14.解放
「現在、太陽系第四惑星火星のアキダリア市民一千万人を人質としたテロリストは、依然として軌道上のステーションに立てこもり、繰り返し要求を──」
男は肘掛けのコンソールを操作してラジオを切った。椅子から立ち上がり、バルコニーに出ると、曲線系の高層ビルが立ち並ぶ光景を眺めた。支配人の薦めで一番良いの眺めが見える部屋にして良かったと男は思った。
「先生……」
女の声に男は振り返った。オレンジ色の混じった茶髪を肩まで垂らした女が、バスローブを着て髪を拭いていた。女は男の隣に立ち、夕日に当たって金色に輝く都市を見て感動の溜め息を洩らした。
「この
「南半休はね。北半休は逆に酷寒の大地が広がっているんだ。分厚い氷の層の下にあるレアメタルを採掘して、それを売った金でこういう都市を築いた
「次のターゲットはここですか?」
赤い瞳を男に向けながら女が訊ねる。男はわざとっぽく腕を組んで唸ると、何か納得したような仕草をして微笑んだ。
「いや、やめよう。この綺麗な眺めを他の人にも見て欲しいってこともあるけど、何よりここの支配人は私たちにこの部屋を薦めてくれた。こんな良い人がいる
「そうですか? それってあの支配人さんに会わなきゃこの惑星で事件を起こす気だったって捉えられますけど」
「そうでもないよ?」
「そうでもないんですか?」
「うん」
女は半白の頭髪の男にすり寄った。
「相変わらす先生は何を考えているのか分かりませんね」
「常に何か楽しいことがないか考えてるのさ。その点で言ったらもう火星の騒ぎは楽しくないね」
「試作品のガスと星間国家時代のアキダリア要塞の図面を渡したアレですか?」
「うん。勘だけど、そろそろ中にいる人たちが脱出するんじゃないかと思うんだ」
「脱出って、ガスを放置してですか?」
「そりゃガスも無力化するよ。それであのヘンテコなシールドも解除して万事解決の運びになる」
「まだテロリスト連中が軌道ステーションを占拠して三日も経ってませんが」
「当たり前じゃないか。テロなんて長続きするものじゃないよ。主義だの思想だの言って結局はフラストレーションを発散させたいだけなんだから。予言しよう。──もう少しで速報が入る。内容はズバリ、アキダリア市のシールドが解除された! これだよ」
自信満々の笑みを浮かべる男に対し、女はあまり関心がそそられなかった。
「何だよ、その顔! もっと楽しそうにしようよ」
「私は先生と一緒にいられるだけで楽しいです」
「そう? 無欲だね」
「先生よりは」
女の言葉以降、会話は途切れた。二人は夜の闇が帳のように覆い始めた空を眺めていた。
火星都市アキダリアの地下でのシールドジェネレーター破壊作戦は成功しつつあった。六つあるジェネレーターはことごとく破壊され、残るはAチームの担当する一つだけだった。
オットーから地上の毒ガスが無力化されたことを知らされた部隊は、あと一息と自分たちを鼓舞しながら最後のジェネレーターに向かっていた。
「よっしゃ! これで最後──!!」
と言いかけたアリュは部下にトラックを急停止させた。降りて物陰から様子をうかがうと、最後のジェネレーターの前には到底対処しきれない数のドロイドやドローンが待ち構えていた。
「やっぱりあれだけ派手にやったら警戒するよな」
「隊長、我々のランチャーではあれだけの数は対応できません」
「分かってる。──クソ、移動に時間をかけすぎたな。地上に戻る時間を考慮すると、あと二時間で終わらせないといかん。だが、あれは……」
一つの鉄の塊のように集まっているドロイドとドローンを見て、アリュはアルベルトとエリーゼを置いて先行したことを後悔し始めていた。
その頃、件の二人は障害物をものともせずAチームとの合流を目指して突進していた。スラスターを噴かし、邪魔者を蹴散らしながらエネルギー兵器を放つその様はまさしく鬼神のようだった。
「邪魔邪魔ー! 黙って道を開けなさーい!」
エネルギーサーベルで瓦礫の山をなぎ払いながらエリーゼが叫ぶ。死線をくぐり抜けたことにより、彼女は高揚していた。
一方のアルベルトはそんなエリーゼに落ち着くよう言いながら索敵と迎撃のサイクルを繰り返していた。何百年も前に放棄されたはずなのに、そこに打ち捨てられていた兵器たちはその職務を全うするためメンズーア・アインに向かう。そこに人間のような感情は当然無い。だが、アルベルトは無機質に突撃してきては壊れていく彼らを見て、生物的な感触を覚えずにはいられなかった。彼らは数世紀の間ここで眠っており、今になって予期せぬ
装甲の剥がれた無人ロボットにプラズマ弾を撃ち込む。爆発により一瞬だけ辺りが爆炎の色に包まれる。小型核融合炉のおかげで半永久的にEFMは稼働できるが、付随する武器はそうではない。アルベルトの網膜にはショートエネルギーライフルの銃身が溶けかかっているという警告が投影されていた。
(急がないと……)
アルベルトは腕部バルカンでドロイドたちを蹴散らすと、エリーゼに跳ぶよう指示した。
「了解!」
エリーゼはペダルを踏み、スラスターを噴射させた。メンズーア・アインは急上昇し、最後のジェネレーターが置かれている場所まで移動した。
アリュはスラスター音で二人が追いついて来たことを悟った。背後を振り向き、下から深紅の機体が登場したのを見てから彼は叫んだ。
「ボウズと嬢ちゃんが来た! 攻撃しろ!」
ランチャーを持った四人の隊員がまず飛び出した。ドロイドたちが反応する前にランチャーを撃つ。弾頭はEMP爆弾である。
弾頭が炸裂し、EMPの効果を受けたドロイドとドローンが糸の切れた人形のように事切れる。アルベルトはアリュたちの姿を確認し、加勢とばかりに胸部アサルトキャノンで敵を駆逐していく。
「助かった! おい! 爆弾だ!」
アリュは隊員の一人が投げた分子分解爆弾を受け取る。起動してジェネレーターに向かって投げ込むと、その場に突っ伏して頭を両手で覆う。近くにいた隊員たちも隊長にならい、それ以外は膝をつきエネルギーシールドを起動したメンズーア・アインの陰に隠れた。
爆弾が起爆する。青緑の分子分解エネルギー球が急拡大しジェネレーターを飲み込む。エネルギー球が消えると、ジェネレーターの大部分が抉れ、その機能を喪失していた。
その瞬間、都市アキダリアを覆っていたシールドに変化が生じた。シールドエネルギーを発していた装置が停止し、宙に浮いていたエネルギー発振機が音を立てて落下する。市民たちは消えていくシールドに歓声を上げた。
「上手く行ったようだね。助かった」
ホテルの窓からヒョードル内務大臣は薄く消えていくシールドを眺めていた。
「まだ仕事は終わっていません。軌道ステーションにいるテロリストの首領を捕らえなければ」
笑みをたたえたベルンハルト公安局長官がヒョードルの横に立つ。ベルンハルトの言葉通りシールドの無力化を待っていたEFM部隊が、事前の打ち合わせ通り火星近海にいる救援部隊との合流を目指して上昇しているのが見えた。
「シールド消失! EFM部隊が接近してきています!」
火星軌道ステーションを占拠していた愛国軍人党構成員の一人が叫ぶ。リーダーのハーギル・リーターは巨大モニターに映るEFMの一群を見て眉をひそめた。
アキダリアから発ったEFM部隊のパイロットはみな復讐に燃えていた。テロリストたちをこの手で葬らなければ気が済まないでいた。射程圏内に入るなり彼らはステーションを守るテロリストのアベレージ・シビリアンに攻撃を開始した。
「我が方のEFM部隊と統合軍の部隊が交戦中! 大佐、ご指示を!」
「……」
部下に請われたハーギルは顎に手を当て思案する。
「……ここまでか」
ハーギルはよく通る大声で部下に指示を出した。
「ステーションを放棄する! 同志たちに伝えよ! 予定ポイントB2で合流だ!」
地上に戻ったアルベルトたちは、コルノ・グランデでシンシアの部下たちと合流した。
「よっす~! 生きてた~?」
エリカがコックピットを降りたアルベルトとエリーゼに向かって陽気に手を降った。
「ガスはこっちで処理部隊の人たちがきっちり片付けてくれたよ。ねえねえ、そっちは地下で何かあった?」
「何百年も前のドロイドとかドローンに追いかけ回されたよ」
「マジ?! 他には?!」
「巨大チェーンソーを持った自律機動のロボットに襲われたわ」
「ヤバッ! もっと聞かせて!」
「エリカ! 少尉たちは疲れてるのよ! 少しは休ませなさい!」
「げっ! テレーザ!」
青く長い髪を揺らしながらテレーザがやって来た。エリカの耳をつまみ、説教を始める。
「貴方ったらどうしてそんなに配慮ができないの?! 何度も言ってるけど、少しは人に寄り添えるようにしなさい!」
「痛い! 痛い! 分かってるわよ、テレーザ。ちょっと聞くくらいは良いじゃない」
「この人たちが休憩した後でも聞けるでしょう?! ────すいません、うちのバカが迷惑を」
説教口調から転じてテレーザはアルベルトとエリーゼに頭を下げる。アルベルトはテレーザの振る舞いにまるで母親のようだとひとりごちた。
「いや、大丈夫。休憩が終わったら地下でのことを話そう、エリカ准尉」
「マジで?! いやったぁーーっごふッ!!」
「上官に向かってタメ口をきかない!」
テレーザはエリカにげんこつを食らわせ、そのまま引きずって行った。
「……随分と騒がしい部隊ね」
「俺もそう思う」
その後アルベルトとエリーゼは他のメンズーアパイロットたちと合流した。
「アルベルト! 生きてたか!」
ヴィリが快活にアルベルトの肩を叩く。一同はシャワーを浴び、制服に着替えていた。
「さっきも同じことを言われたな」
「そうなのか? まあ良いや。さっきアリュ大尉に聞いたんだけどさ、なんかすげえロボットと戦って本当か?」
「本当よ。しかもロストテクノロジーの武装まで搭載されてたし」
「ホントか?!」
「さすがに話を盛り過ぎでしょ」
「同意見だね」
クララが髪を結いながら言い、ルーファスが眼鏡を拭きながらそれに同意した。
「ちょっと何よ! 私の言うことが信じられないの?!」
「別に? だって貴女任務の度に自分はいろいろやったって自慢してくるけど、大体アルベルトに訂正されるじゃない」
「むー! 今度は本当よ!」
「確かに、今回は嘘を言ってないな。あんな高水準の性能を持つリフレクター技術は無くなってしまっているし、アレはロストテクノロジーだろうな」
アルベルトがエリーゼをフォローしたので、クララとルーファスは驚きを持って彼を見つめた。
「ちょっと! 何でアルベルトが言うと信じるのよ!」
「……信用の問題」
今の今まで黙っていたヒオリが口を開いた。ルーファスに近づくと、彼の服を軽く引っ張って催促した。
「まだ? 猫、待ってる……」
「もう終わったから引っ張らないでくれ。もし本当にロストテクノロジーって言うんなら、調査した方が良いかもな」
更衣室のスライドドアが閉じ、ルーファスとヒオリが居なくなる。残った四人は二人の距離の近さに思わず声が小さくなった。
「ルーファスとヒオリちゃん距離近いわね。 いつの間にあんな風になったの?」
「結構前からあんなだぜ? 火星に来た時も二人でゲームしてたし」
「ちょっとヴィリ! 何でそんな面白そうな話を私に言わないの?!」
「お前とアルベルトがデートしに行った時の話だからだよ!」
「いや、後から教えるとかできるでしょ! ──待って、二人ってどこまで進んでるのかしら。気にならない?」
「お前とアルベルトと違って所構わずヤってるような関係ではないと思うぜ」
アルベルトはヴィリが自分のことをまるで性に奔放な男だと断言するような発言をしたので、少しショックを受けた。
「いや、別に場所は選ぶって……」
「場所を選ぶってんなら自室では防音機能をちゃんとオンにしてね。うるさいから」
クララはドスの利いた声でアルベルトに言った。アルベルトは「心掛けます」とぼそぼそ呟いた。
その時、艦内アナウンスが響き渡った。
「EFMパイロットは艦橋へ集合せよ。繰り返すEFMパイロットは艦橋へ集合せよ。シュタインドルフ中佐より新たな指令があるため、EFMパイロットは直ちに艦橋へ集合せよ」
アナウンスが終わると、エリーゼがその場でへたりこんだ。
「ええ~? 少しは休みたい~!」
「わがまま言わない。ほら、行くわよ!」
「い~や~!」
「イヤイヤ言わない!」
エリーゼの腕を取って更衣室を出ていくクララを見て、アルベルトはまたどこかで見た光景だなと苦笑せずにはいられなかった。
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