暴動ではなくパニックが広がっていく市民たちを見ながらアルベルトとエリーゼは互いを見合っていた。


「ガスって、まさか……」

「E9ガスだろうな。というか今の時代にある有毒ガスはそれしかない。中佐も長官も、上は知ってたんだ」


 二人はシンシアの言葉がハッタリではなく真実だと確信していた。表示されたウィンドウの向こう側にいるオットーがほとんど脱力した様子でシンシアへの殺意を口で表したからである。物資の分配がどうこうといった事態ではなくなってしまった。市民に弓引く展開にはならなかったが、パニックの浸透という新しい問題に直面した事にアルベルトは何もかもがどうでもよくなりかけていた。

 そんな時である。パニックを収めたのは、他ならぬパニックを引き起こした張本人であった。


「ですがどうかご安心を! アキダリア当局は既にガス爆弾が仕掛けられている場所を把握しています!」

「──────え?」


 シンシアの声が聞こえていた全員がまた彼女に注目した。


「テロリストのEFM部隊が襲撃をかけたと同時に現れた暴徒から、爆弾の設置予定地の情報を聞き出す事に成功したのです! 公安局は既に、爆弾処理部隊の編成に入っています。更に、我々はこの都市を覆うシールドの正体と、解除方法も突き止めています!」


 矢継ぎ早にもたらされる情報に市民は混乱すると思いきや、ほぼ全員が一言発する事なくシンシアの話に聞き入っていた。アルベルトはそれを見て、歴史の授業で見た古代の独裁者の演説映像を思い出した。まだカラー映像の技術すら無かった遥かに遅れた時代の映像だが、そこに映っていた人々は奇妙な十字架が描かれた腕章を着けた男の言葉を、何か人智を越えたモノに取り憑かれた様子で聞いていたのだ。アルベルトは自分が立ち会っているこの状況に歴史再現の奇妙さを感じ取った。


「現在都市を覆っているシールドは、かつて星間国家時代にこの都市があった場所に建造された要塞を守る為の代物です。つまり遥か昔の遺物をリサイクルした物なのです。現代技術なら簡単に解除可能です!」


 市民の間に感嘆のさざ波が広がっていく。シンシアの堂々たる姿を、オットーとリズベットは半ば呆気に取られた表情で見物していた。


「我々は決してテロリストに屈してはいません。むしろ反撃の準備に入っているのです! 備蓄の放出を待たずしてシールドは解除されます! 爆弾もです! だから、どうか、今は皆さんに耐えていてほしいのです。テロリストを倒し、都市に秩序をもたらすのは、私たちと皆さんです! テロリストには余裕がありません。皆さんが耐えれば、テロリストの目論見は崩れます!」


 市民の協力こそが対テロリストの要であると主張する論法は、想像以上の効果を発揮した。先程まで当局へ物資分配の不公平さを訴えていた市民たちは、自分たちを今の状況に追いやったテロリストへ怨嗟の矛先を転換した。デモ活動が一転して対テロリストの決起集会に様変わりしてしまったのだ。


「当局は既に問題解決へ動いています。この状況が続くのも長くて一日です! だからどうか、それまでは耐えてください! 我々は必ず勝ちます! 一緒にテロリストを打倒しましょう!」


 もはやシンシアの言葉は必要無かった。市民たちの怒りの矛先は当局からテロリストへと移り、自然とデモは解散された。グランド・アキダリア・ホテルを後にしていく市民を見て、アルベルトはコックピットモニターに映るシンシアの後ろ姿に感心と困惑の念を同時に覚えた。


「さーて市民の皆さんも帰ったし、私たちもさっさと戻りましょう? これから忙しくなるわよ~?」


 シンシアがくるりとターンしてアルベルトとエリーゼに言った。


「忙しくなるって……?」

「さっき私が言った事は嘘でも何でもなく本当の話よ。伝えるのがちょっと早くなっただけ。頑張ろー!」

「……ホントに何考えてるんだ……?」


 困惑したままアルベルトとエリーゼはシンシアを連れ帰った。コルノ・グランデではクルーのほぼ全員が慌ただしく動き始めていた。




「君の部下はどうなっているのかね? よく上手くいったものだよ……」


 アルベルトたちがコルノ・グランデに戻ってから一時間。ヒョードルは廊下を歩くベルンハルトを追いながらぶつぶつと文句を吐いていた。


「結果的に上手くいったから良いではありませんか。彼女の言った事は全て事実。市民に嘘を吐いていないという一点だけでも誠実な対応だったでしょう?」

「冷たい顔をして君は存外呑気なのだな。宣言通りに事を進めないと、今度こそ大暴動が起きるぞ」

「その時は私も大臣も辞任する事になりますね」

「辞任で済む話ではない。ここは首都の目と鼻の先。下手なスキャンダルの方がマシだ……」


 頭を抱えるヒョードルを尻目に、ベルンハルトはホテルの一室に迷う事なく入っていった。

 室内には、ガスマスクを脇に抱えた爆弾処理部隊が整列して待っていた。列より一歩前にいる隊長がベルンハルトに敬礼をする。ベルンハルトも僅かに頷きつつ返礼した。

 部屋には他にアキダリア市の市長と警察長官、公安局支部長もいた。全員が緊張で固い表情を浮かべている。

 遅れてヒョードルが入ってくる。扉が完全に閉じられたのを確認すると、ベルンハルトは部隊と向き合った。


「概要を説明します。市内に仕掛けられた爆弾は全部で三つ。市内全域が範囲に入るよう線で繋ぐと三角形が形成されるよう配置されており、発火装置は時限式です。残り時間は不明ですが、市の物資備蓄状況を考慮に入れていると仮定するなら、おそらく最大で一週間。最短で二日です。これは市内に潜入した統合軍の工作員がもたらしてくれた情報です。中央政府は、我々の行動如何でテロリストへの対応を決めかねている。事態を打開しなければなりません」


 ベルンハルトは爆弾処理部隊の隊長に向かって頷いた。隊長が部隊の前に立ち、隊の編成と担当の場所を割り振り始めた。

 割り振りが終わり、ブリーフィングが解散されるとヒョードルがすぐにベルンハルトのもとへやって来た。


「気になったのだが、ガスは処理するとしてシールドはどうするのかね?」

「それなら心配はいりませんよ。そちらはランツクネヒトが対応しますから」

「彼らが? しかし──」

「任せておけば良いでしょう。シールドは解除されます。我々はその時に反撃を開始できるよう準備をしなければ」


 その頃、コルノ・グランデのブリーフィングルームではアキダリア地下への突入作戦の説明が行われていた。


「現在都市を覆っているシールドは、アキダリアの地下に放棄されている要塞を防護していた物が流用されている。このシールドはエネルギーを供給するジェネレーターを無力化すれば完全に沈黙する簡単な仕掛けになっている。諸君らは中央公園の地下入り口より侵入し、地下三キロまで降下。六基存在するジェネレーターを完全に破壊せよ。ナビゲートはCTー2340が行う。質問は?」

「何故我々がEFMで侵入するのか。そもそもEFMが入れるスペースがあるのか疑問です」


 ルーファスが間髪入れずに手を挙げた。アルベルトもそれに続く。


「同意見です。要塞が星間国家時代の代物だと言うのなら、武装したEFMを持っていくのは……その、?」


 二人の質問にオットーは誠実に答えた。


「一気に答えてやろう。地下への道及び地下世界はEFMが歩いても……いや、飛んでも問題無い程のスペースがある事が分かっている。そしてわざわざEFMを武装させていく理由だが、連中がシールドを起動させて都市を封鎖する事を思い付くなら、そこに残っている兵器を再利用する事だって思い付くとは考えられないか?」

「いやいや待ってくれ。星間国家時代が何世紀前か分かってるのか? 明らかに使い物にはならないだろう」


 アリュが口を挟む。確かにそうかもしれないとアルベルトは推測したが、オットーがそんな考えを振り払った。


「確かに残っている兵器はスクラップ同然かもしれないが、少なくとも防衛用の兵器を何かしら置き土産にしている可能性は高い。テロリストにしては装備が充実しているからな。それくらいの嫌がらせをしてくる恐れはある。そうなれば、戦車もヘリも無い陸戦部隊だけでは作戦遂行に無理がある」

「……そうか。我々は盾という事ですね」


 アルベルトの言葉にオットーはその通りだと頷いて返した。


「そういう事で、EFM部隊と陸戦部隊による作戦行動になる訳だ。他には? ……よし。ほとんど休み無しだがもうひと頑張りだ。ガスの方は長官が対処する。我々はシールドを破り、都市を解放するぞ!」


 アルベルトたちはオットーに敬礼する。みな疲労感は確実に溜まっていたが、この時だけは完全に忘れていられた。市民だけでなく、自分たちの命すら危うい状況なのだ。手札が残っている内に反撃せねば。アルベルトは決意の下、格納庫へと向かっていった。






 


 



 


 

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