15.休暇

 解放されたアキダリア市は、その地下から星間国家時代のロストテクノロジーを内包した要塞が再発見されたことで銀河中の耳目を集めた。

 アルベルトとエリーゼが撃破したロボットから回収されたリフレクターは、エネルギー兵器技術が最高潮に達していた星間国家時代中期に開発されたものだと判明し、現在生産されているものよりもはるかに性能が高いことが証明された。

 要塞内の探索事業が中央政府主導で開始され、多くの企業が参入する結果となった。多額の助成金が支給され、赤字支出であったアキダリア市の財政は数年ぶりに黒字に転向すると試算された。市民はテロの被害から立ち直り、活性化しつつある故郷で普段通りの生活を始めた。

 無論、これらはテロを防止できなかった中央政府が市民の非難と不満を避けるために繰り出した策だった。最悪の結果は避けられたにせよ、中央領域の最奥と言うべき惑星で大規模なテロが発生し、市民に多くの死傷者が出たことは疑いようの無い事実である。そして政府は、事実から目を逸らさせる必要があったのだ。

 世論操作はある程度成功した。少数のメディアはアキダリア市長が非常事態に備えて備蓄されていた物資の横流しを摘発できなかったことや、警備担当だったはずの統合軍EFM部隊が買収されたことを槍玉に上げて中央政府を非難したが、中央政府管轄のメディアは『特殊部隊』が都市を覆い尽くしたシールドを解除し、処理班が仕掛けられたガス爆弾を見事処理したことを礼賛した。銀河ネットでも批判意見は散見されたが、ほとんどがアキダリア市民が毒ガスで狂死するという事態を避けられたことを喜ぶ言葉で埋め尽くされた。


「シールド解除した特殊部隊が一番の功労者……ですって。ねえ、私たちネットですごい称賛されてるわよ!」


 火星を去って三日後、アルベルトたちはランツクネヒトが本拠地としているリゾート衛星に戻っていた。オリヴィアの待っていたシェアハウスで、アルベルトたちは一時の休養を取っていた。


「別に俺たちのことを言ってる訳じゃないだろ。シールドを解除したのは俺たちじゃなくて『特殊部隊』だ」

「それでも悪い気分はしないわ」


 エリーゼはアルベルトの肩に寄り添いつつネットの掲示板を見ていた。掲示板は地球時代から続くコミュニケーション手段の一つであり、政治的な話題から映画の感想まで幅広いジャンルに渡って様々な議論がネットの海で行われている。仮想空間内にディスカッションルームを作り、アバター姿で顔を突き合わせて議論することも多く、観客としてディスカッションを傍聴するのも人気であった。


「皆さん。おやつのスコーンができました。クロテッドクリームをつけて食べてくださいね」


 アルベルトの妹オリヴィアがボウル一杯に入ったスコーンをテーブルに置いた。


「おっ! 美味そう~」


 リビングのソファーに寝転がっていたヴィリがその体勢のままボウルに手を伸ばす。


「コラッ! ちゃんと起き上がって食べなさい!」


 ヴィリの手をひっぱたいたのはクララだった。赤い髪をポニーテールに結い、エプロン姿でクロテッドクリームが入った器をテーブルに置いていく。


「スコーンか。よく家を抜け出してキッチンカーで売っていたのを食べたっけ──」


 思い出に浸りながらボウルの中のスコーンを取ろうとしたルーファスの顔に、ヒオリは別のボウルを押し付けた。


「うっ?!」

「……私が作った。食べて」


 ヒオリはいつもの無表情で自分の作ったスコーンを手に取り、ルーファスに口を開けるよう言った。


「ヒュー。ラブラブだねえ」


 口の中に運ばれるスコーンを咀嚼するルーファスを見て、ヴィリは口笛を吹いてはやしたてた。それに対し隣に座ったクララが注意を呼び掛ける。


「人をからかってる暇があるならもっと気をつけて食べなさい! どうせ貴方は掃除しないでしょ?!」

「うへえ……」

「お兄さん。隣、良いですか?」

「ん? どうして遠慮するんだ? ほら、おいで」


 アルベルトは右手で妹を優しく抱き寄せた。白く艶やかな髪を兄に撫でられたオリヴィアは、幸せそうに兄の首元にすり寄った。


「お兄さん……」

「オリヴィア……」


 恋人同士のように向き合い、周囲の視線など全く意に介していない様子の二人にヴィリたちは一気に気まずくなった。顔は今にもキスしそうなくらいに近く、ルーファスは「見ちゃダメだ!」とヒオリの目を手で隠した。


「はい。を無視して世界に浸らない」


 エリーゼだった。アルベルトの肩を掴み、ためらうことなく彼の唇を奪った。


「?!」


 わなわなと震えるオリヴィアに、エリーゼは微笑みかけた。


「ごめんね~? しばらくキスすらご無沙汰だったから……」

「いや、貴女昨日もアルベルトとキスしてたわよね。ガンルームで」


 得意げなエリーゼの言葉を遮るようにクララが言った。


「なっ?!」

「ちょっと! どうして余計なこと言うのよ!」

「ずるい! ずるいです! 私ともキスしてください!」


 オリヴィアはアルベルトの襟首を掴んでぐいと引っ張った。


「え、いや、お前は大事な妹だし、そういうことは──」

「大事だって言うならお願いを聞いてください! 口づけのどこがダメなんですか?!」

「兄妹だぞ? 俺たちは……」

「兄妹とか関係ないです! 地球時代じゃないんですよ? 今は遺伝子操作技術で遺伝的欠陥は排除されてるんですよ? 肉親同士で結婚して子どもを作っても全く問題無いんですから」

「オリヴィア……」


 アルベルトは「もしや」と思ったが、あえて口にはしなかった。


「だ、ダメよ! アルベルトと結婚するのは私なのよ!」


 エリーゼがアルベルトの腕に抱きつき、飼い主に甘える猫のようにすり寄った。


「また修羅場か?」

「よく衆人環視でできるわね」

「……」

「ヒオリはこんな女になっちゃダメだぞ?」


 ヴィリを始めとするパイロットたちは呆れたように三人の痴話喧嘩を見物し始めた。




 その頃、オットーとリズベットは通信室でホログラム映像のベルンハルトと対面していた。火星での騒ぎがある程度落ち着いた今、オットー部隊の今後の活動方針についての会議である。


「アキダリアでは良い働きをしてくれました。内務大臣も感謝の言葉を申していましたよ」

「ありがとうございます」

「愛国軍人党を名乗るテロリストやその支持者の摘発は順調に行われています。二日前には未開拓領域への探査船を偽装して逃亡を図った支持者二百余名を捕縛し、昨日は愛国軍人党と繋がっていたアンチセクター支援組織の拠点を強襲。リーダー格の女を逮捕しました。今日も陸戦部隊による残党への襲撃作戦が行われます。一週間も経たずして彼らは一掃されるでしょう」


 リズベットがプラスチックシートを見ながら報告した。頬杖をついていたベルンハルトは満足げに微笑んだ。


「素晴らしい。迅速な行動こそが秩序を回復する。は放置すれば致命的な状態に陥ってしまう。我々は国家のガンを切除する医者なのですから」


 オットーは『ガン』というものが地球時代まで存在していた病気の一種だったことを思い出すのに時間がかかった。西暦四千年代において医者の仕事は殆ど存在しない。事故などで応急措置キットでは対応しきれないような深い傷を負った場合か、研究の進んでいない惑星特有の風土病を治療する時くらいしか出番は無い。義体技師も医者という扱いを受け、医学的な知識も持ち合わせているが、本質は技術者である。今の時代、市民権の無い人間でも病を一瞬で治してしまう程度のサービスなら手頃な値段で受けられるのだ。

 報告が終わると、話題は自然と逃げ延びた愛国軍人党のリーダーであるハーギル・リーターの行方へと移っていった。


「火星近海を脱出し、艦隊の攻撃の中でワープしてからは消息不明です。亜空間航跡からワープアウト地点を特定できれば良かったのですが……」

「艦砲射撃がワープ開口部に当たって、時空間異常を起こしてしまった……。火星防衛艦隊を責める気はありませんが、もう少し冷静な行動を取ってほしいものです」


 火星軌道ステーションを脱出したハーギルは、部下に殿を任せ、独自の戦闘母艦で逃走を図った。挽回に燃える火星艦隊が総出でハーギルの艦を追ったが、艦隊を密集しすぎたことによる誤射の頻発とハーギルの艦が開けたワープ開口部に対する砲撃によって開口部を中心に時空間異常が発生。駆逐艦三隻とEFM十数機が通常空間と亜空間の間に存在する次元断層内に吸い込まれるという大失態を犯した。そして吸い込まれた駆逐艦の乗員とEFMパイロットの救助を優先した結果、見事にハーギルを取り逃がしてしまったのだった。

 この結果に火星艦隊司令部は軒並み自任に追い込まれ、人事に関しても多くの変更があったとされる。オットーは駆逐艦三隻の内二隻が助からなかったというのだから無理もないな、と他人事のように独語した。


「とまあ統合軍では現在も行方を追っている次第ですが、情報は収集できています。火星艦隊は確かに失態を犯しましたが、愛国軍人党の所有していた戦闘母艦の完璧な形状データをトレースしたことは素直に称賛するべきです。おかげで同形状の艦のワープ航跡を追うことができました」

「では?」


 オットーの問いにベルンハルトは頷く。


「同形の不明艦が辺境領域にある廃コロニーの近くにワープアウトした後、一切の動静が無くなっています。コロニーを隠れ蓑にしているのか、或いは本拠地なのか……」


 ベルンハルトは廃コロニーを写した写真をオットーとリズベットに見せた。コロニーの外観を見て、二人は目をみはった。

 そのコロニーは円筒型の標準的なコロニーで、居住用であることを意味する『R』の文字が大きく書かれている。だが注目すべきはそれでは無い。コロニーの外壁には、明らかに迎撃用の意図があるエネルギーレーザー砲台とミサイルポッドが針のむしろのように設置されていた。宇宙港は継ぎ接ぎの部品で修復され、外側に艦ドックが増設されている。有り合わせの資材で作られたEFM発進デッキすら外付けされている。


(アキダリアの地下も要塞だったが、これも一種の要塞。人間の手で稼働していると予想される分厄介だな……)


 オットーは自分なりにコロニーに対する評価をくだした。


「これは明らかに要塞化されていますね」


 リズベットもオットーと同様の意見を持ったようだった。ベルンハルトはリズベットの言葉を聞き、同意見だと頷いた。


「これは脅威でしょう。こんなものがあること事態連邦としては許されないことですな」

「そもそもこんな大規模な基地を建造できたことがおかしいです。いくら辺境領域とはいえ警察組織が対応するべきですよ」


 リズベットの憤りにオットーは自嘲気味に微笑んだ。


「擁護する気は更々無いが、辺境領域にはアンチセクターみたいな手合いも顧客にする『業者』がたくさんいる。やつらは金が手に入れば客が犯罪者でも何でも関係無い。外壁の兵装だって闇市で入手した物だろう」

「テロリストを助けるなんて……」

「アンチセクターとかの活動家が標的にするのは政府や企業だからな。『業者』のほとんどはその日の食事のために身体を張る一般人。連中からすれば、金を貰えて偉いやつらが痛い目見るから「良い気味だ」って思ってるのさ。俺の住んでたコロニーにも居たからな、そういう連中」


 辺境領域やその近傍に住む人々は、少数派と多数派に分けることができる。まず少数派は政府や企業におもねって甘い汁を吸うタイプ。言うなれば自治政府や企業が主導する事業で指導的立場に位置する人々である。彼らは一般人でありながら豊かな暮らしを手に入れ、中央領域の人々のように何不自由無く暮らしている。

 そして多数派というのは少数派の下で日銭を稼いでいる人々のことである。自治政府からの営業許可を得た企業の施設で働き、安い給金を得て家族のためにやりくりする。そのため辺境領域での夫婦共働きの割合は九十二パーセントとかなり高い。教育や福祉の公共サービスは最低限提供されているが、中央領域と比べれば雲泥の差である。

 当然、中央政府とてなんの対策もしていない訳ではない。積極的に教育や食糧支援を行っているが、対象者の多さと現地実行者による支援物資の横流しなどの妨害活動によって大きな成果は出ていない。

 そんな状況だからこそ、違法に金銭を稼ぐビジネスが横行している。時代が変わり、国が変わっても無くならない社会問題。当事者には家族ないしは自分を養わなければならない事情があり、それを取り締まるのは食い扶持を稼ぐために組織に入った市民である。優等生ぶって「違法ビジネス撲滅」や「麻薬ゼロ社会」などといった言葉をスローガンに盛り込むが、実際に達成できるかは誰も知らないし気にしない。それが辺境領域という地域であった。


「愛国軍人党に協力した者たちの身元はすぐに分かるでしょう。というより、彼らはこの際重要ではありません」


 ベルンハルトの言葉に二人は片眉を上げる。


「我々が真に追うべきは愛国軍人党とその協力者たちを繋いだ存在です」

「……仲介人ということですか?」

「良い表現ですね。今中佐が言った『仲介人』を仮称としましょう。この仲介人は軍官民問わず多くのシャトルや船舶が行き交う火星近海の安全なワープ座標と、火星周辺の警戒網に穴を開けることになった警備部隊の離反劇──これらを手配したのではないかと私は推測しています」

「全てを、ですか?」

「ええ。まあその点もこれから調査を進めなければいけません。今日はこの辺にしておきましょう。それでは二人ともよろしくお願いします」


 オットーとリズベットは敬礼をしてベルンハルトのホログラムが消えていくのを見守った。

 通信室を出た二人は、ベルンハルトの言った『仲介人』の存在について歩きながら話し合った。


「個人的にはあまり現実的ではない気がするな。個人或いは一つの組織があそこまで大掛かりな支援の仲介ができるとは思えんな」


 オットーはベルンハルトの推測に否定的だった。そこまでできる人材か組織がいるとすれば、それは稀代のテロリストである。何のためらいも無く排除すべき存在であり、そして強敵だろう。


「でも、案外馬鹿にはできないかもしれません。仲介人なら多くのコネクションがあると予測できます。裏社会では有名な人間が愛国軍人党に近づいた可能性だってあります」

「なんにせよろくでもないことに巻き込まれつつあるのは確かだな。しかも俺たちは立場上、そのろくでもないことに突っ込んで排除しなきゃならん」

「あの子たちも忙しくなりそうですね」

「そうだな。ま、あいつらも承知だろうがな」


 これからもっと大変になるから覚悟しておけよ。オットーは官舎として与えられたシェアハウスでくつろいでいるであろうアルベルトたちの姿を思い浮かべたのだった。


 







 


 

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